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第2話

「ヴィヴィアン、今度の王宮での夜会だが……」


執務室に呼びつけられた時には、また説教かと思っていたのだが、今日はどうも違うらしい。……良かった。

旦那様が言っているのは来月開催予定の夜会の話だろう。旦那様は忙しく、それには欠席の予定だったはず。正直私はホッとしていた。


「はい!欠席ですよね。承知してます!」


私は笑顔で言った。感情を隠すことが苦手なので勘弁して欲しい。


「………非情に残念だが、出席する。殿下が君に会いたがっている」


「え……っ?そんなぁ……」


私は目の前が暗くなり、よろめいた。


執事が咄嗟に私の体を支える。


「大袈裟だな。私だって不本意だ、君を王宮の夜会に参加させるなど……。良いか?ドレスは執事に用意させるから、それを着るように。間違っても君のセンスでドレスを選ぶなよ」


私は結婚して直ぐに夫婦で出席した、アボット公爵の夜会を思い出していた。いや……本当なら思い出したくもない。


私は結婚前、恥ずかしながら夜会にはデビュタントの一度きりしか出席した事が無かった。

お父様もお兄様達も何故か私を隠したがったのだ。……私がおっちょこちょいだからだろうと今なら予想はつく。ちなみに学園にも通っていない。お友達は幼い頃からの数人のご令嬢だけ。狭い世界で生きてきた私は、初めての本格的な夜会にはしゃいでしまった。

ドレスは好きな物を作れと言われ、自分の大好きなピンク色のフリルとレースがたくさん付いたドレスを選んだ。


結果……浮いた。アボット公爵は既に四十歳過ぎ。招待客も落ち着いた皆様ばかり。しかも旦那様はとても落ち着いたタキシードであった為、私達二人もチグハグになってしまったのだった。

アボット公爵も、ご夫人も、招待客の皆様方もとても優しく『まぁ!可愛らしい』と口々に言ってくださったのだが、旦那様はそう言われる度に私の隣で苦い顔をした。……きっと皆様が気を使って下さっているのを申し訳なく思ったのだろう。


しかも私がお酒を飲んで、酔っ払ってしまった為、早々に私達は帰宅する事になったのだ。

帰りの馬車で旦那様が言った言葉がこだまする。

『二度と君を夜会には参加させない』


そんな夜会に私が?しかも陛下主催だなんて……。無言になった私に旦那様は釘を刺す。


「くれぐれも酒は飲むなよ。夜会の間は私の隣にいて、何処にも行くな。おとなしくしてろ。分かったな?」


私はそれに元気なく頷くことしか出来なかった。




「ドレスは直ぐに用意します。奥様は何も心配しなくて大丈夫ですから」


執務室を出た私を執事が追いかけて来て慰めてくれた。こんな私でも、ガードナー家の皆はとても優しい。


「ありがとう……。今度こそちゃんと皆の意見を聞くわ」


「奥様はまだ十九歳。華やかな装いでも間違いはないんです。……旦那様が地味過ぎるだけですよ」


「ううん。旦那様に合わせるものよ……だって結婚したんだもの」


そう。私は結婚したのだ。いつまでも独身のお嬢様気分の私が悪い。


「奥様……。私達使用人は皆、奥様が嫁いで下さった事に感謝しています。でなければ……旦那様は一生独身だったかも……」


……そうなのだ。旦那様には結婚前、何人もの婚約者の方が居たのだが全て破談になっていた。

それは旦那様のあの性格が原因なのかもしれない。無駄なお喋りは一切なく寡黙で、自分にも他人にも厳しい。面白みのない性格。本当に私とは全く真逆だ。

婚約者の方々はそんな旦那様に我慢出来なくなったのだろうか?それとも旦那様にどうしても譲れない条件があったりしたのだろうか?


しかし……正直な所、私は旦那様が苦手なだけで嫌いではない。しょっちゅう怒られるし、説教も長い。公爵で殿下の側近なくせに倹約家で無駄なお金は使わない。だけど、旦那様が怒る理由もイライラする理由も私にはよーく理解できていた。




「奥様、庭のミモザが見頃ですよ」


庭師のスティーブがトボトボと歩く私に声を掛けてきた。


「ほんと?!見にいかなくっちゃ!」

駆け出そうとする、私をスティーブが慌てて止める。


「奥様!ゆっくり!ゆっくりですよ!!また旦那様に叱られます!」


私はハッとして歩みを遅くした。


「ありがとう!また何か壊す所だったわ」


「いえいえ。そうやって奥様の様に花を愛でる方に来ていただいて、庭師としては嬉しい限りですよ。旦那様なんて……」


「シーッ。旦那様はお仕事がお忙しいからだわ。今日も直ぐ王宮へ行かれるらしいし。きっとゆっくりする時間がないだけよ。ほら……私は時間を持て余しているから」


「奥様は太陽、旦那様は月の様ですね」


「スティーブ、貴方って詩人ね!でも旦那様の銀髪は本当に月の光みたい。言い当ててると思うわ」


「私は性格の事を言ったんですけどね……」

スティーブは苦笑いする。


「そうだわ!ねぇ、今度私にもお花を植えさせて頂戴ね。実家では色々と育てていたのよ」


「奥様自らですか?!」

スティーブが驚くと、私も途端に不安になった。


「これって……また旦那様に怒られちゃうかしら?」




私はスティーブと一緒に庭で満開のミモザを堪能しながら、散歩を終えた。

花は見ていてウキウキする。スティーブに『野菜も花を付けるのをご存知ですか?』と尋ねられ、今はすっかり野菜を育てる気になっている。旦那様の部屋からは見えない場所に畑を作ってもらう約束をした。……今からワクワクしてしょうがない。


私は動物や植物が好きだ。旦那様は一切興味がないらしいけど。

本を読んだり、刺繍をする事も好きだが、刺繍をすると、いつも何故か指に針を刺してしまうので、リンジーから止められている。


公爵夫人としての仕事は何一つ任されていない。お茶会も開いてみたいし、お友達以外とのお茶会にも参加してみたいのだが『もう少し落ち着きを持ってからだ』と旦那様に言われてしまった。



「もう少し旦那様に信頼してもらえる様にならなくちゃ」

と決意を新たにしてみるのだが、そんな機会は今のところ訪れる気配もない。




「あ……今日はアノ日か……」


月に一度やってくる……アノ日。私は今日の日付を確認し、あからさまに落ち込んだ。


「奥様……私、前々から不思議だったんですけど……どうしてそんなにアレが嫌なのですか?流石にたとえ侍女でもご夫婦の夜の秘め事にまで口を出すのはと、我慢しておりましたが、いつも底抜けに明るい奥様がこんなに落ち込むのは只事ではありませんよね?このリンジーにお手伝い出来る事なら、ご相談に乗りますよ」


リンジーは自分の胸を叩いて鼻の穴を膨らませた。ちょっとゴリラみたい……。



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