27章②『この町で最も長い30時間』〈二日目〉
***27-2
ワーッと鬨の声を挙げて、周囲の瓦礫の影から現れたのは……憲兵隊!?
「一体!?」
驚愕するセレスさんに、駆け寄った憲兵が、
「貴方達は、英雄バル・ライトイヤーさんの仲間の方でしょう? 10番隊の生き残りですが、貴方達の突破を援助します!」
お、おい、なんであんた達が……
「バル・ライトイヤーさんには良く稽古をつけてもらったんですよ……ユークリッド分隊長と共に」
彼らは……バルを知ってる。ユリウスも……!?
いや、俺を知ってる、ということはもしかしてあの婚約祝いに参加してくれてたのか!?
「ここは私達に任せて下さい」
陰に潜んでいた憲兵隊達が近衛連隊と相対する。更に背後から迫りつつある黒マント達にも。
今しかない——だが、それは同時にこの憲兵達を見捨てることにも!
「早く行って下さい! バル・ライトイヤーさんの為にも!」
しかし!
「行くしかないのよ、アッシュ君」
だが、彼らは……
「彼らの想いを無駄にする気!? アッシュ君!」
わかってる。けど!
「近衛兵よ! 同じクロノクル市民が争い、町を滅ぼす行為に疑問を持たないのかッ!」
その言葉に、あの一糸乱れぬ連携を見せていた近衛兵達に動揺が走った。
少なくとも俺にはそう見えた。
「お前達の行為に、『正義』はあるのか!?」
ああ……『正義』。
ユリウスが、最もこだわった言葉。
お前の想いは他の隊の憲兵達にも、響いているのだな……
「行って下さい、『英雄』の仲間よ!」
「ありがとう、憲兵の皆さん」
セレスさんは、憲兵隊の檄に近衛兵が僅かに綻んだ隙を見つけ、馬を走らせる。
剣戟の金属音を背後に聞きつつ、俺たちはその場を離れるしかなかった。
人気のない路地裏に一旦、馬を止めて、背負っていた荷物——巻藁を鞍の上にくくりつける。
そして、その手綱にそれぞれ真っ赤な手袋をくくりつける。
巻藁の上を白銀のフード付きマントで覆う。
……これで、遠目からはマントを羽織った人間が乗っているように見えるはず。
「この子には、可哀想だけど……」
セレスさんは馬の頭を撫でてやり、何やら両手で祈りを捧げる様な仕草を。
こう見えても、セレスさんも司祭なんだな、と状況にそぐわない感想があった。
「さ、行ってらっしゃい」
セレスさんが、馬の臀部を前に押すと、それを合図に走り出す。
あらかじめ俺が纏った白銀のフード付きマントと真っ赤な手袋で、あらゆる所でその姿を印象付けておく。
そして、後は馬自身にそのマントを被せて囮としてヤツらを引きつけてもらう。
単純だが、自立した思考を持たない黒マントならば疑問なく引っ掛かるはず。
そして、囮が追っ手を引きつけてる間に、
「行くのね、市長に会いに」
ああ、それが俺の次の一手なのだから。
大使館での話し合いを思い出す。
“え!? 馬でヤツらを撒いたあとに市長に会いに行くって、アッシュ君、本気!? 『敵』の本拠地に赴くなんて自殺行為でしょ!?”
俺の計画をセレスさん達に明かすと予想通り、反対された。
“……アッシュ君なりの考えがあるとは思われるが……自分にも分かるように説明してくれるだろうか”
ワルターさんも戸惑っているが、まずは理由を問うて来た。
理由、か……
それは、真の『敵』が市長・ジーグムントではないから。
そして市長は今回の内乱の責任を押し付ける為のとかげの尻尾役になっていること。
……俺の考えが正しければ、ヤツは既に用済み扱いにされているはず。
真の『敵』は冷徹だ。
自我が目覚めつつある、と確認したシクルドにまだ残る『ギアス』の力で自殺を命じた。やろうと思えばアイツの立場なら、シクルドを留置場から救うことも無理では無かったはずなのに。
そして、アルサルトの第2公判ではその姿を現したジーグムントは今回、同じく近衛連隊を動かしたにも関わらず前線には全く出ていない。
それは……ジーグムントにとって、このクロノクル市の崩壊が、真に受け入れられるものでは無かったから、というのは考え過ぎか?
