21章③『それはヘズィタントな刻戻り』
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「シクルド含め黒マント達の行方は追ってはいるがやはり警戒網の穴を通り抜けられている」
憲兵隊の計画書は公的書類になる為、どうしても行政府に提出しなければならない。
その為、市長と繋がってるヤツらがそれを把握してるのは最初から前提条件だった。
よって、警戒網の穴には『バルスタア団』がフォローする体制になっていたのだが。
「あの時間帯はリアンの警護の方に集中してたのだなー。……まさか、コチラをやられるとは
なー」
そうだ。それで裏をかかれたのだ、俺たちは。
…………いや、今回の襲撃計画。
本来は、やはりリアンを狙っての仕掛けだったのでは?
「えー!? 本当はリアンを狙うはずだったって、アシュ氏、どういうことなんだなー?」
「教えてもらおうか、アッシュ君」
ワルターさんの問いかけに頷いて、机に広げられた裁判所の見取り図を示しながら、俺の『分析』を説明する。
そこには、今回判明した例の隠し部屋も付け加えられていた。
「例の隠し部屋だが、その隣の部屋を元々はリアンの公判までの待機室にしていたよな」
「うん、そーだなー」
「でだ。隠し部屋の扉は本棚でカモフラージュされていた。が、その本棚を隣のリアンの待機予定だった部屋の扉前に置き換えれば……」
見取り図で見ると、2つの扉同士は少し離れているが近い位置にある。
壁の向こうからのくぐもった悲鳴があったから、そっちの部屋じゃ無いことはわかったが、もし何もなくて、本来の待機部屋の扉が本棚で塞がっていたなら、例の隠し部屋の方を元々の待機部屋と勘違いしてしまうだろう。
そうなれば、予め室内にいた黒マント達が一気に襲いかかり、乱戦に持ち込んでリアンだけを奪う。そうして例の一本道の通路から隠し出口で脱出。
追いかけようにもあの細い通路であれだけの罠だ。黒マント共もいる。
この『推定』が実際なら、防ぎきれたかどうか……
「アイツらぁッ! 許さんのだなー!」
「嗚呼、それには同意しよう。だが、ヤツ、シクルドは実際にはリアン嬢ではなくサファナ判事を襲った…………これはやはり……この前の戦いでアシュレイに自身の罠を見破られた怨み、か」
そう、ユリウスの言う通り、あの貧民窟での戦いでヤツは……主命に背いてまで……
“貴様が大切にしているモノ、それを壊してやる!”
ダンッ
思わず、拳を机に叩きつけていた。
そして、レイチェルには深い心の傷が……俺のせいで!!
だからこそ、俺は昨日、バル達にお願いをしたのだ。
『刻戻り』でシクルドの襲撃を今度こそ防ぐ為に!
「これで良いのかなー、アシュ氏?」
バルが渡してきたフード付きの黒マントに着替えてみる。
ヤツらが着ているのとほとんど同じで更にはマントを広げるとまるで大鷲が翼を広げた様に辺りを覆った。
これでフードをかぶると、ムササビみたいだな、これ。
うん、これなら使えそうだ。
「そして、コレだな、アシュレイ」
ユリウスが細かく文字が書き込まれたメモを手渡す。
そこに書かれていたのは例の袋小路の通路に仕掛けられていた数々の罠の説明とその場所。
どの部分にどんな罠が張られていたかが、そのメモにはビッシリと書き込まれていた。
自身でもそれを頭に焼き付けるように読み込む。
「アッシュ君、当時の憲兵隊や『バルスタア団』、そして我々、聖十字騎士団の配置図だ」
ワルターさんから手渡された配置図もじっくり読んでみる。
……絶対に、この『刻戻り』は成功させねばならないのだから。
後は……武器、だな。
頷いたユリウスが、その手の直剣を俺に渡そうとした時だった。
「何をしているの、キミ達は!?」
バン、と大きな音を立てて扉を開けて押し入ってきたのはセレスさんだった。
す、すいません、昨日はこの会のことを伝え忘れて……
「そんな事を言ってるんじゃないの! アッシュ君! どうしてここに居るのよ!? キミは……彼女の側に居なきゃダメでしょう!!」
セレスさんは本気で激昂していた。
こんなに怒っているセレスさんを見るのは初めてだ。
「ワルターまで! 何をしようとしてるのよ!?」
「……申し訳ありません。お嬢様」
口ごもりながら、謝罪するワルターさん。
何をしようとしてるのか……それは、当然、
「やろうとしてるのね、『刻戻り』を」
ああ、そうだ。
そして、シクルドの襲撃を防ぐ! 俺はレイチェルの心の傷を防ぐのだ!
