23章①『遂にビジッティングな彼の地』
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冬の足音が近づく日曜日。
2週間後の市長選の喧騒をよそに、街中は来月末に迫った生誕祭に向けた準備で賑わい始めている。
モミの木にベルを飾る人々の姿が目に入った。
何気なく手を伸ばすレイチェルの横顔を見て、生誕祭の夜にはどんな景色が広がるのか、少しだけ想像してしまう。
因みにレイチェルは薄手の黒いコートに紺のワンピースに例のモノクル。折角の日曜にも関わらず、いつもの法服を思わせる黒のコートだが、それはそれで……似合ってる。
チラッと辺りを見ると、カップルが生誕祭に向けてだろう、店に飾られたドレスを指差して傍らの彼氏に何やら囁いている。
きっと、おねだりされてるんだろうなぁ。合掌。
……誰だよ、生誕祭なんてウチの国に導入したのは。
そもそも、他所の国の神さんの誕生日だろ? なんでそれが男が女に贈り物を捧げる日になったのやら。
その辺、一番詳しそうな、本家ソリスト教の司祭さんに聞いてみるのもアリなんだが……ヤメとこう。
多分、思いっきりイジられ、何かを集られる嫌な予感しかしない。
君子危うきに近寄らず。
には、状況的にならんのだ。悲しいことに。
「ねえねえ、アッシュ。コレとコレ、それにさっきのヤツとどれがいいかな……?」
「あ、ああ…………」
誰か教えてくれ。
何故に、質量的にはネックレスの1/3も無さそうな指輪の方が値段が高いんだ? しかも1桁以上も。
「ええ、どれもお似合いだと思いますよ。今度の生誕祭のプレゼントですかね?」
店員さんの営業スマイルに隣のレイチェルは答える。
「いえ、生誕祭とは別で……私達の婚約指輪を探してるんです!」
そう言って、レイチェルはニッコリするのだった。
レイチェルに想いを告げ、レイチェルも接吻で応えてくれた昨日。
レイチェルはこのまま、サファナおばさんやおじさんにも伝えたいと言い出したのだ。
普通だったら、しばらくは伏せてからそれぞれの両親に挨拶を、という流れかと思うが俺たちはもう昔っからの幼馴染みなので、その辺りは問題ないと思ってるんだろう。
……あの過去改変前のサファナおばさん達の涙も覚えてるしな。今度は幸せな報告を伝えたい。
例え、本当の意味で伝わらなくても、レイチェルを守れたんだ、て挨拶したい。
と、思ってそれほど心構えせずにサファナ家にお邪魔したのだが……
“あらあら、アシュレイ君も一緒だったのね? せっかくだから、お夕飯、食べていっては?”
“ママ、それよりもママとパパに伝えたいことがあるの!”
俺からではなく、レイチェルが両親に伝えるのか……なら、俺は後ろでそっと見てサポートするかな。
“アッシュが……アッシュが……プロポーズしてくれたの!”
…………プロポーズ?
うん、確かに聞いたぞ。プロポーズ。
誰が? 誰に? レイチェルに?
……俺が?
“え!? レイチェル、それは本当?”
“うん! 『これからの人生を一緒に並んで歩いて行こう』って!”
『一緒に並んで歩いて行こう』
うん、言った。人生を、という言葉以外は。
それ以外は言ったなぁ、確かに。
“私の幸せを守り続けてくれるって!”
