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刻の輪廻で君を守る  作者: ぜのん
《第4部》『偽天使は怨讐に踊る』
73/78

20章③『守れなかった約束』

***


「リアンに辛い目を合わせたお前、絶対に許さないんだなーッ」


 両手のメリケンサックを構え、その巨体がフと沈み込む。


 信じられないほど低く地を這うような姿勢でシクルドに向かい、その足元から繰り出されるアッパー。


 が、シクルドの指がクイッと曲がると同時にその身体全体がまるで何かに急に引っ張られたかのように宙を舞い、その拳撃を避ける。


 例の空中浮遊だ! アレを自身が攻撃を避けるのに利用したのだ。


 しかし、すぐさま、それを追い掛けるように地を這う姿勢から直上に飛び上がり、空中から放たれる回し蹴り。


「ハッ、器用なデブだな、貴様ァッ!」


 空中のシクルドは嘲笑(ちょうしょう)と共に再び指を曲げる。


 と、空中に浮いていたヤツの身体が今度は真横、壁際へと弾かれるように吹き飛び、バルの回し蹴りは宙を切り裂くのみ。


「ぐぬー!!」




 そのままシクルドは壁際の、俺たちが入って来た入り口とは反対側の扉の前に降り立つ。




「ボス、ヤツらが逃げるよ!」




 ミゼルの言うように、集結していた黒マント共はその扉から逃げ出す。


 最後に、シクルドがニヤッと笑みを残して。







「逃さないぞなー!!」


 バルとミゼルはすかさず追い掛ける。


 シクルド達が逃げた扉の向こう、その奥は一本道の廊下。


 更にその先は行き止まりの壁。


 追い詰める!


 そう思ったバルの足元を何かが引っ掛ける。


 ——ワイヤー


「くっ、なんぞなー!?」


 それだけでは無い。


 飛び矢、くくり罠、ワイヤーの引っ掛けなど一歩ごとに次々と仕掛けられた罠が襲い掛かる。


 普通なら罠で大怪我をおってしまう所をバルとミゼルは何とかかわし、それでも追い(すが)る。


 この先にはもう出口はない。袋の小路(こうじ)だ!


 しかし、追い(すが)るバルを見ながらシクルドはニヤッとほくそ笑む。


 左手を壁のある箇所に叩き込む。


 それと同時に、通路の壁の一角が急に崩れ落ちる。まるで、そこが隠し出口のように。


「クハハハハッ! ヤツの嘆きが心地よいぞ……この怒り、恨み、味わい尽くすがいい! 貴様の大切なモノ全てを壊し尽くすまでな! そうヤツに伝えておけ!!」


 ゲラゲラと笑い声をあげながら、シクルドは、その壁の崩れ落ちた箇所から飛び降り、それに続く黒マント達。


 そこは例の文化遺産に指定されていた池のある庭園だった。


 2階ほどの高さを飛び降りたヤツらは、庭園から散り散りに逃げ去り、憲兵隊の包囲網を抜けていく。


 壁に開いた出口にバルとミゼルが追いついた時には、もうヤツらに追いつく(すべ)はなかった。







 俺は、シクルド達を追うことはできなかった。いや、そんなことはどうでもよかった。


 レイチェル!


 セレスさんから覆ってもらったコートの下、彼女の黒の法服は切り裂かれ、胸だけでは無い、下着でさえ、引きちぎられていた。


「レイチェル!」

「来ないで! 来ないで! 嫌アアァァッ!」


 それは完全な拒絶だった。


 俺や戻ってきたバルを見ると、半狂乱に暴れ出す。




「見ないでッ! イヤァァーッ!」

「れ、レイチェル……」

「アッシュ君、いや、男性陣は距離を離して! 私に任せて誰か人を呼んで!」


 セレスさんがテキパキと指示する。


 騒動を聞きつけ集まった人々の中に女医さんと看護師さんを見つけ、彼女達に手伝ってもらい、レイチェルを医務室に運ぶのだった。










 懐中時計を確かめる。時刻は、




 13:45




 公判はとっくに延期となっていた。


 事情を知ってユリウスやワルターさんもこちらに向かってきてくれた。


 レイチェル……




「……レイチェルさんに怪我はないわ」


 しばらくして医務室から出てきてくれたセレスさんが俺たちに状況を伝えてくれた。


 ……それはレイチェルが傷つく前に辛うじて間に合った、という事。


 シクルドの暴力は未然、だった……。


 安堵(あんど)の息をつく俺にセレスさんは冷たい目で、事実を伝える。


「実際の怪我はなくても、受けた心の傷は深いのよ……男の暴力を甘く見ないで」


 …………。


 そうだ……俺は何をホッとしてるのだ? 俺は何も出来てなかった。何も守れなかった!!


