第18話
「ヴィヴィ!あのお店にも行きましょう!!」
「は、はい!」
お嬢様風のワンピースに身を包んだジェシカ王女は、颯爽と肩で風を切り王都の街で先頭を歩く。私は慌ててその後ろを付いていく。そしてその後ろを大荷物を持った護衛が何人も付いてきている。
隣国の王女とバレない様に……と、大人しめのワンピースを着ていただいたのだが、ジェシカ王女の振る舞いが派手なお陰で注目を浴びまくっていた。
王女は、あの店、この店と目についた店に片っ端から入って行き、豪快に買い物をする。護衛達も殆どが荷物持ちと化している。
「楽しいわ!でも喉が渇いちゃった。ヴィヴィ、どこかお勧めのカフェはある?」
「あ、は、はい!あります、あります!あちらの通りですが……」
「ならばそこへ行きましょう」
またもや道順の分からない王女が先頭を歩く。私はまた慌てて、今度は王女を先導出来る様に先回りした。
「つ、疲れた……」
王宮の旦那様の部屋に辿り着いた途端、私はヘナヘナと長椅子に倒れ込んだ。
『大丈夫か?』
トテトテと旦那様が私の側に駆け寄る。
「足が棒の様です」
『馬車を使わなかったのか?』
「王女が自分の足で街を見て周りたいと。私と同じ様に歩き回っていた王女はすこぶる元気でしたけど」
そんな私に旦那様は言った。
『王女は騎士と一緒に体を鍛えていると言っていた。体力があるんだろ』
「先にそれを言ってくださいよ~」
『聞かれなかったしな。それに馬車を使うと思っていた』
「私もそう思ってましたし、殿下にも隣でニコニコしていたら良いって……」
私は口を尖らせた。隣でニコニコなんてとんでもない。最後にはニコニコできる余裕なんか吹っ飛んでいた。
『そういう殿下は?』
「今日は議会があるからって……」
『議会?そんなの一、二時間ぐらいで終わるだろ。君は殿下に王女を押し付けられたんだ』
分かっていた事だが、改めて言われるとその言葉の重みを感じた。
「これが一ヶ月も続くんでしょうか……?」
情けない声の私に旦那様は一言言った。
『多分な』
目の前が暗くなる。それと同時に足の裏の痛みが強くなった気がした。
そんな毎日が続いていた。
「王都の郊外に足を伸ばせば、こんな自然の多い場所にも来られるのね」
ジェシカ王女の綺麗な髪が風でなびく。
「はい。我が国は山に囲まれておりますし」
「確かにね。海がないのは残念だわ」
「あ……でも大きな湖があって……」
そこまで言って私はアッ!と口を噤んだ。
「湖!?それはこの目で見てみたいわ!」
当然王女はそんな風に言い出した。
「いえ、あの……王都からは結構遠くて……」
それに付き合わされては大変だ。私は慌ててそう言ったが、王女はそんな事は気にもしていない。
「別に良いじゃない。ヴィヴィと小旅行なんて楽しいわ」
別に気の利いた話なんて出来やしないのに、何故こんなにも私は王女に気に入られているのか……本当に謎だ。
「ヴィヴィアン様、空模様が……」
護衛の一人が私に耳打ちをする。空を見上げると、先ほどまで顔を覗かせていた太陽が分厚い雲に覆われ始めていた。山の天気は変わりやすい。
「ジェシカ様、雨が降りそうです。馬車まで戻りましょう」
馬車までは少し離れている。直ぐに戻り始めた方が良いだろう。
「あら、本当ね。仕方ないわね、帰りましょうか」
王女はその綺麗な景色に後ろ髪を引かれつつ馬車へと向かう。しかし、少し遅かった様だ。
ポツリポツリと頬に雨が当たり始めた。
「王女、少し急ぎましょう」
私達は揃って早足になる。あと少しで馬車のところに辿り着くその時、雨が激しく降り出した。
「さぁどうぞ」
従者が馬車の扉を開けた瞬間──。
「あっ!スカーフ……落としてきてしまったのかしら?」
王女が声を上げた。
そう言えば、陽を遮る為に王女の顔と頭を覆っていたスカーフがない。
私は咄嗟に「あ!探して来ます!」と来た道を走って戻った。後ろから護衛が私を追いかけて来る。
「ヴィヴィアン様!私が探して参りますので!」
そう言われて、そっか!と思い至る。私が戻る必要はなかったか……。
「でも……」
ここまで来たし……という思いもあり、私は何となく足を止めずに走り続けていた。
「雨が酷くなりました!直ぐに馬車へお戻りください」
そう言われて、ゆっくりと足を止めた私の目に、王女のスカーフか雨に濡れそぼり、草むらでその色を濃くしているのが見えた。
「あ!あそこに!」
「分かりました!分かりましたから、ヴィヴィアン様は戻ってください!」
私は目当ての物を見つけた嬉しさでまた駆け出していた。
その日、私は雨に濡れたまま、屋敷へ戻った。今日は朝から王女のお供を頼まれていたので、旦那様は屋敷でお留守番だ。
『おい!さっさと湯を浴びて体を温めてこい!』
濡れたワンピースが体に張り付く。私が布で拭きながら部屋へ戻ると、その姿を見た瞬間、旦那様はそう言った。
「はい。ハッ、ハッ、ハックション!」
思わず体がブルッと震える。私は旦那様に言われた通り、急いで湯あみに向かった。
湯を浴びて着替えを済ませた私だが、どうにも寒気が治まらない。風邪のひき始めかもしれないと、リンジーが薬湯を淹れてくれた。
温かい薬湯を飲んで、すぐに寝台へ潜り込む。
そんな私を旦那様は心配そうに眺めていた。
上掛けを肩までしっかりかけていても、体が震える。ふと気付くと私の鼻を旦那様のふわふわの毛がくすぐっていた。
目を開けると、旦那様が私の横に潜り込んでくるところだ。
「……ネル……?」
『……寒いんだろ?私の体は温かいから』
私は旦那様の体をギュッと抱き締めた。
「温かい」
『明日は休め。王女の相手は元々殿下の仕事だ。……さぁ、目を閉じて』
私は旦那様に言われるがまま目を閉じた。旦那様の温かさのお陰か、震えはいつのまにか止まっていた。