24章②『真実はいつもアイドンノーな闇の中』
***24-2
ここからが本番だ。
俺とレイチェルは先の時計塔の地下室での出来事をかいつまんで皆に話すことに。まずは『ギアス』のことから。
まー普通なら何を言ってるんだ的な形になるのだが、物証? として例の鍵も見せる。
……本当にこれで地下室への扉が開くのかは試してないがなー。
「『ギアス』、なるほど。それなら納得がいく」
予想と違って、まず最初にこちらの話を信じたのはユリウスだった。
「そんなものの存在でも無ければあれほどの統率力はあり得ない。ヤツらを尋問しているオレ自身がその話は実感として納得する」
お、おう……。よりによってコイツが最初に賛同するか。
「一つ、質問があるわ」
と、手を挙げたのはセレスさん。
やはりセレスさんも疑問点があるか。それはそうだろう。
俺も話を聞いた瞬間に思った事なのだから。
もし、この『ギアス』が今も使われているのならば、何故、術者であるジーグムントは初代のように自我を擦り減らさないのか。
これまでの黒マントの数を見ればかなりな使用数になるはずなのだから。
「アッシュ君とレイチェルさん、二人は婚約したのかしら?」
…………。
え? そっちなの、質問って?
「レイチェルさんの左手の薬指の指輪って、そーゆーことで良いのよね? ねぇ、レイチェルさん?」
「えへへ……セレスさんにはすぐに分かっちゃったみたいね。そうなんです、私達、婚約したんです!」
と、はにかみながらレイチェルが俺の肘に腕を絡ませる。その左手の紅玉石の指輪を皆に見せながら。
ドタンッ!
大きな音を立ててユリウスが崩れ落ちるように倒れる。
お、おい……なんか顔が真っ青だぞ!? 昼食で変なもんでも食ったか?
「ちょっと私的には複雑な気分だけど、おめでとう、とは言わせてもらうわ」
「アシュ氏とレイチェル氏かぁ。ようやくなのだな。僕もお祝いさせてもらいたいのだなー」
「ありがとう、皆!」
「ふーん、ところでアッシュ君。もし、レイチェルさんに飽きて浮気したくなったらいつでもウェルカムだからね!」
「な! セレスさん、それはヒドイ!」
「あら? レイチェルさんはアッシュ君が浮気するとでも思ってるのかしら?」
「そ、そんなことは無い……です、けど……」
「じゃあ、大丈夫じゃない。ねー、アッシュ君」
「でも、でも……うー! アッシュもちゃんと否定しなさいよッ」
いや、だからそんな訳無いって繰り返し言ってるだろーに。
て、それよりも。
……誰もユリウスのことを気にしてないんだが。
仕方なく、側にいって様子を見てやる。
その顔面は蒼白で目の前の床を悲壮な目で見つめ続けている。こんな状態になったユリウスは初めて見るぞ。
……本当に大丈夫なのか、コイツは?
「あー、アッシュ君、彼、ちょっと時間がかかるから、ほっといてあげた方がいいわよ」
いや、ほっとけ、と言われても……
「アシュ氏は構わない方が良いのだなー」
バルまでよく分からんことを言うのだが。
「……少尉、大丈夫かしら?」
唯一、レイチェルのみが俺と同じようにユリウスの体調の心配をするが、それもセレスさんに止められる。
「はいはい、彼はそのうち回復するから話を元に戻しましょう。『ギアス』の話でしょ?」
う、うーん……セレスさんがそう言うなら先に進めるけど。
しょうがなく、時計塔の地下室でみた初代ガイウスの懺悔録、『ギアス』、そして地下室の仕掛けについて続きを話していく。
「……あくまで、私は外部の意見として言うけど、いいかしら?」
話し終えると、セレスさんはそう言いながら厳しい視線を俺とレイチェルに向ける。
「その『天使似』達? 初代ガイウスの仕掛けでのこの町の原罪の告発、それをしたら恐らくクロノクル市国はその罪を他国から責め立てられて莫大な賠償金を課せられるわよ」
そりゃ、あれだけあからさまにこちらの罪を認めてればな。
仕掛けが発動した時計塔の壁に刻まれた犠牲者の詳細。そこには彼らの祖国も載っている。
俺が見てる範囲でもほとんどがクロノクル市国の中ではなく、他国から攫って『ギアス』を掛けているようだった。
被害を受けた国が一気に賠償金を求めるのは違いない。
その結果、資金力で国力を保っていた我が祖国は没落する。それは容易に想像できる未来だ。
だからこそ、レイチェルも俺たちに渡されたこの選択肢に苦悩したのだ。
セレスさんの言葉が頭に響き続ける。
「町が没落する未来」と「罪を隠し続ける現在」。そのどちらが正しいのかなんて、誰にも分からない。
けれど、『天使似』たちは俺たちに選ばせた。この鍵を渡すことで、俺たちが答えを出すべきだと。
重い。どう考えても、俺には背負いきれない重さだ。
「アッシュ……」
隣でレイチェルが俺を見つめている。その瞳には、俺と同じ迷いと苦しみがあった。
俺たちがこの鍵を使うことで、この町に何が起こるのか。その未来は、俺たち次第だ。
アルサルトの裁判結果。見事にレイチェルは有罪を勝ち得た。
しかし、アルサルトとジーグムントが繋がってる証拠は上がらなかった。
その筋からヤツを、この国の首長を捕らえる決定的証拠は見つけられなかったのだ。
『ギアス』を使う真の『敵』。
これまでの流れならば、市長でありガイウス一族の末裔でもあるジーグムント・ガイウス。
ヤツに違いないのだが……肝心の証拠が……
目の前にいるはずなのに、最後の一手が詰められないもどかしさ。
くそッ
「……すまないが、アシュレイ。この後、オレの用事に付き合ってくれないか」
どうやら、やっと調子を取り戻したらしいユリウスが、何故か俺を誘ってくる。
俺に声を掛けるなんて珍しいことがあるもんだ。
で、何の用事なんだ?
「ああ……シクルドの尋問。君にも立ち会って欲しい」
シクルドの尋問に!?
いや、そりゃ、むしろ立ち会いたいが……良いのか? 俺はただの民間人なんだが……
「……ヤツ自身が言ってるんだ。アシュレイを呼べ、と」
そして、言う。
“黒マントのヤツらでシクルドだけが、まだこちらと話すことができる”
そう、これはチャンスなのだ、と。
ヤツらの主、本当の『敵』を確かめる唯一の。
「憲兵隊本部の留置場よね。それなら私も着いて行っていいかしら」
レイチェルなら判事の捜査権で尋問に立ち会うのは問題ない。
「……え、ええ。……サファナ判事……」
?
いつもならレイチェルが一緒に来ることを歓迎するはずのユリウスが、何やら歯切れの悪い返事だなぁ。
まーそれは兎も角、必要な情報共有を行なったことで『チーム・アッシュ』の会合は一旦、解散。
「アシュ氏、あとの仕事は僕に任せてシクルドに会ってくるんだなー!」
やたらとバルが張り切ってるが……この後、自分一人になったらまた記者たちを呼び込む気だな、コイツ。
「少尉もお疲れねー、レイチェルさんと一緒だなんて。フフフー」
何やらセレスさんがニヤニヤしてるので、どーせ碌でも無いんだろーな。
「ま、アッシュ君も、もし私に浮気したくなったら、いつでも声をかけてね〜」
「セレスさんッ!!」
レイチェルの本気の怒り声にも気にせず、セレスさんはヒラヒラと手を振りながら去っていくのだった。
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