25章②『前置き無しのディザスタラスな惨劇』
***25-2
それからの日々は本当に何事もなかったように過ぎていく。
『チーム・アッシュ』の会合が無ければ、例によって図書館はほとんど来訪者が無く淡々と過ぎていく。
例の記者達に関しては、セレスさんが、
“ここは図書館で、そんな取材を受ける場所じゃ無いわ! 明らかなマナー違反よ”
と、バルや記者たちに注意したことで以後は無くなることに。
言ってることは正しいが、どー考えてもセレスさん、あなたが言うんかい、という思いは拭えないが。
そして迎えた俺たちの婚約祝いの日。
ミリーがセッティングなどなどを俺たちには内緒でしたい、というのでお任せしてたのだが、その会場に選んだのはなんと聖教ソリスト教国の大使館、その食堂だった。
いつの間にやらセレスさんと相談して進めていた模様。
……こういったことへのミリーの行動力は計り知れんものがあるなぁ。
ワルターさん聖十字騎士団の皆に混じってユリウス憲兵達、『バルスタア団』の子供達まで入り混じって、何と言うのかお祭り騒ぎだ。
なんで、ここまで大きくしたんだよ、ミリー……。
「こうしとけば、皆にアシュレイお兄ちゃんはレイチェルお姉ちゃんの婚約者、て大々的に知られるから。レイチェルお姉ちゃんも心配事が減るでしょ?」
どんな策士だ、ミリーよ。
バル目的の記者達まで何人か入れてるもんだから、これ、下手すると記事になっちまうんじゃなかろーなぁ。
そうでなくてもレイチェル自身が“史上最年少の天才少女判事”なのだから。記者がほっとかない訳がない。
「アナタがこの町一の天才少女判事の婚約者として選ばれたんですね。普段は何をされてるんです?」
早速、記者の一人がこちらに飛びついてくる。
やむ無く、図書館の司書をしていることを話すと、俺とレイチェルの顔を交互に見て疑問符を浮かべる。
なので、更に俺たちが幼馴染みであることを伝えると、それで理解したのかウンウンと頷き、メモを取り始める。
悪かったな、幼馴染みという接点がなきゃ、 レイチェルと釣り合いが取れる訳ないって。
その記者は俺たちに自己紹介をする。
トッド・スミス。
入社3年目のまだ若手で今は色んなネタを探しているところなのだと。
「にしても、ここはすごいですね。ソリスト教国の大使館だし、分隊長のユークリッド少尉や、今回の事件の英雄、バル・ライトイヤーさんもいるなんて」
黒縁のメガネを何度も指で押さえつつトッドは不思議そうに話す。
まぁ、憲兵もいるわ、『バルスタア団』の少年少女もいるわ、でよくわからん状況になっとるからな。
「あー、ごめんなさいね。遅れてしまって」
そう言ってやってきたのはセレスさん。どうしても遅くなるとのことで、食事は始めながら待ってたのだが。
懐中時計は18:20を示していた。
「セレスさん、移送の手続きは進みそうなんです?」
「ええ、お陰様でね。レイチェルさんの助けで、私もようやくクロノクル市国に来た本来の使命を果たせるようになったわ」
セレスさんの特使としてのは使命。
そうか、アルサルトの聖教ソリスト教国への移送か!
「クロノクル市国としても初の事だから色んな法的手続きが面倒でね……もう、こういった書類仕事がわたしは大っ嫌いなのに」
「セレスお嬢様、それも特使としてのはお仕事ですぞ」
「分かってるけど、文句を言うぐらいはいいでしょー」
と、ブツクサ言いながらセレスさんは、近くのグラスを手に取り、俺たちに手渡す。
「乾杯はまだかしら? なら、アッシュ君、キミの宣言を聞かせてもらいたいんだけどなぁ〜! ホラ、記者さん達も待ち構えている事だし」
と、ニヤニヤしながら俺を壇上へと押し出す。
そーなると思ってたんだ……やっぱり。
はぁ……。
ため息をつきつつ、段を上がる。
そこから見るのはミリーやバル、なぜかまだ青い顔のユリウスやセレスさん達。
なんとゆープレッシャーなんだよ、おい。
ギュッ
隣のレイチェルが俺の手を握りしめる。
モノクルの奥、そのつぶらな紅玉色の瞳が期待に輝いている。
仕方ない……
「あー、俺ことアシュレイ・ノートンはレイチェル・サファナを婚約者として共に歩むことを誓います」
これって、結婚宣言と同じだよなぁ。
他にも多分、俺は色々と言ってたと思うが、緊張でもうあまり覚えてない。ただ、隣のレイチェルが嬉し涙を浮かべ、場の皆が拍手とお祝いの言葉を述べてくれてることだけは何とか覚えているが。
次から次へと色んな人が挨拶に来るので食べる暇も無い。
記者達にまたしても取り囲まれながら熱弁をふるうバル。それに何やら拍手するリアンとミリー達。
“市長選後の評議会選挙には僕が出るのだな! 今こそ、僕がクロノクル市の政治を変えるのだー”
パチパチパチパチ。
……本気で言ってるのか、酔っ払ってるのか?
