25章①『前置き無しのディザスタラスな惨劇』
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俺たちは手詰まりだった。
「アシュレイ、これはオレの落ち度だ……まさか、あのシクルドが……」
そう、ヤツは自殺した。
『ギアス』の枷から逃れつつあったシクルド。もし、まだあの男と話が出来たのなら……そう思ってしまうのは、これまで俺たちと延々、敵対し続けていたヤツにとって、どんな感想になるのだろうか。
だが、現実は残酷だ。
ようやく『敵』の正体に追いついた、と思ったその矢先の出来事だったのだが。
「ユリウスー、お前もまだまだだナー。でもそれは仕方ないのだナー。舌を噛み切るぐらいなら何も飲まず食わずぐらいするだろーし」
……バルは馬鹿にするように見せてユリウスをフォローしてる? どうしようも無かった、というのか。
翌日の火曜日。
例によって午後に集まって情報共有をするのだが、ただ昨日の尋問の結果を確認するだけだった。
まー、それが毎度の如く我が職場たる図書館であるのは納得できんのだが。何故か、それがもう普通になってきとるし。
「ま、そうならこれ以上は話し合ってもしょうがないわね。今日は解散しましょっか」
セレスさんから、まともな回答が出て今日の『チーム・アッシュ』の会合は解散する事に。
「じゃ、今から遊びに行きましょっか? アッシュ君」
「じゃ、じゃないです! セレスさん!!」
物のついでのように、俺を外に連れて行こうとしたセレスさんにすかさずレイチェルがノーを突き出す。
「アッシュは私の婚約者なんです! それを気軽に誘わないで下さいッ」
「どうしてかしら、レイチェルさん?」
「ッ! そんなの、当たり前でしょ!!」
怒りで頭から湯気が立つレイチェル。
それをニヤニヤしながらセレスさんは揶揄するように続ける。
「なら、レイチェルさんも一緒に行きましょーよ? ねぇ?」
「すいませんけど、セレスさん、あまりレイチェルをからかわないでやって下さい。俺の大事な婚約者なんで」
絶対、ワザとだからなぁ、この人。
これまで見てても、どーもレイチェルとセレスさんの相性は宜しくない。セレスさんはそれを楽しんでる風もあるけど、レイチェルは巻き込まれてしまってるからなぁ。
てか、そもそも、俺は仕事中なんですがね、一応。やる気は無いけど。
「はぁ……アッシュ君が言うなら、ここまでにしとくかなぁ。仕方ないわね、今回は」
「今回は、て、どういう意味なんですか、セレスさん!」
あまり、セレスさんの言葉に惑わされるなよ、と思うが……無理なんだろーなぁ。
取り敢えず、レイチェルを落ち着けさせ、何とかセレスさんから引き剥がす。
なんで、こー水と油なんだか。
と、思ってると何故かそのレイチェルとセレスさん双方からジーッと睨まれる。
え? なんで?
「……アッシュ君は相変わらず鈍感で苦労しそうね」
「そうなんですよ、セレスさん……わかってくれますか?」
何故だ、この2人が手を組んでるよーな……
なんか、背筋に寒気が……これはヤバい?
「そもそも、私がレイチェルさんに絡み始めた最初の時点で、いえキミを誘った時点で反論しなきゃいけないのに傍観してる! これはとんでもないマイナスポイントよ。レイチェルさんの婚約者の自覚はあるの、アッシュ君?」
え、もしかして俺が責められてるパターン?
そしてジト目で睨んでくるレイチェル。
お、おおー、これは俺が悪いパターンなのだな?
「ま、アシュ氏の自業自得なんだナー」
何やらニヤニヤとこちらを見ているバル。
お、お前なぁ……。
その後、何故かレイチェルとセレスさんに男としてあるべき行動、という良く分からないことを散々叩き込まれて今日の仕事は終わった。
なんで、こんな目に俺が……。
図書館の締め作業を待ってくれてたレイチェルと共に辻馬車の待合所に向かうと、そこには下校中のミリーもいた。
何やらこちらのある一点を見て、ニコニコ満面の笑顔で頷いてみせる。
あー、レイチェルの手を握りながら歩いてるからか。“恋人繋ぎ”というモノらしいが。
「うんうん、ようやくアシュレイお兄ちゃんもわかってきたようで、ミリーはとっても嬉しいのですー」
レイチェルからの提案だと言うのは伏せといた方が良いな、これは。
帰りの辻馬車の中は帰宅の客達でいっぱいだが、辛うじて俺たちは座ることができた。
その中でも聞こえてくるのは来週日曜に行われる選挙の行方だった。
「大丈夫。この前のアルサルトの裁判で先生主導で有罪判決になってから人気が出てるもの。バル君だけじゃなくてね」
漏れ聞こえる人々の世間話でもどちらかと言うと教授有利なのは間違いないだろう。
むしろ、これまでのガイウス家独裁を阻止した後、この町がどうなるのかを期待する声。
クリフトン教授が提唱する全ての子供達への教育の無償化。
「……で、今度の土曜にミリーとリアンちゃんでレイチェルお姉ちゃんとアシュレイお兄ちゃんの婚約祝いをさせてもらうから期待してね」
「ありがと、ミリー。とっても嬉しいわ……本当、夢みたい……」
「大丈夫だよ、レイチェルお姉ちゃん。夢じゃないよ! レイチェルお姉ちゃんの長年の想いが叶ったんだよ。……アシュレイお兄ちゃんも、ちゃんと言わなきゃー」
お、おう。
ミリーに何かフォローするよう指図されるも具体的にどうしたら良いのか分からず……うん、いつもの通りにしてみるか。
と、レイチェルの頭を撫で撫でしてあげる。
が、それを見たミリーは何故かジーッと睨んでくる。間違ったか?
「……アシュレイお兄ちゃんは取り敢えず、レイチェルお姉ちゃんの頭を撫でてれば何とかなる、という発想は捨てた方がいいと思うのですー」
う、うむ……完全に心の中が読まれている。
が、肝心のレイチェルはそれでも幸せそうに口元を緩ませて俺の肩に頭を乗せる。
「もう、レイチェルお姉ちゃんはアシュレイお兄ちゃんに甘すぎなんだから……」
「うふふ……でも、とっても幸せなんだもの。本当に」
…………。
レイチェル。
俺の最も大事な婚約者。
俺はレイチェルの笑顔を守る。誓ってみせる。絶対に、だ。
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