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第19話


結局、私はすっかり風邪を引いたようで、やっと熱が下がったのは三日目の朝だった。元気だけが取り柄だと思っていたのに、色々と疲労が溜まっていたのかもしれない。


その間に殿下とジェシカ王女から見舞いの品が届く。


『フン……自分達が君を振り回していたことを少しは理解してるのか?』


私は寝台に上半身を起こし、お見舞いの品に付けられた手紙を読んでいた。私の体調が悪くなってからというもの、旦那様は私と一緒の寝台で休んでいる。手紙を広げている私の腕に顎を乗せながら旦那様はその手紙を一緒に読んでいた。その様子がなんとも可愛らしく、私は頭をホワホワと撫でる。


「ジェシカ様も殿下も『ゆっくり休むように』と書いて下さってます。きっと少しは申し訳ないと思って下さってますよ」


『フンッ。文字では何とでも書けるさ』


旦那様は不満そうだ。


熱が高い間、ずっと私を温めてくれていた旦那様。そのお陰で私は体調の悪い間もちっとも心細くなかったのだ。


── コンコンコン。


ノックの音に私が返事をすると、たくさんの花を生けている大きな花瓶を持ったリンジーとスティーブが部屋へ入ってきた。


「殿下と王女様の下さったお見舞いの花束を生けてきましたよ」


凄い花の量だ。リンジーは重たそうに花瓶を抱え、足元が見えないのか、慎重に運んで来る。


「窓際に置けるかしら?」

「ちょっと無理かもしれませんね……テーブルと二つに分けて置きましょう」


大きな花瓶で出窓とテーブルが塞がってしまった。


「綺麗ね」

私の言葉にスティーブも同意する様に頷いた。


「こんな薔薇……見たことありませんでした。きっと王宮で育てられた門外不出の品種かもしれませんね」


「まぁ……そんな貴重なお花……申し訳ないわ」


私が言うと、リンジーは抗議の声を上げた。


「申し訳ないなんて思わなくていいですよ!!誰のせいで奥様が風邪を引いたと思ってるんですか!」


「雨に濡れたのは、私が何も考えずに行動したからよ。王女や殿下のせいじゃないわ。……まぁ、疲れか溜まっていたから体調不良が長引いてしまったけど」


「じゃあ、それを言うなら、元々は旦那様のせいですね。旦那様が失踪してしまったから、奥様がこんな目に!」


リンジーの言葉にスティーブはバツが悪そうに俯いた。……確かに当主の悪口に賛同するわけにはいかないだろう。私は可愛いワンコになってしまった、旦那様をチラリと見る。これ以上リンジーに悪口を言われては可哀想だ。失踪なんてしてないし。


「旦那様も今の今までずっと真面目に働いてたんだもの、息抜きがしたくなっても仕方ないじゃない」


「でもですね……っ!」


「私も最初は旦那様の代わりに王宮の仕事なんて務まるはずはないと思っていたけど、やってみて、色んな発見があったの。私は世間を知らなすぎたから、こんな機会を貰えてちょっとラッキーだと最近は思える様になったわ」


「……奥様……」


「でも、体調を崩してはダメね。皆に心配かけちゃった。……ところで……お父様達には知られていないわよね?」


私は自分の体調不良をお父様達に悟られないよう、箝口令を敷いていた。王宮でも知っているのはごく僅かな人物だけだ。私が病気になったなんて知ったらこの部屋が花で埋まるだろう。