 俺は……何をしてたのだ……俺の最も大事な妹分に、何を……


 レイチェルの状態を目の当たりにしたバルとミゼルは、俺と同じく険しい表情で目を伏せる。


「……あれだけのショックよ。お医者さんの見立てでは、“男性自体が恐怖の対象になっているのでしょう”と」


 だから、今は男性は誰も近づかない方がいい、と。


 俺は……レイチェルに、何もしてあげられない。




 ただ、無言で立ち尽くすしかなかった。己の無力さに。


 その時、医務室から看護師さんが顔を出し、扉前のセレスさんへと何やら小声で説明する。


 それを聞き、セレスさんは眉を(ひそ)めたが……少し嘆息して俺に話しかけてきた。


「レイチェルさんがね……アッシュ君に、どうしても会いたいんだって。“約束したから”って」


 …………ッ!?


 それは……例のレイチェルが言っていた“伝えたいこと”の約束。


 どうして……なんで、こんな時にまで……!?


 レイチェル……。




 俺はセレスさんに無言で頷いた。それしか出来なかった。








 医務室に入ると、中にいた看護師さんと女医さんは入れ替わりに扉から出て行った。『何かあればすぐに私たちを呼んでくださいね』と言い置いて。


 医務室の奥、カーテンで仕切られたベッドに横たわるのは、俺の大事な妹分。


 その身は既に、破られた法服ではなく、白の病衣に着せ替えられている。


「……アッシュ?」


 その問いかけの声は、か細く震えていた。


 こんな彼女の声はかつて聞いたことがない。


「あ、ああ。俺だ。……そっちに行っていいか、レイチェル?」


 そう聞いて、一歩、近づいた時だった。


 上半身を起こした彼女が俺を視界に。


 と、全身が見る見るうちにガタガタと震え出す。何とか震えを抑えようと自ら両手で自分の身体を抱きしめて止めようとしても止まらない。


「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……アッシュなのに……アッシュなのに……こんな……身体が……震えが止まらないの! ゴメンナサイ!!」


 泣き叫ぶように何度も謝罪の言葉を吐き出した。


 違う! 違うんだ、レイチェル! 自分を責めなくていいんだ!!


 俺は……大事なレイチェルがこんなになってるのに……何も出来やしない。何が兄貴分だ……


「違わないッ! 嫌なの! アッシュなのに……大好きな人なのに……身体が言う事を聞かないの! ずっとずっと大好きな人なのにィッ! 言わなきゃ! 伝えなきゃ! 約束なのにッ! 何で、なんで震えが止まらないのよォッ」


 ——レイチェル、お前は……俺のことを……そうだったのか……


 そのつぶらな瞳から大粒の涙が流れ続ける。その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで。


 それは、まるで幼い頃のレイチェルの姿とそっくりで。


 俺は、彼女を驚かせないよう、少しずつ少しずつ彼女に近づいた。


 それでも、俯くレイチェルの視界に俺の足元が見えたのだろう。ビクッと全身を震わせる。


「レイチェル……大丈夫。大丈夫だから……」


 俺は、出来るだけ自分の身体を遠くに離した位置で、何とか右手を伸ばした。


 俯いたまま、幼子のように身体を震わせて泣きじゃくるレイチェルの頭をゆっくりと……何度も、撫でてあげる。


 何度も、何度も。


 少しずつ……段々と、全身の震えが落ち着いてきて。


 まだ、時折り鼻水をしゃくり上げる声はするけども。


 昔、転けて泣いていた彼女がちょっとずつ泣き止むように。


 ——レイチェル。


 俺は、そんな彼女にゆっくりと話し出す。




 ずっと、レイチェルのことを一番大事に思っていたことを。


 ずっと、守り続けるって心に決めていたことを。


 でも、レイチェルが皆に天才って褒められるようになって嫉妬するようになっていたことを。


 だから、自分には何も無いって思っていたことを。


 そして、自分には釣り合わないって諦めていたことを。


 そして…………ずっと、自分の気持ちを騙していたことを。





「だから、俺はレイチェルのことがずっと好きなんだ」


 彼女の頭を撫でてやりながら、そのセリフは自然と出てきていた。


 もう、あの約束は守れなかったけど。


 俺の想いは……同じだから。


「うん……うん……うえぇぇーん……」


 レイチェルは、まだ細かく身体を震わせながら、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに泣きつつ、それでも何度も頷いた。


 頭を撫でる俺の右手の小指と薬指をしっかりと己の左手で握りしめながら。


 その頷きに合わせるように、俺は何度も頭を撫でてやる。




 その静寂の中で、ただ彼女の嗚咽(おえつ)が響く。


 窓から差し込む陽の光が、カーテンの隙間を抜けて彼女の髪を照らしていた。


 時折り、レイチェルの胸元、紅玉石のネックレスが赤い光に輝く。


 あの頃、泣き虫だった彼女を撫でていた幼い日の記憶が、今の瞬間と重なった。


 俺たちは、あの頃と同じように繋がっている。


 でも、今の彼女はもう、俺が守るだけの存在じゃない。


 俺の大事な想い人なのだから。




 これが、俺たち二人がようやく辿り着いた“結論”だった。


⭐︎⭐︎⭐︎

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