「アッシュ君、自分の言ってることが分かってる? それが、途轍もない心の傷だとしても、簡単に他人の過去を消すなんて、土足で心の中に踏み入る行為よ! キミが今、すべき事は過去を変える事なんかじゃない。彼女の側に寄り添って心の傷を癒してあげることよ!」
それは、正論だった。
「これだから、男どもは……」
分かってる。これは俺の我が儘なんだってことは。
でも、それでも俺は……
「セレスさん、俺は彼女に聞いたんだ」
「!?」
そう、今朝、俺はレイチェルに問うたのだ。
もし 昨日の襲撃を無くすことが出来るならそうしたいか、と。
“……私は……わからない……本当は、私自身が強くなって、克服しなきゃいけないんだって思う。アッシュの近くに、側に寄り添えるように……。そして、セレスさんがアッシュの力になってることを、今度は私がしてあげたいから……”
レイチェルは俺を見上げて微笑む。
“でも、アッシュが私のことでずっと後悔をするのなら……行って欲しい。……アッシュが好きだから。好きな人に、後悔を抱えていて欲しくないから。私は大丈夫”
そう言って、レイチェルは俺を送り出してくれたのだ。
それを聞いたセレスさんは、フーッと吐息をつく。
「ほんと、アッシュ君のことを愛してるのね、レイチェルさん」
その後に続く、敵わないなぁ、という言葉は聞こえないフリをした。
「すみません、俺は行きます」
俺は間違っているのかもしれない。それでも、レイチェルを傷つけた過去を、その傷を防げなかった自分を、このまま許せるわけがない。
レイチェルの笑顔を取り戻せるなら……俺は躊躇わない!
俺の言葉にセレスさんはただ、静かに頷いて、
「……分かってる。私は過去改変にずっと反対してきた。でも、キミは聞かなかった。いつだって、自分を犠牲にすることばかり考えて…………今度こそ後悔しないでよ、アッシュ君。……そして、これを」
と、差し出したのはセレスさんの細剣。
え?
「理由は分からないけど、武器がいるんでしょ? 少尉の直剣より私の細剣の方がアッシュ君には取り回しが、しやすいはずよ」
……セレスさん。
俺は、ただ彼女に感謝するしかなかった。
執務室の窓から見える時計塔の文字盤は、
16:35
いや、針が急に変わり、現れたのは別の時刻。
10:35
文字盤の針が動いて、その時刻を指し示すと同時に、文字盤と2つの針に蒼く光る炎が灯る。
同時に、あの静寂がモノクロームの灰色と共に世界を覆っていく。
全てが灰色の世界と化す中で、彼らが現れる。
《ウフフ……》
《アハハ……》
脳裏に直接響く笑い声。
青い燐光を纏った少年少女達が天井からゆっくり舞い降りる。
《人が、人を思う強い気持ち……それは愛と憎しみ……》
《怨讐の連鎖に飲まれ、互いを喰い合うウロボロスよ……》
《それが、君の望むことであるならば……》
《飲まれて尚、僕達と共に果てるか、それとも……》
《断ち切りなさい、円環の輪を……》
《そして、私たちとの契約を果たしなさい……》
《約束の地は、もうそこにある……》
——私たちは待っているのだから。全ての始まりの地にて!
瞬間、世界が反転する。
さあ、これで俺たちの延々と続く鬼ごっこにもケリをつけてやろうじゃないか、シクルド!!
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