24章①『真実はいつもアイドンノーな闇の中』
***24-1
憂鬱な月曜日の朝。
お隣のミリー家のフィッチがいつも通り、その鳴き声で朝7時の鐘より先に起こしてもらえる、その特典。
いらないと言えばそうなのだが、よく響くんでな。一種の目覚まし代わりになってしまってる。
ここだと、こんなにフィッチの鳴き声が聞こえるのね、というレイチェルの感想を聞きつつ。
お陰で早起きの癖がついてしまってるわい。
手早く準備をして、いつもの辻馬車の待合所へ。
先にそこで待っていたミリーは、俺の肘に腕を絡ませ連れ立って歩くレイチェルの姿に、元々まん丸な瞳を更に丸くさせて驚きを隠せない。
早速、レイチェルに聞こうと、口を開いたのだが、タイミング悪く、そこにガシャガシャと音をさせて辻馬車が到着する。
そのため、皆で中に乗り込む。
が、中で落ち着く暇も無く、ミリーは例のニコニコ100%笑顔を見せて、問いかける。
「ね? ね? これはレイチェルお姉ちゃん、二人はすごーく仲が進展したのかな? かな?」
「えへへ……うん。ありがと、ミリー。そうなの」
レイチェルはそう言って、ミリーにそっと左手の紅玉石の指輪を見せる。
「え? ……左手?」
「うん。私たち、婚約したの」
これには流石のミリーも、ポカンと口を開けて一瞬、言葉を失う。
数刻後。
「ええーーーッ!?」
あのミリーから出るとは思わなかった大声に、周りの乗客へ謝罪して、声のトーンを落としつつ再びコソコソと。
「そ、そうなんだー。それは流石にミリーもビックリだよー。だけど、本当に良かったー。レイチェルお姉ちゃんおめでとう! アシュレイお兄ちゃんも」
「うん、ありがとう。ミリー」
「ああ。ミリーがお祝いしてくれて俺も嬉しいぞ」
「……それで、なんだねー。うんうん」
何やら納得した顔で頷くミリー。何故か、少し上気したような表情を見せるが。なんだ?
うーん?
…………。
「それじゃあ、今度、二人の婚約祝いをしなきゃ! リアンちゃんと相談してみるね」
いや、そんな大ごとにしなくても……
「ミリー、ありがと! 期待してるわね」
「うん、任せてね、二人とも」
ま、ミリーが乗り気ならそれはそれで。
その後もレイチェルとミリーで何やら打ち合わせていたようだが、それも終点の中心街に馬車が着く事で終わりを告げる。
「じゃあ、お昼は迎えに行くから図書館で待っててね、アッシュ! ふんふふーん」
何やら鼻歌を歌いながら去っていく、レイチェル。
懐中時計の針は、
8:55
「はぁー、もうアシュレイお兄ちゃんも、婚約者になったんだからレイチェルお姉ちゃんの気持ち、もっとちゃんとわからなきゃダメだよー」
隣のミリーから、何故か注意を受ける俺。
なんで、そんな突っ込まれるんだよ、と思いつつ……確かにレイチェルの想いにずっと気付けなかったことを考えると何も言えず。
当分、ミリーから色々と指導されてしまいそーだなぁ。
そんな、明るくない未来に頭が痛くなりそーだった。
さて、いつもの静寂なる我が職場へ。
何せ、先週は金曜のアルサルトの公判で俺とバルが休むことになったので急遽、図書館ごと勝手に休館にしてたのだが……ま、誰も気付くまい。
と、適当なことを考えつつ扉をくぐったのだが……
なんだ、これは何が起こっている!?
かつてあり得ないほどの人々が図書館内に。しかも、彼らは次々とその中央にいる人物に質問を投げかけている。質問の最中にも、更に次の質問が続き、騒々しいことこの上ない。
その中央、ドッシリした巨体で腕組みしながら皆の質問に答え続けているのはバル。
「僕の取材は順番を守ってもらいたいんだなー。 はいはい、じゃ、そこの赤いシャツの人からでー」
えーと、これは……なんなのだ!?