「それは大丈夫です!じゃなきゃ今ごろ大騒ぎになっているはずです」


それはきっと大袈裟な表現ではない。私は改めて早く元気にならなければ……と考えていた。


二人が部屋を出て行くと、寝台で両足を伸ばした私の膝に旦那様がちょこんと乗ってきた。その表情は心なしかショボンとしている。


『……リンジーの言う通りだな。私がこんなことにならなければ、君が病気になることもなかった』


「旦那様が呪いをかけられたのと、私の風邪は別物です」


『だがな……』


「一生何の病気にもかからない人なんていませんよ。それをいちいち他人のせいにするつもりはありません」


『しかし……』


「もう熱も下がりましたし、明日からはお仕事に行けるぐらいには元気です」


『それはダメだ!殿下もゆっくり休めと言ってきこれているし、せめて熱が下がっても二、三日は休養が必要だ』


旦那様の口調は有無を言わせないものだった。


「……はい。ちゃーんと元気になってからお仕事には復帰します!」

私が笑顔でそう言えば、旦那様は満足そうに頷いた。


「それにしても……綺麗な花ですね」


私が花瓶の花を眺めると、旦那様は少し顔を顰めて言った。


「犬というのは鼻が利きすぎだな。少しクラクラしそうだ』


「窓を開けますか?それともお花を部屋の外に出しましょうか?」


『いや……いい。すぐに慣れるし……君は花が好きなんだろう?そのままでいい』


旦那様はそう言いながらも寝台に潜り込んだ。やはり匂いがきついらしい。匂いから隠れるような旦那様の様子に私は思わず苦笑した。




翌朝。目が覚めると、私の枕元に一本のピンク色の花が置いてあった。


「あれ?生けわすれてたのかしら?」


そう思って花の茎を見ると、茎の先端に齧り取ったような歯形がついている。旦那様が花瓶から抜いたのかしら?そう思ったが、どちらの花瓶にも同じような花は入っていない。薄暗い中よく見ると、うちの庭で見かける花だと思いつく。

私は改めて庭を確認しようと、部屋のカーテンを開けた。日の入った部屋は一気に明るくなる。


そこで私は部屋の絨毯に薄っすらと小さな足跡を見つけた。その足跡は点々と私の寝台にまで続いている。


私が寝台から離れたことに気づいたのか、潜り込んでいた旦那様がモソモソと這い出して来た。

私は寝台に戻ると、旦那様の足の裏を確認する。


『な、何をするんだ?』

急いで前脚を引っ込めようとする旦那様に私は尋ねた。


「このお花……ネルが摘んできてくださったんですね」

旦那様の脚の裏の肉球に土が微かに残っているのが分かった。

旦那様は耳をピクッと動かしながらも小さな声で答える。


『いかにも。君は……その花が好きだろう?』

上目遣いに私の様子を窺う旦那様が可愛らしくて、私は思わず抱き締めた。


「お見舞い……ですか?」


「そ、そうだ。私は君に……今は何もしてやれないからな。花が好きならそれを喜ぶかと思って」


旦那様を抱き締めた手を緩めて、私は自分の手の中の花を見つめる。旦那様と散歩をしている時に、この花が好きだとポツリ呟いた記憶が蘇る。


「覚えててくださったんですね」


「つ、つい最近だろう?忘れるわけがない」


齧り取った茎の根元は見るも無残な姿になっているが、私は旦那様の気持ちが嬉しかった。


「ありがとうございます……どんな高価なお見舞いの品より嬉しい」


「い……いや、別に」


寝具や絨毯についた土を掃除するリンジーは怒るかもしれないが、私の心はとても温かくなった。


「随分、長いこと臥せっていたので、身体がなまっているようです。ネル、今日はお庭を散歩しましょうか?」


『たった三日休んだだけだろ?本当に体調は大丈夫か?』


そう言って旦那様は前脚を私の額にポスンとあてた。


『熱はないようだが……』


「もうすっかり元気ですよ!本当ならお仕事に復帰しても良い頃ですけど……王女様の面倒は殿下にお任せしなくちゃ、二人の仲は進展しませんものね。もう少しお休みさせていただこうと思います」


私がガッツポーズを見せると、旦那様は『フン』

と鼻で笑った。


『仲良くなくても結婚は出来る』


「それでも……仲が悪いより、仲良しの方が結婚生活が楽しくなると思いませんか?」


『結婚生活が楽しい必要があるのか……?』


首を傾げる旦那様に、私は少しだけ寂しい気持ちになった。やはり旦那様は私との結婚生活をあまり良く思っていないのだ……そう考えて少し俯きそうになった時、旦那様は恥ずかしそうにポツリと言った。


『君とこうして一緒に居るのは……楽しいかもしれない』


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