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第3話


「だって……痛いんですもの」


「痛い?!まだ?!」


「まだ……ってどういう事?」


私は夜の営みについて、全くもって疎かった。お友達は『とても素晴らしい』とか『とても気持ちいい』とか『愛を感じる』とか抽象的な事しか教えてくれなかった。お母様に尋ねても旦那様に身を委ねるだけで良いって。


「どういうって……。痛いのは初夜の時だけのはず。なのに、何故……?」


「何故って……分からないから尋ねているんじゃない。皆、あんなものが気持ち良いのかしら?変な格好をしなければならないし……何だが作業みたいだし……」



「作業……?」


「そう……子作りの為の作業的な?うーん……言葉を選ばずに言うと『入れて出す』みたいな」


「入れて出す……だけですか?」


「そうよ?だって子どもを作るのに必要な事なのでしょう?皆アレの何処に気持ち良さを感じているのかしら?」


「お、奥様、つかぬ事をお伺いしますが……その……旦那様は奥様の体や肌に触れられたりとか……?」


「触れるって……まぁ入れる時に支えてはくれているわね。でも夜着を着てるから別に肌に触れているわけじゃないし……」


「夜着を着てる?!脱がずに?!」


「そうよ?だって……脱ぐ必要ないじゃない?旦那様も着たままよ?」


「じゃ……じゃあ私が今まで奥様をピカピカに磨き上げていたのは……無駄?」

リンジーががっくりしている。


「不思議だったのよ、いつもリンジーが気合いを入れて準備してくれるのが。……もしや私達っておかしいの?」


「おかしい……と言えばおかしいです。合理的と言えば合理的ですけど……」


「あとね、結婚したらキス出来ると思っていたのに……夫婦になったからってキスするわけじゃないのね。何だかお友達に騙された気分だわ」


「キ、キスすらなし?前戯もなし?」


リンジーの拳がプルプルと震え始めた。


「リンジー?どうしたの?」


俯いていたリンジーがガバっと顔を上げたかと思うと、私の両肩をガシッと掴んだ。


「奥様!離縁です!離縁しましょう!!」


リンジーの目が血走っている。


「え?何?リンジー、何だか怖いんだけど……」


「今まで奥様のお辛い気持ちに気付かず、本当に申し訳ありません!さぁ、ご実家に帰りましょう!」



「ちょっ、ちょっと待ってリンジー!こんな事で?」



「『こんな事』ではありません!大切な事です!!もう我慢する必要はありません!」


リンジーが怒っている。……珍しい。


「我慢っていうか……痛いのが嫌なのよね。どうしたら良いのかしら?何か手立てはある?」


「手立てはありますよ、香油とか……でもですね奥様、それは全て旦那様のせいです!酷いです!あの役立たず!!」


どうも旦那様は私に酷いことをしている様だ。

ふむ。気付かなかった……。



「こんな事で私、離縁しないわよ?」


私にはそんな気持ちはない。実家に帰るのは負けた様に感じる……それも本心だが、たったこれだけの事で?とも思うのだ。お母様も結婚は辛い事、悲しい事もあると言っていたし……何よりまだ半年だ。この先に何が起こるか分からない。


「……。分かりました。じゃあ、とにかく今日は断りましょう!」


「断るの?でも今日が妊娠しやすい日らしいのだけど……」


「もしかして……この月一ルールを決めたのも旦那様?奥様が嫌がるから……ではなく?」


「そうよ?妊娠しやすい日に営みを行うのが一番合理的だって……。でもまだ妊娠しないのよね」


私はペタンコの自分のお腹に手を当てる。こればかりは神のみぞ知る……だ。


「奥様、今日は体調が悪いと言って断りましょう。それで旦那様が怒り出す様であれば、離縁です!離縁一択!」


「じゃあ、怒らなければ?」


「その時は私に考えがあります。旦那様にほんの少し猶予を与えてやっても良いです」


何故かリンジーの方が物凄く立場が上の様な物言いで、彼女はこの話を締めくくった。


私には自室で休む様に……とリンジーは言って、旦那様の元へと今夜の営みを断りに言った様だ。


「断って良かったのかしら……?」


私は自分の寝台に寝っ転がりながら呟いた。

高い天井を眺めていると、何となく実家での事が思い出される。私は本当に世間知らずだったと。



その夜。断られた旦那様が何と言ったのかは知らないが、翌日、朝食の時に珍しく旦那様に話しかけられた。


「体調はどうだ?」


パクパクとパンを食べている私は一瞬、何を尋ねられているのか分からなかった。


「体調……?」


「昨晩、具合が悪かったのだろう?」


ハッとした。そう言えば体調が悪いことにしてたんだった。


「あ!えっと……全くもって大丈夫です!一晩寝たら治っちゃったみたいで……アハ、アハハ……」


冷や汗が出る。嘘をつくのは苦手な性分だ。



「だろうな。それだけ食欲があれば問題ないだろう」


殆ど空になった私の皿に視線が注がれる。……もう少し遠慮すれば良かったかもしれない。



「ハハハ……」


「来月には体調を整えておくように。こちらも準備しておく」


旦那様はそう言い残すと、食堂を出て行った。準備……?はて?



「奥様、今日はとても綺麗な苺が手に入りましたよ」

旦那様が出て行った食堂で、給仕が私に声を掛けた。


「苺?!私、大好きだわ」


ニッコニコの私につられて給仕も笑顔になる。私は昨晩体調が悪いと嘘をついた事を、すっかりまた忘れてしまった。



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