今回の内乱の責任を押し付けるなら、近衛連隊の指揮している有様を見せつける方が効果的になるにも関わらず。
これらが、『敵』にジーグムントが用済みと見なされている根拠。
そして、俺が市長に会う必要があるのは、ヤツに書いてもらうべき書類がある。それが今度の『刻戻り』で必要となるのだ。——その為にはヤツに造反を促さなければならないが。
“アッシュ君は……市長が『敵』ではないって言うの?”
セレスさんの驚きに肯定する。
真の『敵』はおそらく……
今、『敵』が一番、気にしているのは『刻戻り』を持つ俺の存在。だからこそ、黒マントの指令の優先が『俺の抹殺』であり、その為にここまでの事態を引き起こした、とも言える。
ああ、そうだ。
今回の内乱は、俺を確実に殺す為に用意されたもの、と言っても過言ではない。俺への襲撃が失敗した際には、俺の協力者達を全て無効化する為の内乱。
“アッシュ君、何を言ってるのよ……そんな馬鹿な話が……”
……ただ、ここまでの話はあくまで俺のカンのような予想が当たっていた場合。
それが間違ってた時は致命的な事態になる。
なので、大使館の包囲網を突破した後は、セレスさんは路地街の例の地下室で事が過ぎ去るまで避難してくれれば……
“するわけないでしょ!”
俺の提案はバッサリ否定される。
しかし、セレスさんはこの国の人じゃない。これ以上、俺らの為に危険に晒すわけには……
“いい加減にしなさいよ、アッシュ君。私では役割不足かもしれないけど、今、ここに居る私はレイチェルさんの代わりにいるつもりよ。キミが行く所なら何処までも付いていくし、キミの言うことは何でも信じる。それでも彼女ほどにはならないだろうけど”
それは真剣な眼だった。
そうか……セレスさんは、出来る限りのことをしようとしてくれているのだ。
それを、俺から信じなくてどうする!
“アッシュ君、お嬢様は君を信頼している。この自分も”
ワルターさん……
すみません、セレスさん。
“……わかればいいのよ”
差し出された右手。それを握りしめて俺達は思いを一つにする。
……本当、最後までセレスさんには迷惑をかけてしまったな。
瓦礫が舞い、血飛沫がこびり付く路地を通り抜け市長のいる市庁舎へと。
その途上の道の傍に、血まみれの男が倒れていた。
「……まだ、息があるわ」
セレスさんは傷の具合を確かめる。が、その流麗な眉を顰めた時点で、傷の深さが窺い知れた。
これは、もう助からない……
「き、君は……この前の……幼馴染みくん、か……」
俺のことを幼馴染み、と呼ぶ彼は一体……
その黒縁メガネ……確か、記者のトッドだったか。
「ハハ……もうクロノクル市は終わりだ……市長は、選挙で不利だから……帝国と手を結んで内乱を起こして選挙そのものを出来なくしたんだ。……民主主義を放棄したんだ」
そして、その手に握りしめていたものを俺に手渡そうと。
これは……メモ帳と……写真か。町が襲われている時の。
「せめて、この真実を……世間に……伝えて……」
力なくその手が下がりきる前に、捕まえる。
彼は初めて会った俺達を——俺とレイチェルの婚約を祝ってくれた。
初めて、写真とやらを撮ってくれたのも彼のお陰だった。
今もその写真は俺の部屋に飾ってある。
なのに、その彼は……もう……
「……行きましょう、アッシュ君」
しばし、彼に黙祷を捧げたセレスさんが俺を促す。
ああ、俺達が出来ることの為に。
驚くべきことに辿り着いた市庁舎の中は人っ子一人、誰も居なかった。ある程度は予想していたが、これは想定以上だ。
ガランとした廊下、広間。
逆に何かの罠かと思うほど。
「まさか、こんなに人気がないだなんて……」
だが、こちらにとっては好都合。
目的の場所、市長室へ。玄関先にある案内地図を確かめる。
懐中時計で確認すると時刻は16:20
黒マントや近衛連隊に遭遇しないよう、慎重に移動した分、時間を要してしまっている。
このままでは肝心の『刻戻り』の時間に。
俺の中で、焦りが滲み出るのがわかる。
ダメだ。今回は絶対に成功させなければならない。レイチェルの死を認めるわけにはいかないのだ。例え、針の穴を通すような確率であっても、それを手繰り寄せなければ。
その為にはまだ準備が、足りていない。
間に合わせるんだ。必ず。
市庁舎の一番奥、その市長室にヤツことジーグムント・ガイウスはいた。
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