第17話
部屋に戻り、私は興奮気味にジェシカ王女の事を旦那様に報告していた。
「めちゃくちゃ美人でした!スタイルも良くて胸も大きくてセクシーだし……セクシーといえば、あのドレスも!だってお腹が見えてるんですよ!カルドーラ王国の民族衣装なんでしょうかね?オーガンジーの様な薄い布に金と銀の糸の刺繍も細かくてすっごく美しかったです!あれこそ『大人の女性』っていうんでしょうか……素敵でした」
『落ち着け。大人の女性というが……王女は君と同じ歳だぞ?』
「……へ?同じ?あんなに色気があるのに……」
私は自分の胸元を見下ろした。……物足りないことこの上ない。
『資料にも書いてあった筈だが?読んでないのか?』
旦那様に言われ、口籠る。
「あ……えっと……サラリと目を通したつもりだったんですけど……」
『まぁ、良い。ジェシカ王女はカルドーラ国王が歳をとって出来た子で、寵愛を受けている第三側妃の娘だ。王子はいたが初めての女児という事で随分と甘やかされて育った。……殿下と合うとは思えんが……中々婚約者を決めなかった殿下に責任がある』
「殿下も笑顔でしたけど……」
『正直カルドーラとの付き合いを考えると美味しい縁談だが、殿下がどういう風に考えているのか、内心は良くわからん。殿下はタヌキだからな。愛想ぐらいは良くするだろ』
「あんな美人でもダメって事あります?」
『美人だ何だで結婚するわけにはいかないだろ、王族なんだし。まぁ、政治的にはこの縁談はアリだ』
「……何だか味気ないですね……」
私は何となく先ほどまでの興奮がシュワシュワと音を立てて萎んでいく気がした。
『……貴族の結婚なんてそんなもんだ。私達だってそうじゃないか』
旦那様にそう言われて何故か私はショックを受けた。確かに私達も政略結婚な事は間違いないが、改めて口に出されて、少し落ち込んでいる自分に気付く。
『どうした?』
黙り込んだ私の顔を覗き込むように旦那様がトコトコと前に回り込んで、私を見上げる。
「いえ……」
そう言ってストンと私は椅子に腰掛けた。何とも言えない気分だ。
そんな私の膝に旦那様はサッとジャンプして登る。
『何でもないという顔ではないな。君は嘘をつけない』
「こんな時だけ鋭いこと言わないで下さい」
『鋭いもなにも、君は分かりやすいからな。で、どうした?』
「……結婚って何なんですかね」
『哲学か?』
「そうじゃなくて。家と家の繋がりだけですか?それが結婚?」
『政略結婚とはそんなもんだ。君だって顔も知らない私と結婚しただろう?どうした?恋愛小説でも読んだのか?』
自分でも何故こんな風に落ち込んでいるのか分からない。自分で自分の感情に戸惑っていると、部屋をノックする音が聞こえた。
「はい」
返事と同時に旦那様は膝から飛び降りて、扉の側へと駆けていく。私も椅子から立ち上がり、扉を開いた。そこには殿下に付いている近衛騎士の姿が。
「公爵夫人、殿下がお呼びです」
私は足元の旦那様と目を合わせる。殿下からの呼び出し……あまり良い予感はしない。
陛下の執務室。何故か陛下の顔はこの数十分でげっそりとやつれ、疲れ果てていた。
「お呼びでしょうか?」
私は目の前に腰掛けている殿下におずおずと声を掛ける。殿下は生気のない目で私を見た。
「ヴィヴィ……君に頼みがある」
私の中に警報が鳴り響く。絶対碌な事ではない。だけど私には断る術も理由もない。
「頼み……とは?」
「王女のお守りをしてほしい」
私の頭の中は疑問符だらけだ。
「何故私が王女様のお相手を?」
「彼女は可愛いもの、美しいものが大好きなんだ」
だから何なんだ?
「はぁ……そうですか……」
「彼女はいたく君を気に入ってね。はっきり言えば君の容姿を気に入ったんだ。可愛いもの、綺麗なものに囲まれていたい、と。彼女が連れてきた護衛を見たかい?見目の良い者ばかりだっただろう?」
そう言われて私は一生懸命に思い出そうとするが、王女の衣装に気を取られていた為、全然思い出せない。
「そう……でしたっけ?」
「君は……美丈夫に興味はないのかな?」
そう言われれば確かに興味はない。そんなものより動物や植物を愛でていたい。
私は曖昧に笑ってやり過ごした。
「とにかく、君にこの国を案内して欲しい、とのことだ。頼まれてくれるね?」
この雰囲気……絶対断れないやつだ。
「殿下は……?」
王女は殿下の婚約者候補。殿下との仲を深める事が今回の目的であったはずだ。私と仲良くしても仕方ない。
「一応……同行出来そうな場合は同行しよう。だが、僕はその……彼女が苦手だ」
殿下は最後の言葉を殊更小さな声でそう言った。小さな声で言ったところで意味が変わるわけじゃない。
「どうして?」
「彼女、わがままなんだよ。自分の意に沿わない事は許せないし、気分の上がり下がりが激しい。彼女に振り回されるのは勘弁して欲しいよ。それに彼女も僕の容姿には興味はないようだからね」
婚約者候補としては非常に良くない状況だと察する事ができる。
「そのお相手を私で務まるでしょうか?」
旦那様に随分と鍛えられたとはいえ、私も十分甘やかされて育った自負がある。そんな私に王女の案内役が務まるのだろうか?
「心配するな。君の容姿を王女は大変気に入っている。横でニコニコしているだけで、彼女は満足するさ」
殿下は明らかに私に厄介事を押し付けることが出来て清々しているといった表情だ。私の表情は反対に曇る。
そんな私を励ます様に殿下は明るく言った。
「たった一ヶ月だ。君ならきっと大丈夫!」
一ヶ月……。数十分でげっそりした人に大丈夫と言われても、全く説得力がない。
私はこれからの事を思い、大きな溜め息を吐いた。