記者の取り巻き取材!?
「……ボスに、こーんなガッカリするのは初めてだわ」
おい、気配を消して隣に立つなよ、キケセラ! ビックリしただろーが。
「オイラも、あんな自慢げで口元が緩んだボスはちょっと……うーん……」
見るとキケセラだけでなくリアンやミゼル、イワンの姿まで。なんで『バルスタア団』のメンバーまで、ここにいるんだよ。
「そっかなぁ。ボス、嬉しそうだし、良いんじゃないのかなー」
「リアンはそう言うけど、アタシにとってあんな鼻の下を伸ばしたボスなんて、マジ幻滅以外の何者でもないんだから」
リアンは肯定的だが、キケセラやミゼルの評価は手厳しい。
そら、記者たちに囲まれ取材を受けて鼻高々にしてたら、そー言われるわな。
「………………ボスは『バルスタア団』の為に日陰の存在でいた。それが『バルスタア団』ごと表の世界に出れるようになったんだ。一時的に有頂天になるのは理解できる」
「ッ!?」
「……イワンが喋ったの!?」
イワンの発言にドン引きのキケセラとミゼル。
いや、お前ら、イワンも話すぐらいするだろーが。
「いやいや、兄ちゃん、イワンが自分から話すなんて初めてみたよ!?」
「明日は雹でも降るのかも」
散々な言われようのイワンは素知らぬ顔で無言を貫くのだった。
結局、ほどほどの所で記者たちにはお開きをして帰ってもらう。この静寂なる図書館を汚しやがって……意訳:俺を面倒に巻き込むな、くそー。
キケセラたち『バルスタア』団の面々も一緒に帰ってもらうことに。
で、話題の中心のバルは、ニヤニヤと口元を緩ませながら土曜の新聞を開げていた。
その特集は、バルとユリウスが二人で載っている一面記事。
……うーん、確かに今までのバルからして、ここまで舞い上がってるのは初めて見るな。
ただ、イワンの言いたいこともわかる。
今はもう、無くなってしまった時間軸だが、逮捕免除証を持ったバルが憲兵隊本部でもトーンが高かったのはそれだけ、表の世界にいれる、てのが嬉しかったのだろう。
それが、『バルスタア団』、皆のことならば尚更……
「いよいよ、僕の時代なんだなぁ……ようやく僕の魅力に世間が気付いたってことで……キリッ!」
…………。
いや、単に勘違い野郎になってるだけの気もしてきたな、これは。
若干、頭が痛くなってきたわ。
あとでセレスさんに通報しておくことにしよう、うん。
時計塔の文字盤は
13:15
予定通り、お昼はレイチェルと一緒した後、共に図書館に戻ることに。例によってレイチェルは午前中に1日分の仕事を終えていたらしい。
因みに、そのわずかなお昼休憩もバルは記者たちを招いて取材に答えてたらしーが。
再度、記者たちを追い出すという追加作業をしてから、しばし待っていると『チーム・アッシュ』の面々が。
何せ、先週末の金曜にシクルドの襲撃、アルサルトの裁判と立て続けに続いて何も情報共有が出来ていないのだ。昨日の時計塔の地下室まであるしなー。
「はいはーい。じゃ、リーダーが黒板に書いていってね〜」
やっぱり、セレスさんにとってリーダーはただのこき使う道具でしかないのかー。
はぁ……
と、ため息をつきつつ隅にあった黒板を取り出そうとセレスさんの側を通り過ぎた時、
「……アッシュ君、本当に良かったわね。過去を修正できて」
え?
ふと見ると、セレスさんは愛しげな目でレイチェルを見ていた。
そうか。
セレスさんは前の時間軸のレイチェルを知っているから……だから……。
恐らくは、あの時、反対したことも覚えてて。
「ほら、そんな顔をしないの」
苦笑いするセレスさん。
ありがとう、セレスさん。本当に。
⭐︎⭐︎⭐︎