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第1話

「ヴィヴィアン……またなのか?」


「あの……申し訳ございません」


「いつになったらお嬢様気分が抜けるんだ。君はもう公爵夫人なんだぞ?」


「は……はい。分かっております」


「いつも『分かってる、分かってる』と言っているが、一体何が分かってるんだ?ん?言ってみろ」


「わ、私ヴィヴィアンはこのガードナー公爵家に嫁いで半年。しかし、この家の花瓶を割ったのは既に四つ……」


「五つだ。どうして君はそんなにそそっかしいんだ。もう少し落ち着いて歩けないのか」


「あ……あの。小鳥がけ、怪我をしておりまして。早く助けなければと……」


「この前は野うさぎの子どもだったか?その前は確か……いや、忘れた。動物を拾ってくるのも大概にしろ」


「は……はい……以後気をつけます」



その時、執事がやって来て旦那様に仕事の書類を持って来た。


「旦那様、こちらの書類ですが……」


「ん?見せてみろ」




執事は旦那様に隠れて私にウィンクする。天の助け!!


「ヴィヴィアン、もう良い。仕事の邪魔だ出ていけ」


「はい!!畏まりました!」


急に元気になった私に旦那様は苦い顔をして、何か言いたげに口を開く。


「君は……」


「旦那様、それよりもこの書類を……」


執事のナイスアシストにより、私はこの地獄の時間から解放された。


廊下に出て盛大にため息を吐く。私は旦那様が苦手だ。そして旦那様も私が苦手らしい。





「あーあ!くたびれちゃった!」


部屋に戻り私は長椅子に思いっきりポスン!と座った。その様子に実家から連れてきた専属侍女のリンジーが苦笑する。私達は姉妹のように仲良しだ。


「そんな風に座ったら、また旦那様に叱られますよ?「『『もう少し音を立てず淑やかに座れないのか!』』って。」でしょ?」


私とリンジーの言葉が重なる。一言一句同じなのは、もう既に聞き飽きた言葉だからだ。私達は顔を見合わせてクスクスと笑った。


「分かってるの。旦那様が私にイライラするのは。でもねぇ。私も一応気をつけてるつもりなのに、どうも上手くいかないのよね」


確かに私は末娘で甘やかされて育った自覚はある。大抵の事は大目にみてもらえたし、ちょっと良いことをすれば家族全員から大袈裟に褒められた。父も母も兄達も……みーんな私を甘やかした。そして私はそれを普通だと思っていた……ここに嫁ぐまでは。


「結婚したい……なんて言わなければ良かったわ」


私の呟きにリンジーはこう言った。


「ケネット公爵家にお戻りになりますか?きっとご実家の皆様は大喜びされると思いますけど。特に公爵は嫁にやるつもりなどなかったのですし」


そうなのだ。家族には『いつでも戻って来て良い』と言われている。しかし、私はそれに啖呵を切って嫁いで来たのだ。『絶対に戻りません!幸せになってみせます!』と。


「それは分かってるけど……それでは負けた気がするもの」


「結婚は勝ち負けではありませんよ。ちなみに、今日で……七十六回目です」


「何が?」


「お嬢……いえ、奥様が旦那様に叱られた回数です」


「リンジー……貴女、私が叱られた回数を数えているの?」


「ええ。面白いので」


私はリンジーにクッションを投げつけた。


「もう!悪趣味よ!」


リンジーの立っている場所が悪かった。彼女は丁度私のお茶を用意していた所だったのだ。


『ガシャン!パリン!!』


私の投げたクッションはリンジーにはかすりもせず、茶器に一直線。クッションが当たったポットは見事に倒れ、カップに当たりカップが割れる。そして転がったポットからは琥珀色のお茶がトボトボと机を濡らし、床に敷かれた絨毯を汚していった。


「あ~あ~あ~」

リンジーは呆れた様に声を上げると、苦笑しながらテキパキと片付けていく。


「あ!!ごめんなさい!!」

私も慌てて長椅子から飛び上がると、一緒に床を片付けようとしゃがんだ。……これまた場所が悪かった。未だ机の上から流れ落ちるお茶の雫が私の背中に当たる。


「奥様!お召し物が!」


流石のリンジーも慌てている。私の薄ピンクのレースたっぷりワンピースの背中は、琥珀色の水玉模様が出来てしまった。


「……旦那様には言わないで」


「大丈夫ですよ。流石に旦那様も日に二回もお説教は嫌でしょうから」


リンジーはそう言ってまた苦笑した。






私と公爵であるコーネリアス・ガードナーとが結婚したのは、私の気まぐれからだった。


『お父様、私結婚したい!』


そう私が言った時の父と兄達の絶望した顔を忘れた事はない。


『な、何故だ?ヴィヴィ、何が不満なんだ?お父様に言ってみなさい。庭が狭いか?もっと広くして、お前の好きな動物のたくさん来る森の様な庭にするか?あ!庭のブランコが小さくなったか?それとも……』



