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第22話

私はそのまま王宮を飛び出した。


私を迎えに来ていた公爵家の馬車の御者は門から出てきた私に驚き声を掛ける。



「奥様?!」


「お願い!手分けして銀色の毛並みを持つ犬を探し出して欲しいの!」


私は御者の腕をギュッと掴む。そんな私に御者も面食らっていた。


「銀色?ネルが逃げ出したんですか?」


「違うの!代わりの銀色の犬を探さなきゃ、ネルがとられちゃう!私はあっちを探すから、貴方はあっちね!」


私は説明もそこそこに、走り出した。

「ちょ、ちょっと奥様!」


御者の声にも振り返る事は出来ない。足を止めている時間はないのだ。



だからと言っても何処を探せばいいかも分からない。何のあてもなく、私は闇雲に走り回った。

白っぽい犬や、灰色っぽい犬は見かけたが、銀色の毛並みの犬は見当たらない。



周りはもう真っ暗だ。流石に走り続けることは出来なくなった。だけど私は足を止めることなくトボトボと犬を探して歩き続けた。


「奥様……!」


暗闇にランタンの光がぼんやりと近づいて来た。


「スティーブ?」


庭師のスティーブの声だ。



「心配しました……!もう夜半になります!さぁ、お屋敷へ戻りましょう」


光に照らされたスティーブの額には汗が浮かんでいた。私を探し回ってくれていたのだろう。


「でも……っ!」


「何があったかわかりませんが、皆心配しています。詳しいことは帰りながらゆっくりと」


私はスティーブに背を押され、家の方へと歩き始めた。



屋敷に戻った私は、食事を食べる気にもならず、着替えをして部屋で項垂れていた。リンジーも探してくれていたようで、私の無事な顔を見て目を潤ませていた。心配をかけたことは申し訳なく思うが、今は何も手につかない。


── コンコンコン


ノックの音にノロノロと返事をする。


「……はい」


扉から顔を覗かせた執事は心配そうに声をかけてきた。


「奥様、スティーブから話は聞きました。……ネルのことは諦めては如何でしょうか?」


スティーブにもそう言われた。他の犬を飼ったらどうですか?なるべく似た犬を探しましょう、と。


私は首をブンブンと横に振った。


「ダメなの。ネルじゃないと……」


「奥様がネルを大切に思っていらっしゃることは分かっております。しかしお相手は王女です。殿下もきっと『諦めてくれ』と仰るでしょうね。私達臣下はそう言われれば従うしかありません」


私だって頭では分かっている。でも私が諦めたら旦那様はどうなるの?そう思うと胸が締め付けられる。


私の膝の上の手の甲に涙がポタリと落ちた。



走り回って疲れた筈なのに、その夜は寝台に横になっても全く眠くならなかった。


「約束したのにな……」


天井を見つめ、ふと言葉を漏らす。すると、窓の外からカリカリと何かを引っ掻くような音が聞こえた。


私は寝台を降り、音のしたバルコニーに続く大きな窓のカーテンを開けた。


「ネル!」


そこにいたのは銀色の毛にたくさんの葉っぱが絡みついた旦那様の姿だった。私は急いで窓を開く。


「どうやって……?」


『王女のところから逃げ出してきた。二階のこの部屋に来るのに木を登ったが苦労したよ』


旦那様はチラリと葉っぱだらけの自分の姿を見る。私は無意識にその体を抱き締めていた。


『おい……汚れるぞ』

「構いません」


私が旦那様を思いっきり抱き締めていると、旦那様は小さな声で言った。


『このままでは私が表立ってこの家に居るのも不味いだろうな……』


王女の元を逃げ出したところで、ここに戻って来る事は出来ないという意味だろうか。


「このまま、ここで隠れて暮らせば良いではありませんか。王女も明日……いえ今日の昼にはこの国を発ちます。せめてそれまで……」


『だが、それだともう君と一緒に王宮へ行くのは無理だ。それに……王女がここをくまなく探すと言ったらどうする?それを止められるのは殿下だけだが、殿下としても犬ぐらい差し出せと言うに決まっているぞ?犬ごときで国際問題に発展するのは御免だろうからな』


旦那様の諦めたような口調が気になる。


「まさか旦那様……隣国に行く気ですか?」


『流石にそれは嫌だけどな……だからといってここに迷惑もかけたくない。君は嘘が苦手だろう?ここで匿っていることを隠しきれないかもしれない。うーん……仕方ない、どっかの山ででも暮らすか』


旦那様の言葉に私は首を大きく横に振った。

そして意を決して私の気持ちを伝える。


「旦那様、もう一度キス……してみませんか?」


魔女の呪いを解くには旦那様を心から愛している人のキスが必要だ。心から愛する……という感情はまだ理解出来ていないけれど、今の私は旦那様と離れたくないと心から思っている。それは間違いない。


私の提案に、旦那様は暗い顔をした。


『……期待したくない。そして失望もしたくない』


「そ、そんなの……分からないじゃないですか!」


涙が溢れる。どうしても旦那様と離れたくない。

旦那様がワンコになって、いやと言うほど一緒に居た。その時間は私にとって幸せな時間だったということに私は気付いていた。


『私を心から愛していると言える……か?』


「……人を好きになったことがないのではっきりとは分かりません。でも旦那様と一緒に居たいです」


『それは私が犬になったからじゃないか?』


確かにワンコになった旦那様はめちゃくちゃ可愛い。だけど私はそれだけだとは思えない。


「た、確かにもふもふの旦那様は超絶可愛いですけど!でもこうして旦那様とのお喋りが楽しかったし、旦那様と一緒に微睡む時間は至福でした!明日から一人でどうやって眠ったらいいんですか!?」


病気をしてからずっと、旦那様は私と一緒に寝台で眠っていた。それを抱き締めて寝るその時間が私には幸せのひとときだった。


『な、泣くな。私は君に泣かれると……弱い』


旦那様がオロオロしている。私は隙を狙って旦那様を捕まえると、その唇にキスをした。


── しかし。


『ほら……呪いは解けないだろ?』


旦那様はワンコのまま。その耳はペタンと伏せられ、尻尾はショボンと垂れ下がっている。


「そんな……何で?」


『これが答えだよ。大丈夫……覚悟は出来てた』


「でも……私……本当に旦那様と離れたくなくて……」


涙が止まらない。私の愛は魔女の呪いに負けたのだ。


『ヴィヴィアン……私も君と離れたくなかったよ。だけど、君に迷惑もかけたくない。今夜ここにネルは来なかった。君は何も見ていない』


「旦那様……本当に山で暮らすつもりですか?」


『そうだな……それもいい』


旦那様を失望させてしまった。私はそれが悲しかった。


旦那様はまたバルコニーから木に飛び移ろうと助走を取る。私はそれをまた、後ろから抱きしめた。


『お、おい。離しなさい』


ジタバタする旦那様に私は言った。


「最後に!今日も一緒に寝てください!じゃなきゃ私も山に行きます!」


『な、何を言っているんだ!誰にも見られないうちに、ここを出た方が……』


「眠れないんです!旦那様がいないと……私……」


泣きすぎて、息が苦しい。


旦那様はもがくのをやめ、優しく言った。


『分かった。今日が最後だぞ?』


旦那様の声に私は無言で頷いた。



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