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第13話

畑仕事をしていると、向こうからネルがやって来た。……何か言いたげだ。


「奥様、ネルが部屋から勝手に出てきた様です。私が戻しておきましょうか?」

リンジーがトマトを収穫した籠を地面に置く。


「あ!いえ、いいわ。私もそろそろ戻ろうと思っていたし。きっとネルもお腹が空いたんだと思うの」


「え?さっきお昼ご飯を食べさせていませんでしたか?」


「お、おやつ!おやつの時間なの」


私は汗を拭いてじょうろを片付けると、急いでネルとその場を後にした。




『公爵夫人が畑仕事とは……』


自室で着替えが済んだ私はネルの前で小さくなっていた。


「最近は座って仕事をするばかりで体がなまってしまって……。気分転換に」


『ならば散歩したらどうだ?』


「……あの畑は私が始めたのです。最近はすっかりスティーブやリンジーに任せきりでしたけど……ちゃんと責任持ってお世話したいんです」


息抜きの方法ぐらい自分で決めさせて欲しい。


『ならば、私も連れて行け。でなければ君は行ったっきり中々帰って来なくなるだろう?』


拗ねた様に言う旦那様に私はおや?と思う。


「もしかして……寂しかったんですか?一人除け者にされて」


『ばっ!馬鹿を言うな!寂しいわけないだろう!」


最近はずっとネルと一緒だ。寝る時もネル専用のベッドを私の部屋に置いている。昼も夜も一緒……結婚してから初めての事だと、私は改めて気付く。今までは旦那様と顔を合わせるのは説教される時だけだったのに……変な感じ。


「じゃあ、今度からは畑仕事も庭の散歩も一緒にしましょう!寂しい思いをさせてすみません」


『だから、寂しくないと言っただろう!!』


キャンキャン吠えられた所で痛くも痒くもないが、慌てる旦那様を少しだけ可愛らしいと思ってしまった。



王宮で仕事を始めて約一ヶ月が経った。


「殿下、お呼びでしょうか?」


殿下の執務室に呼ばれた私は妙に緊張していた。もうすぐ今日の仕事が終わるという時間に呼び出される事が珍しいからだ。

流石に殿下の部屋にネルを連れて来るわけにはいかない。一人だと、とても心細く感じる。


「ヴィヴィ、今日は一緒に観劇に行かないか?」


「は?観劇?私と殿下が?」


「あぁ。有名な劇団を隣国より招待したのは知っているな?」


「はい。隣国は芸術を尊ぶお国柄と聞いております。他国での公演も多いとか」


「その通りだ。招待したのに一度も観に行かないというのは、バツが悪い。かと言って……」


殿下はそこで言葉を切ると、チラリと背後のウォルター様を見る。


「男と観劇など面白くもない。しかも悲恋がテーマらしいからな。どうだ?僕を助けると思って」


観劇!行ってみたい!そう思う気持ちと、また自分が何かやらかしてしまうのではないかと言う不安が入り混じる。ついネルの顔を思い浮かべた。殿下からのお願いだし、引き受けても怒られないかしら?


「あの……私なんかでよろしいのでしょうか?」


「当たり前じゃないか!観劇は美女と観るにかぎる」


後ろのウォルター様の表情は渋い。


「分かりました。すぐに準備いたします」


「あぁ、そうしてくれ。準備が出来次第、出発だ。……もちろん劇場に犬は連れて行けないからな」


分かってはいたが、やっぱり何となく心細い。いつの間にかネルと共に過ごす事が自然になっている自分に驚いていた。



「ほら見てみろ。皆が君に注目してる」


「違います。殿下に注目してるんです」


劇場に着くと、観客達がざわつく。殿下の来場はごく僅かな人物にしか伝えられていなかったようだ。


ヒソヒソとたくさんの御婦人達が口元を扇で隠しながら小声で話している。何となく居心地が悪い。


「どうした?」


「いえ……何となく皆様の視線が痛いというか……」


「皆、君の美しさに嫉妬してるんだよ」


殿下は朗らかに笑うと私をエスコートして、来賓席に向かう。


私は四方八方からの視線に耐えられず、つい自分の足元ばかりを見てしまっていた。




「遅くなって申し訳ありません。馬車……乗せてくれました?」


私は殿下との観劇と夕食を終え、屋敷の自室に戻って来た。ネルを公爵家の御者に頼んだのだが、無事に帰り着いていたのか、心配だったのだ。


『まぁ、君のペットと思われてるからな。丁重に扱われた。ところで……どうだった?』


「殿下には『良い食べっぷりだ』と言われました」


『……私が訊いているのはそんなことじゃない。観劇に行ったんだろう?』


「演劇なんて……興味ありますか?」


旦那様と演劇……合わない。というか旦那様と芸術の組み合わせに違和感しかない。


『興味は……ないな。ただ、君がちゃんとした振る舞いが出来たかどうか気になっただけだ』


「殿下がきちんとエスコートして下さいましたから、何とか上手く出来たと思いますよ?」


『そうか……まぁ、なら良いんだが』


振り返ってみると、殿下のエスコートはとてもスマートだった。歩きやすかったし……とそこまで思い出して、ピンとくることがある。身長だ!旦那様は背が高すぎて背の低い私と歩幅が合わないが、殿下は旦那様より背が低い。どうりで歩くスピードを合わせやすかったわけだ。


「ただ……何となく居心地が悪かったです」

私は劇場やレストランでのことを思い出す。


『何があった?』


「殿下と一緒だから仕方ないことだと思いますが、皆様からの視線が少し怖くて」


私がそこまで言うとネルは一瞬難しそうな顔をする。


『うーん……少し不味いかもしれないな……』

ネルはそう呟くと黙り込んでしまった。




翌日、資料を手に王宮の外回廊を歩いていると、私の名前が聞こえてきて、思わず柱の陰に身を潜めた。足元のネルも私と同じ様に隠れる。


「あのヴィヴィアンって女、何なのかしら?」

「本当よね!確か旦那であるガードナー公爵は隣国に行ったっきりなんでしょう?」

「旦那の居ない間に殿下に擦り寄ろうなんて……なんてはしたないのかしら?」


三人のご令嬢は外だからか、周りも気にせず噂話を続けている。


「もしかして王太子妃の座を狙っているとか?」

「ガードナー公爵とは離縁するつもりなのかしら?」

「あり得るわ!ほら!あの夜会でも独身のご令嬢達を差し置いてあの女が殿下と踊っていたじゃない!」

「まぁあの堅物公爵なんかより、殿下に惹かれるのは分かるけど……恥を知れと言いたいわ」


私はそこまで聞くと耐えきれなくなって、彼女達に見つからない様に反対側へと駆け出した。

ネルの小さな『アッ』という声が聞こえた気がした。



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