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第25話

私と一緒に馬車に乗り込もうとする旦那様をなんとか説得して王宮に残し、私は帰路についた。



「あ~疲れた……」

「奥様!」



そんな私が玄関ホールに入ると、好奇心を剥き出しにしたリンジーが私に駆け寄る。


「何?どうかした?」


「どうしたも、こうしたもないですよ!色々と尋ねたいことが山ほどあります!訊きたかったのにずっと旦那様が奥様を離さないから……」


そうなのだ。旦那様はあれから王宮に行くまで、私の側を片時も離れることはなかった。当然、リンジーが私の仕度をしてくれている間もそれは続き、私の準備が終わるまで部屋の中でずっと私を眺めていた。……ニコニコしながら。


リンジーは私を急かすように部屋へ連れて行くと、早く話を聞きたいとばかりに、私を長椅子に座らせた。


「旦那様はいつ、どこからお戻りに?門番に尋ねても、誰も旦那様の姿を見たものはおりませんでした!執事のレオンさんもずっと首を傾げておいでです」


「だ、旦那様は真夜中に戻られたの。だから皆気づかず……」


「門番も、ですか?あり得ませんよ、そんなの」


リンジーの追求が厳しい。


「み、皆に合わせる顔がないって、こっそりと。そ、そこの木を伝って私の部屋に」

私はしどろもどろになりながらも、部屋の大きな窓から見える木を指差した。


「木を……ですか」


リンジーはまだ納得がいかないような顔で首を傾げる。そして何かを振り切るように大きく頷いた。


「分かりました。まぁ……何となく釈然とはしませんが、急に居なくなった手前、真正面から帰りにくいのは想像出来ます。……ところで、何故旦那様は裸で?」


「そ、それは旦那様の夜着がこの部屋にはないから……」


「なら、旦那様の部屋へ戻れば良かったのでは?」


「ひ、人目につきたくないって……」


「うーん……何となくモヤモヤするんですけどね。ただ!」


急にリンジーが大きな声を出す。私はまるで尋問を受けているかのような気分で、思わずその声にビクリとした。


「ただ……何?」


「旦那様と奥様の間に何があったんです?朝からあんなイチャイチャと!部屋から出てきても、ずっとべったりだったじゃないですか。朝食だって……」


私は朝食の時のことを思い出す。旦那様は私を膝の上に乗せ、私が一口食べるたひに『美味しいか?』と訊いて私の頭を撫でた。

旦那様がネルだった時、私が食事をモシャモシャ食べるワンコの旦那様が可愛すぎて『美味しいですか?』と言って頭を撫でていたのだが、まるで立場が逆になったようだった。

そしてその後、王宮に行くまでもずっと一緒。

私のそばから旦那様が離れることはなかった。……そう、ネルの時と一緒だ。



「リンジー……私にも分からないのよ。何故旦那様があんな風になったのか。でも……その……リンジーのお陰で……あの……凄く良かったの……」


だんだんと声が小さくなる。今朝のことを思い出すと顔から火が噴き出しそうだ。


「え?は?声が小さくて聞こえませんが?」


「あの……だからね、旦那様はリンジーから貰った本を熟読して下さったらしくて……その……」


私は真っ赤になって俯いた。これ以上は言葉に出来そうにないが、初めて私は肌を重ねることの素晴らしさを知ったのだ。愛を感じる行為なのだと初めて理解できた。


「え?あの本……奥様も読まれたんですか?」


「いえ!パラパラッとパラパラッと見ただけ!でも……ありがとう、私を心配してくれたのよね?」


「出過ぎた真似かと思いましたけど……妻を大切に扱うのは夫の義務です。確かに奥様はおっちょこちょいでそそっかしいですから、旦那様が説教したくなる気持ちは理解していたんですけど、夜の営みに関してだけは納得いかなくて」


『だけ』納得していなかったのか……そうか、私が説教されているのは、やはり私が原因だとリンジーも思っていたというわけか。……まぁ、私もそれには同意だ。


今思うと、私は幼すぎた。歳だけとっていて中身が子どものままだったと、そう思う。


「旦那様も凄く反省してくれたの」


「はぁ……精神修行の旅って……まさかその知識を得るために!?商売女の所に通っていたなんてこと……っ!」


「ち、違うわ!旦那様はそんな人じゃないから!」


ずっとネルの姿で私のそばにいた旦那様があらぬ疑いをかけられるところだった。危ない、危ない。


「でも……その旅のお陰でお二人の仲が深まったのだとしたら……私は嬉しいですよ」


「ええ。きっとこの経験は……私達夫婦に必要なものだったのかもしれないわ」


私はネルとの日々を思い出す。あんなに可愛い旦那様にはもう会えないのだと思うと少し寂しいが、私は人間に戻った旦那様も大好きなのだと、心が温かくなるのを感じていた。

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