『いや……もしかしたら僕の婚約者がヴィヴィに意地悪をしたのかも……ほら、やはり僕は結婚すべきじゃないんだ!』


『もしかして、この前一緒に花を植える事が出来なかったからかい?僕だってヴィヴィと一緒に土いじりをしたかったんだけど、どうしても外せない来客が……』


『皆落ち着きなさいな。ギルバート、この王都に森を作るつもり?それにそんな広い庭を作ったらヴィヴィが間違いなく迷子になりますよ。この子はとてもつない方向音痴なんですから。それにヘンリー。貴方ヴィヴィを言い訳に結婚しないなんて言わないで。貴方は次期ケネット公爵なのよ?嫌でも結婚してもらわなきゃ困ります。それとモーリス。ヴィヴィは庭師と楽しそうに花を植えていました。それを邪魔したかったのは貴方の方でしょう?……ところでヴィヴィ。貴女は何故結婚したいのかしら?お母様に教えてくれる』


あの時落ち着いて話を聞いてくれたのはお母様だけだった。お母様、私の憧れの女性。優しくて、強くて温かい。その上、超絶美人だ。


『周りのお友達は皆、婚約者が居たり、結婚していたり。とても幸せそうだもの。それに……キスって凄く……その……素敵なものなんでしょう?それに……その……』


そういう行為が素晴らしいものだと聞いた事があった。流石にキスやそれ以上の行為は婚約者や結婚相手としか出来ない事ぐらい、私も承知だ。一生そういう経験がないのもつまらないと思っていたし、お母様の様な素敵な女性になりたかった。


『わぁー!!!!聞きたくない!聞きたくない!!聞きたくない!!!』


私の言葉を待たず、父と兄達は耳を塞ぎ食卓へ突っ伏した。


『ハァ……。男どもはダメね。とりあえず無視して話しましょう。そうねぇ……結婚って良いことばかりでなないわ。悲しい事も辛い事もある。でも私は賛成。辛い悲しい事以上に幸せもあるわ。私はこうしてお父様と結婚して、あなた達を産んで……とっても、とっても幸せだもの。だからそれをヴィヴィにも経験して欲しい』


『ダメだ!ダメだ!ヴィヴィはずっとお父様と一緒にいよう、な?』


お父様が必死だ。


『ギルバート……親は子どもより先に天国へ行くのよ?一生は無理』


『じゃ、じゃあ僕達がヴィヴィの面倒を……!!』


『お兄様達もいつか結婚して家族を作るわ。そこに私の居場所はないもの』


『ヴィヴィと仲良くやっていけない様な女性とは結婚しない!なんならモーリスが一生独身で居れば問題ない!』



二人の兄の気持ちは嬉しい。でも、それはちょっと重い。



『三人共いい加減になさい!!ヴィヴィを縛り付けてはいけないわ。ギルバート、相応しい男性を選んであげて頂戴ね』


お母様が一喝すると、お父様は涙を浮かべながら項垂れていた。


私としても軽い気持ちだったし、心の何処かで実家を出て新しい景色を見たいとも思っていた。……色んな経験もしてみたい。


そうしてお父様が見つけて来た相手が、コーネリアス・ガードナー公爵……今の旦那様だ。


旦那様は若くして公爵を継ぎ、王太子殿下の側近として王宮で働いている。御年二十四歳。十九歳の私より五つ歳上なだけなのに、随分と大人びて見えた。……逆に私が子どもっぽいとも言う。

お父様が彼を選んだ理由……それはとにかく真面目な事。堅物公爵との異名をもつ程の彼に、お父様は『浮気したりギャンブルで身を滅ぼす確率はゼロだ!』と言っていた。



かくして、私はヴィヴィアン・ガードナーになったわけだが……自由奔放に生きてきた私と旦那様は水と油。とにかく相性が悪かった。





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