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第24話

驚きを隠せない殿下とウォーレン様に、旦那様はまたもやにっこりと笑って言った。


「私の話はさておき。ジェシカ王女の出立の時間が近づいているのではないですか?お見送りをいたしませんと」


すると殿下は懐中時計を見ながら立ち上がる。


「おお、いかんいかん。遅れるとまた煩いからな。あ~やっと居なくなるのか!正直清々する」


「殿下!口を謹んで下さい!」


ウォーレン様はすかさず釘を刺した。


「では、我々も。ヴィヴィアンも最後にお見送りをしたいと申しておりますので」

旦那様の言葉に、殿下も笑顔で頷いた。


「ヴィヴィ……いや、公爵夫人を王女は殊更気に入っていたからな。じゃあ、皆で行こうか」


旦那様に睨まれた殿下は私を愛称で呼ぶことを諦めたようだ。

だが、殿下のこの様子じゃあ、王女との婚約の話は白紙かな……と思わざるをえない。


私達は近衛騎士を含め、ゾロゾロと王女を見送るべく、殿下の部屋を後にした。



広間へ到着するや否や、王女が私に駆け寄った。彼女の目は真っ赤に腫れ上がっている。


「ヴィヴィ!ごめんなさい!ネルが……ネルがいなくなってしまったの!」


王女は随分と泣いたようだ。ネルはもうこの世に居ない。だって私の隣に人間に戻った旦那様がいるからだ。私はすっかり意気消沈した様子の王女に心が痛んだ。


「あ……あの、ネルはその……自分の帰るべき場所に帰ったのかもしれません。私とネルの出会いも偶然でした。動物は気紛れなところもございますから……」


嘘が下手な私はしどろもどろだが、王女はいまだ涙で潤んだ瞳で私を見ると手を握った。


「せっかく貴女に譲ってもらったのに……本当に申し訳ないわ」


譲ったつもりはなかったのだが、それはもうどうでも良いことだ。


「私も代わりになる犬を探せず申し訳ありません。きっとネルも自由になりたかったんですわ」


「許してくれる?」


「もちろんです」


私がそう言うと、やっと王女は笑顔を見せた。


「で、貴方は……確か……」

存在感は半端ないと思うのだが、王女は初めて私の隣の旦那様に気付いたようだ。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。殿下の視察の際にもご挨拶させていただきました、コーネリアス·ガードナーです」


「あぁ!覚えているわ!ムスッとしていて感じが悪いと思ってたもの。……でも、今日は何だか雰囲気が違うのね。だから誰だか分からなかったわ」


ジェシカ王女はあっけらかんとそう言った。


「感じが悪い……確かにそうだったかもしれませんね。申し訳ございません。私は笑顔が苦手でして。不躾な態度をお許しください」


旦那様はバツが悪そうに苦笑いをすると、素直に謝罪した。


「ガードナーって言ったわね。もしや貴方がヴィヴィの夫?」


「ええ。ヴィヴィアンは私の最愛の妻です」


その言葉に殿下はまたもや目を丸くした。きっと今日の旦那様に、ずっと驚かされっぱなしだろう。私もだ。……誰なのこの人?変わりすぎじゃない?




様変わりした旦那様は私の腰を抱いたまま離さなかった。それはもちろんジェシカ王女を見送る最中もだ。


「二人はとても仲良しなのね」

馬車に乗り込む王女に声を掛けられた。


旦那様がワンコになって……確かに私達の関係は変わった。仲良し……私はその言葉に何だか嬉しくなって、ニヤニヤしてしまう。


「はい!最愛の旦那様なので!」


私は元気良く返事をした。その言葉に旦那様は私の腰を抱く腕に力を込めると、より一層自分の方へと引き寄せた。


「良いことだわ。政略結婚が殆どのこの貴族社会で、あなた達のように愛し合って結婚した人がどれだけいるか……。私もそんな人と出会ってみたい」

王女は少し寂しそうにそう言った。王族という立場が、彼女を縛り付けていることは確かだ。そしてこの言葉は王女もまた、殿下との婚約には前向きではないことの表れだろう。


私達も政略結婚なんですよ……とはこの雰囲気では言えそうにない。


「きっと出会えます。私が旦那様に出会えたように。ジェシカ様にも人生の全てを預けられる人が」


「そう願うわ」


王女はそう笑うと颯爽と馬車に乗り込んだ。

私達は馬車の隊列を見守る。嵐のような騒がしさだったけれど、ジェシカ王女のお陰で私がどれだけ旦那様を必要としているのか、気付くことが出来た。


馬車の扉が閉まる。

王女を乗せた馬車は馬のいななきと共に土煙をあげて出発した。




「行ったな」

旦那様がポツリと呟いた。


「はい……。旦那様が連れて行かれなくてよかったです」


「そうだな。私もヴィヴィアンと同じ気持ちだ」


殿下達は早々に王宮へと戻っていったが、私達は最後尾の馬車が小さくなるまで二人で寄り添い合ってそれを見送っていた。



「さて。私は一足先に帰りますね」


少し寂しくなった気持ちを一蹴するように、私は明るく言った。


「帰る?……そうか。なら、屋敷まで一度一緒に── 」


「は?旦那様はお仕事がありますよ?ほら、郊外の橋の修理の件、今週一杯で纏めてしまわなくては」


私は、自分のやりかけの仕事を口にした。旦那様にアドバイスをもらいながらだったが、私も随分と仕事が出来るようになったと自負している。中途半端になってしまったし、これ以上自分に出来ることはないと思っても、心残りの一つでもあった。

しかし、私にそう言われた旦那様はシュン……と、とてつもなく情けない顔をした。今はないはずの立った三角の耳がパタンと寝てしまっているように見える。


「君と離れるのは……仕事とは言え些か寂しいな。なんなら王宮の仕事は辞めるか……。領地経営だけでも暮らしていくことは出来るし……」


旦那様は眉間に皺を寄せ、本気で何かを考え込んでいる。


「旦那様?宰相になりたいのでは?」


「確かに今まではそう思っていたが……今はヴィヴィアン以外のことは全て些細なことじゃないかと思えて……」


「些細なことじゃありませんよ!旦那様にはたくさんの使用人やたくさんの領民の生活を支える義務があります!」


私が旦那様に説教をする日が来るなんて……今日は驚きの連続で、何だか心身ともにクタクタだ。




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