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第20話

結局私は五日休んだのち、仕事に復帰した。



「お休みしてしまって申し訳ありません」


私は殿下に頭を下げた。


「いや、こちらこそ色々とすまなかった」


殿下の言う『色々』にはたくさんの意味が含まれているのかもしれない。殿下は私のいなかった五日間ですっかりやつれてしまっていた。


「君の代わりに彼女を色々な場所へ案内することになって、本当に君の苦労が分かったよ。……疲れた」


殿下は大きくため息をついた。


「ジェシカ様は、今日はどちらへ?」


「観劇に行ったよ。僕のエスコートは必要ないと言って貰えてね。助かった」


きっと王女は殿下の顔の隈を見て『こいつは絶対に観劇中に寝る』と思われたのではないかと推測する。


「そうですか。ジェシカ様にも謝りたかったのですけど」


「君が謝る必要はない。山での天気が変わるのはよくあることだし、誰も予測できなかった」


「私が勝手に先走ったことなので……。あ!お見舞いの品、ありがとうございました。あんな珍しいお花まで……」


「あれぐらい、礼を言われることでもない。あぁ……それと、もう王女の相手はしなくて良いから」


「ええ?!クビですか?」


私は驚いて、咄嗟に大声を出してしまった。ウォルター様がうるさそうに顔を顰めた。


「違う、違う。実は王太子殿下に息子が生まれたんだ。ジェシカ王女は明日にはこの国を経つことになった」


「お世継ぎのご誕生ですか!それはおめでたいですね」


「そうだな。ほら……王女は可愛いものや綺麗なものが好きだから……」


「なるほど……赤ちゃんに会いに帰りたいんですね」


私が頷くと、殿下は苦笑した。


「その通り。まぁ、こちらもたくさんの祝いの品を持って帰ってくれるというんで、ちょうどタイミングが良かったんだ。今までご苦労だったな」


「いえ。今思うと私、これまで全然遠出なんてしたことなかったんで、今回のことは凄く新鮮で楽しかったです」


「君は大事に大事に公爵に守られていたからな」


私もそれに不満を覚えたことはなかったが、今思うとうちの実家は過保護過ぎだ。


私はもう一度殿下に頭を下げ、部屋を出た。


旦那様の部屋へ戻ると、直ぐに旦那様が駆けてくる。


『体調は悪くないか?』


あれ?ここにも過保護な人がいるようだ。


「五日もゆっくりしたんですから、大丈夫ですよ」


『病み上がりという言葉があるだろう?あまり無理をするな。もう王女のお守りは……』


「あ!そのことならお役御免となりました。王女は明日、この国を経つそうです」


『随分と急だな』


「王太子殿下にお子様が生まれたそうですよ」


『なるほど。……だが、思ったより早いな。確かに私達が訪れた時すでに王太子妃は妊娠していたが。早産だったか……』


旦那様がそう言っているのを聞いて、何故か私の心は重たくなった。私は……これから子どもを持てるのだろうか。


『ヴィヴィアン?』


黙り込んだ私を心配したのか、旦那様が顔を覗き込む。


「え?あ……何でもありません」

私は急いで笑顔を作ってみせた。


『何でもないことはないだろう。何だその取ってつけたような笑顔は』


……やはり私は嘘が苦手だ。



「さて……と、ここ最近王女様のお相手でお仕事が全く出来ていませんでしたから、張り切ってお仕事しましょう!これじゃあ、ウォルター様に水をあけられてしまいます」


誤魔化すように私は早口で言うと、机に向かう。旦那様はそれを遮る様に私の前に回った。


『ヴィヴィアン、私の目は誤魔化せない。何があった?殿下に虐められたか?』


「そんなこと、殿下はしませんよ!」


『ならばウォルターか?ウォルターが何か嫌味を言ったか?あいつは底意地の悪さがあるから……』


「それも違います」


『では何だ?』


引いてくれない旦那様に、私は観念して話す。


「私は旦那様の妻としての役割を果たせていなかったな……って」


『どういうことだ?』


「社交もまともに出来ないし、公爵夫人としてのお茶会も開けない。それに……子どもだって……」


『仕方ないだろう?君はご家族に大切に守られてきたんだ。世間知らずなのはこれから学んでいけばいい。それに……子どものことは私が原因だ。こんな体になったから』


旦那様はもふもふになった自分の姿をみる。パタンと振った尻尾をチラリとみて大きくため息をついた。


「旦那様がそうなる前に私が妊娠出来ていれば……」


『それは違う。君を大切に扱わなかった私のせいだ。全ては自分が招いたことだ』


「いえ……」


これ以上何を言っても、今更だ。今、旦那様は可愛らしいワンコになり、私は微力ながら旦那様の手伝いをする……それが現実だ。


二人の間に沈黙が降りる。


『ヴィヴィアン……離縁しよう』


沈黙を破ったのは、旦那様のそんな言葉だった。


「離縁???」


私は目が飛び出る程驚いて、そのまま固まってしまった。


『そうだ。私はこんなだが、君にはまだチャンスがある。子が欲しいんだろ?離縁してまた誰かと再婚すれば……』


「嫌です!」


私は咄嗟にそう言っていた。そんな自分の心の声に耳を傾ける。私は子どもが欲しいの?それとも……


「離縁はしません。だって……私が欲しいのは旦那様との子です」


思わず私は涙を流していた。


『な、何故泣く?』


「だって旦那様が離縁なんて言うから」


『私はこんなになってしまったし、君のお父上との約束も……アッ!』


そう言って旦那様はもふもふの前脚で口を押さえた。


「父上って……私のお父様が何か?」


『いや、何でもない』


何でもないことはない。旦那様はワンコになってからの方が表情豊かだ。


「お父様と何か約束したんですね?それって私に関わることですか?」


『いや……うん……』


「私にも関係あるのなら教えてください」


『関係というか……。まぁ、別に秘密にしろと言われているわけではないからな。とりあえず……』


旦那様はトコトコと何処かへ行くと、ハンカチを咥えて来た。


『泣かせるつもりじゃなかった。申し訳ない』

と私の手にハンカチを押し付けた。



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