22章①『偽天使にアベンジングな我ら』
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世界が反転し、俺が気が付いたのは——
予想していた通り、例の隠し部屋の中に出現していた。
「あなた達、裁判所の中にまで!? でも、ここは憲兵隊が取り囲んでるのよ。諦めて武器を置きなさい!」
「ハッ! この状況下でまだ回るか、その口。だが……その威勢、どこまで保つかなァ……ククク!」
黒マント達とシクルド……ヤツらに取り囲まれ、壁際に追い詰められつつも、レイチェルはいつもの強気な啖呵を切っている。
だが、その表情は強張っており、虚勢を張ってるのが見え見えだった。
——レイチェル。
「……あなた達なんか、アッシュが必ず倒してくれるわ!」
「フハハ! これはこれは、壊し甲斐のあるオモチャだな。……良いだろう、男の恐ろしさを味わうがいい!」
その意味に気付いたレイチェルが逃げ出そうとする。
「無駄だ!」
黒マントがレイチェルを羽交い締めにしようと手を伸ばした瞬間、
その合間を、俺の抜き放った細剣が斬り裂く。
「なにィッ!? 貴様、何者だ!?」
黒マントが怯んだ隙に、身体を滑り込ませレイチェルの盾に。
「え? ……アッシュ!?」
そう、レイチェルですら、一瞬、分からなかったのは、俺が黒マントとフードで顔を覆い、ヤツらと同じ格好をしていたからだった。
憲兵隊や『バルスタア団』、更にはワルターさん配下の聖十字騎士団の配置を何度も確認するも、一番近いのはあの時の悲鳴に反応した俺とセレスさん、バルとミゼルしか居なかった。
それさえも、例の本棚にカモフラージュされた隠し扉で辿り着くには数分かかる。
で、あるならば。
この、『刻戻り』中の実体のない俺のみで、レイチェルを救わなければならない。
だから、これは『賭け』だった。
——『刻戻り』中、怪我は無くなるが、着ていた服や事前に身につけていた物はそのまま持っていける。
それは、以前に右腕や肩の傷を負った際、怪我は消失するも、巻かれていた包帯がそのままだった事実から『推定』していた。
なので、ヤツらの背後、同じ黒マントで出現した俺の存在に、レイチェルの前へと飛び込むまで気付かなかったのだ。
細剣を翳して、レイチェルを背後に庇う。
そして、レイチェルに、アレを見せた。
「コレを見て、先の廊下へ行くんだ。あとは俺に任せろ!」
それは、例の“廊下に張り巡らされた無数の罠と隠し出口が書かれたメモ”。
俺が持つメモ自体は、実体が無いから手渡せない。
だが——
「!? うん!」
この天才少女なら、その一瞬で全てを理解、記憶する!
レイチェルだからこそ、このやり方が通じるのだ!
身を翻して廊下へと走り出すレイチェル。
追いかけようとする黒マント達の前に、細剣を突き付ける。
「殺したい相手まで揃って来てくれるとは。ククッ、喜ばしいぞ、阻害因子」
当初、驚愕の表情を浮かべたシクルドだったが、俺以外に助けが来ないことを理解すると、むしろニヤニヤと笑みを浮かべる。
廊下の無数の罠が、レイチェルを捕まえると思っているのだ。
そうさ、そうやって自分に驕ってやがれ。
少しでも、レイチェルが逃げる時間を稼ぐのだ!
「死ね」
シクルドの曲剣が舞う。
その切っ先が俺の身体を捉え——そして、構えた細剣ごと突き抜ける。
「なんだ、これは!?」
今だ!
『レイチェルがシクルド達に襲われてる! バル、ここの隠し部屋の中に来い! セレスさんはこの前の噴水の所へ! ミゼルはイワンを屋上に連れて来てくれ!』
壁を越えて、辺りに、広場にいるバル達にまで聞こえるように大声で叫んだ。
「チッ、そういうことか……コイツ、実体が無い。『今』の時間軸の阻害因子では無いということだな」
シクルドは苦々しげに言い放つ。
「コイツを無視して、あの娘を捕えろ」
くそッ!
遂に……バレてしまったか。
『刻戻り』中、シクルドに実体が無いところを見せてしまったのは、最初のリアン誘拐と今とで2回。
ヤツが、『刻の揺らぎ』で複数の時間軸を認知できる以上、俺の実体が無いことに気付くリスクは充分、認識していた。
この“実体が無い”ことを知られた以上、もう今後はヤツに対し、俺は打つ手がほぼ無くなるだろう。
だが、それでも——
ここで、レイチェルを救う!
俺を無視して廊下へ、レイチェルを追いかける黒マントどもの目前に回り込んで、その大きなマントを左右に押し広げる。
ヤツらの視界を奪うように。
そんな俺を無視し、黒マント達はレイチェルを追いかけようとして、
クンッ
その足元をワイヤートラップが無慈悲に襲う。
「!?」
『あり得ない』、と声を出さぬまま倒れ込む黒マント。
続く別の黒マントにも、トラップの飛び矢が突き刺さる。
この廊下には無数の罠が張り巡らされていた。
実体の無い俺には問題ないが、ほんの少しでも歩みを間違えれば、無数の罠が牙を剥く。
例え、自身で仕掛けた罠だとしても、こうやってマントで視界を遮られた中で罠に掛からず進むには、あまりに困難な数。
だからこそ、レイチェルがその罠に全く引っ掛からず通り抜けるなど、考えの範疇外だったのだろう。
そして、まさか自身がその罠に掛かろうなどとは。
「アシュ氏ー! 助けに来たぞなー!」
入り口の方でバルの声がした。
よしッ
「ふざけた真似を! お前達はデブの相手をしろッ。 娘は俺が捕える」
やはり来るかシクルド。
ヤツらの視界をマントで遮ったまま、視線を動かさず背後に叫ぶ。
「行け、レイチェル! 出口から飛ぶんだ」
「わかったわ」
数瞬して、ガラガラと壁が崩れる音。
「逃すか!」
駆け出すシクルド。
くそッ
目の前をいくらマントで遮ろうと、その足取りは正確に罠の無い箇所を選んでいる。
並走する俺のことなど、既に見てはいない。
ヤツが見ているのは——通路の壁が崩れ落ちた出口から、今、まさに飛び降りようとするレイチェル。
シクルドの曲剣が煌めき、振り下ろされる!
その直前、レイチェルは壁に開いた穴から咄嗟に飛び降りた。
その眼下にあるのは、例の文化遺産の庭園。
だが、追い掛けるシクルドも、そして並走する俺も同じく飛び降りる。
先に飛び降りたレイチェルは必死に走るが……なんだ? 走り方が……変だ?
無理に走ろうとして、そして、足がもつれて地面に倒れてしまった。
まさか、飛び降りた際に足を挫いたのか!?
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