うん、それも言った。うん。
あー、以前、ゴロー爺の末っ娘さんの結婚式、あそこで確か、共に歩み互いの幸せを守り続けます、て宣言があったなぁ。うん、聞いたことあります、はい。
“良かったわね、レイチェル。ずっと言ってたものね、『いつ言ってくれるのかな』て……アシュレイ君、ジッとしてられない娘ですけど、宜しくお願いしますね”
“こうなるのをノートンおじさんとも楽しみにしてたんだよ、アシュレイ君。娘を大切にしてやってくれな”
“アシュレイ君なら大丈夫よ。この前のエラそうな憲兵隊長なんかとは大違いなんですから”
い、いえ、こちらこそ、これからもよろしくお願いします、はい。
心構えなんか出来ておらず、ただただひたすら頭を下げ続ける俺を、サファナおばさんもおじさんもニコニコ、祝ってくれるのだった。
にしても、ユリウスよ。あの優しいサファナおばさんにキレられとるから、お前はもう二度と、この家の敷居は跨げなさそーだぞ。
そら、娘を逮捕しようなんざした男を許すわけなかろーがな。
因みに、ウチの親父には『レイチェルちゃんを待たせ過ぎだ』と怒られ、母親は『これでようやく、レイチェルちゃんがウチの娘になってくれて良かったわー。やっぱり男の子よりも女の子の方が話題が合うのよね』と、俺自身としては納得いかない言葉を投げられつつもアッサリ認められるのだった。
こんな成り行きなもので。
『あれはプロポーズではなく想いの告白だったんだ』——などと、言えるわけもなく。
“アッシュ……ずっと……ずっと待ってたの、その言葉……ありがとう”
そう言って俺の胸にしがみつき、嬉しそうな笑顔を見せるレイチェル。
俺は、本当にバカだ。
ずっと側にいながら俺の言葉を待ち続けてくれたレイチェルの想いに気づいてやれなかったんだ。
何が兄貴分だ。
レイチェルを……その気持ちをわかってあげてやれなかったのだ。
それでも。
ようやく辿り着いた、あの瞬間の気持ちは確かに、プロポーズと同じくらい真剣だった。
なら、良いよな、これで……
かくして、一夜にして婚約者となった俺とレイチェルは翌日の日曜日、中心街にある某有名ブティックに、生まれて初めて入店したわけなのだが。
「そうなんですね。じゃあ、今日は婚約指輪をお探しということで指輪だけをお出ししますね」
「あ、生誕祭も近いので、良ければネックレスやイヤリングもどんなのがあるか、ついでに見せて下さい」
レイチェルさん、やはり婚約指輪と生誕祭のプレゼントは別腹なんでしょうかね……怖くて聞けんわ。
「ねぇ、アッシュはどれが良いと思う?」
レイチェルが良いと思うのが一番だと思うのだが……
彼女の視線が彷徨っていたのは、ハートに金剛石の粒をあしらえたシルバーの指輪と、クローバーに蒼玉石のゴールドの指輪、それとシンプルだけど中央の紅玉石が目立つシルバーの指輪。この3つ。
その中でも一番、眺めていたのは……
「これかな?」
選んだついでに試してもらう。
紅玉石の指輪はレイチェルの左手の薬指にぴったりだった。
その指を見て、レイチェルの口元が自然と緩む。
そう、レイチェルの紅玉色の瞳に、同じく紅玉石のネックレスと文句なしに似合っていた。
数刻後、俺とレイチェルは店員にお辞儀されながら店を出る。
とほほ……
今までの貯金がほぼ削られた上に、来月の生誕祭をどう乗り切るのか……今から現状を『観察』・『分析』し、『推定』を繰り返して何とかするのだ……史上最大のピンチだぞ、俺!
「えへへ……アッシュ、ありがと」
隣を歩くレイチェルは自分の左手を、薬指にはまった紅の輝きを持つ指輪を、繰り返し、繰り返し、眺めては微笑みを浮かべる。
レイチェル……
手痛い出費だったが、これほどレイチェルが喜んでくれているのなら……良かったな、と思えるのだった。
さて、メインの用事は終わったが、もう一つもついでに片付けるか。
「……でも、時計塔に地下室なんてあるのかしら? オフィエル像も含めて何度か行ってるけど、そんな入り口無さそうだけど?」
そう、地下室。
この間の『刻戻り』始動の際、アイツらはハッキリと言っていたのだ。
“約束の地へ来い”と。
それで思い出したのだ。
いつかの夢の中、アイツらが時計塔の地下室が『約束の地』だと言っていたのを。
……と言っても、確かにこんな観光客だらけのとこで地下室が見つかってない、てのは無さそうだが。あるんかね、本当に?
買い物ついでの念の為。
時計塔の針が示すのは、
14:15
オフィエル像がある南の正面は人が多過ぎるので、その裏の方に回る。
正面よりはマシだが、ポツンポツンと通行人がいる中、軽くしか調べられんが……。
特に、扉や入れる所は無さげ。となると、やはりメンテ用のハッチから内部に入らないと無理なのか。
そうなると、ただの民間人である俺にはどうしようもなく……
その時だった。
《ウフフ……》
《アハハ……》
覚えのある笑い声が脳裏に響く。
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