27章④『この町で最も長い30時間』〈二日目〉
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「ふむ……気づいていたようだな」
そう言って、フードを下ろす。
現れたのは白髪に覆われた長髪と同じく白に染まる口髭の俺達の……いや、レイチェルの恩師であったはずの男。
「そ、そんな!? 本当にクリフトン外務大臣が『敵』だったなんて!?」
「そう言えば、君たちを引き合わせたのも私のお陰であったな。もう少し感謝してくれても良いと思うが、そうでもないようだな」
ふざけるな! 俺が、もっと早く気付けていれば。
シクルドに俺たちより前に尋問して、自我を完全に取り戻す前に自殺する事を命じれる人間。面会記録にもその名は記されていた。
俺たちが町の上層部に『敵』がいることに気づいたことを知り、12番隊分隊長であるユリウスにレイチェルを逮捕させる無茶な命令を下し、どう動くのかを観察。更に自身はユリウスに捕えさせることで疑いの目が向かないように。『敵』が市長であるかのように意識させた。
ユリウスの足取りから俺たちの集まり——『チーム・アッシュ』の存在に気付き、使われた黒板から俺が『刻戻り』——『過去の改変者』である事に気付く。
一番のヒントは“ミリーのピクニックにリアンが参加する事を知られていた”という事だった。
それを知ってるのは周りの僅かな人間に限られる。
そう、例えば直属の上司である恩師とか。
恩師——レイチェルは、そう思っていた。なのに!
「お前が……お前が……なんでレイチェルを!」
「なんで? とは簡単な話であるが答えようか? 私の邪魔をするからだよ。君と同じく」
何を、俺達が何の邪魔をした、と……
「『天使似』の子、手に入れるのを何度も邪魔したろう、君達は」
ニヤァッと残酷な笑みを浮かべる。
いつもの教授と同じ人だとは全く思えない。だが、恐らくはこれが本当の姿。
「ふむ、そこにいるジーク君とは家庭教師の先生と生徒の仲でな。彼が一族の秘密を明かしてくれたのさ。……そこで手に入れたのがこの『ギアス』」
懐から取り出したのは金属製の仮面のようなものだった。ただ、普通よりは一回り小さめだが。
「これを使い、強制的に両目を開かせ術者の目と向き合わせることで、こちらの自我で対象者の自我を塗り潰し、操る」
その仮面が『ギアス』。少し小さいのは子供用のためか。
だが、これだけ繰り返せばお前の自我も、擦り切れていくはず!
「そうかね? 擦り切れるのは余程、初代が弱かったのだろう。私には何の影響も感じんよ。所詮、世の中を善だの正義だの世迷言で推し量る愚民ではこの『ギアス』は扱えなかったのであろうな」
くくくっ。
残忍な笑みを浮かべる。
そうか……コイツには純粋に悪しかないのだ。だから、迷わない。だから、擦り切れない。
そして、中途半端に自我が残っているシクルドやジーグムントを、黒マントを率いる司令役や自身の隠れ蓑代わりに利用する。
今回の様に近衛連隊の出動など無理な動きをさせた後はジーグムントの責任にして自身がヒーローとして成立するように計算していた。
待て!
……なら、あの誰もが期待していた学校計画は……まさか!?
「さすがアシュレイ君。レイチェル君よりも気付きが早いな。評価点をあげても良いぞ。……その通り、すべての子供に『ギアス』をかける。その為の施設だよ」
なんて、ことを……そんな……そんな事ができるのは悪魔だけだ!
「あなた、そんな非人道的なことが許されるとでも思ってるの!」
「これはこれは特使嬢。私の提案はむしろ世界平和に貢献すると思っているのだが。私の自我に支配されることで争いのない世界。皆が同じ方向を向く世界。これを平和でなくて何と呼ぶのだ?」
争いのない世界、だと!?
それは、全ての人々が『ギアス』に支配されて、ただ操り人形として生きる未来。
なんだ、これは……会話が通じるようで通じてない、この感じは。
教授とは、クリフトンとは……
「お前は……本当に狂ってやがる」
「フハハハ、ありがとう。道理を理解しない愚民にそう言われるのは、最高の褒め言葉だよ」
俺は、ようやく『天使似』たちの言葉を理解した。
『ギアス』が世界を覆う闇なのではない。『ギアス』を手にしたコイツこそが世界を覆う闇なのだ!
だから、コイツを止めろ、と。
「そんな私にもどうにもならないことがあった。何かわかるかね? 老いだよ」
そう。人の寿命は誰しもが持つ有限なもの。
そればかりはどうしようもならない。
「だが、それを乗り越える方法はある」
何を言ってる? コイツは何を……
「『ギアス』は己の自我で相手の自我を塗り潰し操る技術。ならば塗り潰すための己の自我をもっと多く、そう己の半分を分け与えるくらいにしてみれば……そこで新たに生まれた者は私自身と同じ、と考えても良いのではないかな?」
自我を……移植する、ということか?
「アッシュ君…………彼はとんでもない事を言ってるんじゃ……!?」
「まぁ、論より証拠じゃな。せっかくだから、君達には我らの成功例を見て頂こうか。入って来たまえ」
そう言って、入って来たのは銀髪、黄金瞳の少女。
——リアン。
いや、これはまさか……
「そう、シクルドから『天使似』の力については認知していたのでな。ならば自身でもその力を扱いたいと彼女、いやもう私自身かな、に自我を移させてもらった」
ニヤァッと、教授と同じ残忍な笑みを浮かべるリアン。
それはあまりに瓜二つで、それは……つまり……
もう、リアンの自我は……無い。
懐中時計の針は18:30を示していた。
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