22章③『偽天使にアベンジングな我ら』
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そんなこんなで、想定外の事態があったのだが、アルサルトの第3回目の公判は時間を午後にズラして開始されたらしい。
そこで、バルが付き添う中で、リアンはピエロや黒マント達に何度も襲われたこと、それを俺やバル、レイチェルやユリウス達が助けてくれた事を、その小さな身体で訴えたらしい。
で、多くの拍手で終わったその証言は、翌日の朝刊のトップニュースになった、と。
そこでは、リアンの証言と共に、バルは『奴隷として孤児院から売られる少年少女達を救い出したスーパーヒーロー』として特集されたとのこと。
なんか、ユリウスとのツーショットで。
なんか、以前にもそんなツーショット、見た気もするが。
“アイツとこの姿勢で3分間は地獄だったぞな……”
あの時、バルはこう、吐き捨てるように言っていた。
ま、今回は違う感想が出るのかな?
そして、今回の公判でアルサルトの奴隷売買容疑は、孤児院の院長の暴露もあり、確定となった。
俺たちは勝ったのだ。
ただ、捕らえたシクルド達に関する聴取などで、憲兵隊本部に、俺やレイチェルは公判後や、土曜の今日もまた、本部に赴いて何やら事情聴取をさせられていたらしい。
で、今はその帰り、と。
後方の小窓から見える時計塔の文字盤は、
17:20
もうすぐ、郊外の俺たちの家に着く。
「こんなに色々とあったのに、全然、覚えてないの、アッシュ? ……大丈夫?」
心配そうにレイチェルは俺を気遣う。
……以前の俺は、こう問われた時、詳細を説明せずに誤魔化した。
でも、それは悪手だった。
だから、俺はレイチェルに何も取り繕わない。
「レイチェル。俺は『刻戻り』で戻ってきたんだ。それで、その間のことが記憶が無いんだ」
「え!? 『刻戻り』を使ったの!? ……じゃあ、アッシュはそれで私たちを助けてくれたのね」
そうして、レイチェルは俺を見つめて、
「アッシュ、ありがとう」
そこにあったのは、俺への無二の信頼と感謝の想い。
何でだろう。
何故か、そこで違和感を感じた。
いやいや、俺は何を言ってるんだ?
レイチェルは俺を信じてくれている。
だから、俺も彼女に取り 繕わず、全てを信じて明かす。
いつもの話だ。
……『いつも』過ぎた。
そう、レイチェルは男の暴力を見て、心に傷を負い、その苦しみの中で、俺たちは互いの想いを確かめ合ったはずだ。
あの『約束』は、『告白』は……一体……
「……『約束』、守れなくてゴメンね。公判の後も聴取があったから。でも、また必ず……」
気付いた瞬間、俺は愕然とした。
そうだ。
それは、この世界から完全に消えた。
レイチェルのあの涙も、震える声も。俺たちが共有したあの瞬間は、もうどこにもない。
最初から存在しなかったように。
“他人の過去を消すなんて、土足で心の中に踏み入る行為よ!”
それは、セレスさんの言葉。
過去を変えた。
確かに救えたはずだ。しかし、その代償に何を失った?
この笑顔の裏に、失われたものがあるとしたら——俺に、それを知る資格はあるのだろうか?
だが、それでも……
辻馬車は郊外の俺たちの家の前で停止する。
唯一の客である俺たち二人を置いたあと、最後の終点までまた駆けていく。
馬車から降りる時、レイチェルの左足に包帯が巻かれていたことに気付いた。
昨日、階段で足を捻ったらしい。
『でも、1日経ったらもう痛みはマシになったわ』と。歩くのには支障がないのだ、とも。
時計塔の時刻は、
17:45
日が落ちるのが早くこんな時間でも闇がもう、その手前まで迫っている。
辻馬車の待合所から、歩いてレイチェルの家の前に。
このままサヨナラなら、今までと同じ『いつも』になるだろう。
……俺はもう、そんなのはゴメンだ。
俺自身の蓋をしていた想いを知った以上、そう、ずっと隠していたレイチェルへの想いを自覚してしまったからには……。
「レイチェル」
俺の中で結論が出る前に、呼びかけてしまっていた。
「え? どうしたの?」
実家の門扉に手を掛けていたレイチェルが戸惑いながら、振り向く。
レイチェル……
“アッシュと……一緒に並んで歩みたい……”
それは、あの時のレイチェルの想い。
いや、きっと今でもその想いは変わらないはず。
……どれだけ時間軸が変わっても、その人そのものは変わらない。
それを、俺は知っているから。
だから……
俺は、レイチェルにもう一度、自分の想いを伝えるんだ。
ずっと、レイチェルのことを一番大事に思っていたことを。
ずっと、守り続けるって心に決めていたことを。
でも、レイチェルが皆に天才って褒められるようになって嫉妬するようになっていたことを。
だから、自分には何も無いって思っていたことを。
そして、自分には釣り合わないって諦めていたことを。
そして…………ずっと、自分の気持ちを騙していたことを。
それらを、もう一度。
最後に、
「俺はずっと、気づかないふりをしてきた。自分なんかには釣り合わないと、そう思い込んで。でも、もう逃げない。これが俺の本当の気持ちなんだ。レイチェル、俺はお前のことが——」
そして、レイチェルの目を見つめる。
「俺は、レイチェルが好きだ。レイチェルと一緒に並んで歩んでいきたい。そして、レイチェルの幸せを守り続けたいんだ!」
そうだ。
俺は、レイチェルを、その笑顔を“守りたい”。守り続けたいのだ。
俺の告白を、レイチェルは固唾を飲んで聞き続けていた。
その胸元には紅玉石のネックレスが輝く。
そして、モノクルの奥の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「アッシュ……アッシュ!」
レイチェルは俺の胸元に顔を埋める。
「私も……私もずっと好き! アッシュが好きなの。愛してる……」
レイチェル……
いつものように、レイチェルの頭を撫でてやる。
その度に、レイチェルは幸せそうに、はにかむのだ。
「…………」
二人の視線が見つめ合う。
ふと、レイチェルはまつ毛を震わせながら静かに目を閉じた。
俺は、彼女の両頬にそっと手を触れながら、その桜色の唇に……口づける。
「ん……」
鼻から抜けるレイチェルの声。
その吐息が俺の頬をくすぐる。
ずっと、こうしていたい……
そう思った瞬間、すっと身を離して……そしてまた抱きしめ合う。
レイチェル……愛してる。
俺たちの初接吻は実家前だった。
その時は告白に必死で、気付いてなかったが、親達やミリーに見られてなくて本当に助かった……
こうして、俺たちはようやく恋人同士になった…………そう思ってたんだけどなぁ。
家の門をくぐったその先で、予想外の展開が待っているなんて、当時の俺はまだ何も知らなかった。
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