辛うじてテーブルの向こうを見ると、何やら壁際で一人ポツンと佇むユリウスにキケセラが食事を持っていってるが……ふむ?
“…………サファ……いや、レイチェル判事……自分はレイチェル判事の幸せを心から祈っております”
“ありがとう。ユークリッド少尉!”
何やら先ほどはレイチェルの前でじーっと動かんかったが。
お前、俺には一言も無かったやろ。
「にしても、長いようで短かったわね。3ヶ月もなかったけど、こんなにドキドキワクワクしたのは初めてよ」
いつの間にか、俺たちの前にいたのはセレスさんだった。その後ろにはワルターさんの姿も。
「来週、日曜の選挙が終わったら、セレスさん達も帰ってしまうんですよね……寂しくなります」
「あららー、レイチェルさん、それ本気で言ってるのかしら? 大事なアッシュ君に粉かける人が居なくなって安心してないかしらー?」
「そ、そんなこと………………少しはありますよ! セレスさん、とても綺麗だし……スタイルもいいし……」
そう言って両手の人差し指を、何やらくねらせつつ唇を尖らせるレイチェルを見やり、セレスさんはフフーンと笑う。
「はいはい、そうやって焼き餅を焼くレイチェルさんがアッシュ君にとっては可愛いんでしょ? ホラ、ちゃんとフォローしなさい」
やはり火の粉がこっちに飛んできたか。
「レイチェル、俺の大事な人はレイチェルだからな」
「……それ、全然ダメ。なんのフォローにもなってない。ちゃんと『可愛いよ』とか言葉にしなさいよ」
言った端からダメ出しかよ。
が、肝心のレイチェルはうるうる目で何度もウンウンと頷く。
「キミ達らしいわね……本当、それで通じ合ってるんだから」
と、セレスさんは苦笑する。
「ところで、少し真面目な話をするわね」
セレスさんの真面目……今まであったかな?
「余計なこと考えたでしょ。ったく。そうじゃなくて、今度また先の話でいいから二人とも、私のソリスト教国に来て欲しいの」
え? それはまさか……
「ううん、前にアッシュ君を勧誘した話とはまた別。ここまでクロノクル市国に良くしてくれたんだもの。私もキミ達を歓迎したいのよ、我が祖国に」
そして、レイチェルへと右手を差し出す。
「……はい。いつか分からないけど、セレスさんの国、お邪魔しますね」
「フフッ、楽しみにしてる」
二人は固い握手を交わすのだった。
「……本当に幸せ……夢みたいで怖いくらい」
レイチェルが、そっとこぼす。
大丈夫だ。俺が側にいる。今も、これからも。
「うん。わかってる。あまりに幸せ過ぎて怖くなってるだけだから」
俺は、レイチェルの瞳の奥の不安が払拭される様に、その手を握り締めるのだった。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎ去る。
バルが、ミリーが、リアンが、ユリウスとキケセラが、ミゼルやトライド、セレスさん達も笑顔で、俺の隣にはレイチェルが居て、微笑んでくれる。
終わり間際に駆けつけてくれたクリフトン教授からの祝いの一言で、祝宴は終わりを告げる。
そんな楽しい宴。
それは俺の心に残り続けるのだった。
世間はいよいよ迫る選挙戦で揺れていたが、いつもの俺の日常には何も変わりはない。
ただ、『敵』であるジーグムントは何も行動を起こさず。
選挙での審判の時をただ待っているのだろうか。
その時、俺は『天使似』達に託されたこの町の秘密をどうするのだろうか。
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