20章①『守れなかった約束』
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えーん、えーん……
そう、昔、小っちゃい時のレイチェルはとても泣き虫だった。
お転婆で、でもすぐ転んで、その目に涙をいっぱい溜め込んで。
だから、俺は、お兄ちゃんとして『守らなきゃ』って心に誓ったんだった。
そんな時は、必ずレイチェルの頭を撫で撫でしてやった。
そうすると、少しずつ泣き止んで……最後はニコッと笑顔になるのがレイチェルだった。
ミリーが生まれてからも同じだった。
お兄ちゃんとして、俺は、か弱い2人を守らなきゃ、と。
でも、レイチェルは違った。
どんどんと成長して賢くなっていって。
最初は親達、周りの大人、先生や教授や偉い人達まで。皆、レイチェルを褒めた。
天才だ、て。
いつの間にか、高校で俺の学年も飛び越えて……俺が大学に追いついた時にはもう、街一番の天才少女って言われて。
大事な妹分は、俺に守られる存在なんかじゃなかった。
遠く離れていってしまうような感覚。
ずっと……ずっと、想っていたこの想いは……もしかしたら、『好き』っていうのかもしれないけども。
俺には……ただの自堕落な兄貴分には……言い出せなかった。
そんな勇気は無かった……。
彼女に自分は釣り合わないから。
だから、せめて俺は彼女の兄貴分として居られれば、それでいい……
恋愛なんて……そんなもの、知らなくていい……
「…………」
最近の朝の目覚めは最低だ。
今回は夢の内容は覚えてるけど。そう、昔の夢だ。
枕元は少し濡れている。
……くそッ。寝ながら泣いてたなんて……我ながらカッコ悪いよなぁ。
理由は分かってる。
昨日のセレスさんの告白で、自分が何故、恋愛に向き合ってこなかったのか、その理由を思い出したからだ。
あー、情けない。
取り敢えず、月曜だし、仕事に行かなくては……
朝から、憂鬱な気分で俺は準備を整えるのだった。
いつもの待合所で顔を合わせたレイチェルもミリーも、昨日のことは敢えて触れず。
ただ、レイチェルから
「アッシュ、今日は忙しくなるの?」
その何気ない質問なのに、俺はなぜか胸がざわついた。レイチェルの声には、どこか不安が滲んでいる気がしたからだ。
多分、レイチェルも無理に平静を装っているのだろう。
俺が何かしらの答えを出さない限りは。
そして、馬車は俺たちをいつもの職場へと運んで行く。
各々、その目的地へと。
職場である図書館では、バルが、例の証言をすることに対してリアンや『バルスタア団』の皆と話し合った結果を教えてくれた。
因みに『バルスタア団』の新しいアジトは既に見つけており、皆がそちらに移っているとのこと。当然、そこが何処にあるかは俺でも教えてはくれなかったが。
“うん、いいよー! アタシ、やるよー!”
リアンは二つ返事で引き受けたそうなのだが……
いや、ちゃんと危険性とか大勢の人に質問責めに合う事とか伝えたんだろうなぁ??
「そら、言ったさー。怖ーい人たちに取り囲まれていっぱい質問されたり、前みたいに襲われるかもしれないってなー」
だが、リアンは、
“うん、大丈夫だよ。ボスやアシュ兄ちゃんがいるから心配ないし”
うーん、流石に信頼し過ぎなんではないのか? それは。
“ボスやアシュ兄ちゃんがめっちゃ凄くてアイツらをバンバンかっこよくやっつけたって、お話ししたらいいんだよね〜!? アタシ、たくさん喋れるよー!! いっぱい皆に伝えたいもんッ!”
…………。
そ、それは何を証言するつもりなんだろうか、リアンは。
別の意味で大丈夫なのか、という不安がもたげてくる。
「うーん、その心配にはドーカンー」
バルも頭を抱えていた。
結局、クリフトン教授の元にバルがリアンの意思を伝えたのはその翌日だった。
“僕だけでなく、『チーム・アッシュ』でリアンのことを守って欲しいのだなー”
バルはそう言って、自分だけでなく俺たち皆でクリフトン教授との話し合いに立ち会って欲しい、と。
「なるほど……リアン嬢は証言台に立つことを肯定してくれたわけなのだな。彼女には是非ともお礼を伝えて頂きたい。親代わりである君自身の口で」
憲兵隊本部、そこの特別応接室にて俺たちからリアン証言の同意を伝えられたクリフトン教授は、そうバルに感謝の意を伝える。
そこに、レイチェルは若干の不服を込めて教授に確認する。
「教授……判事長、リアンちゃんの為の護衛もですけど、実際の証言の時には配慮をお願いします。せめて、誰か彼女の信頼できる人も側についてて上げるとか……」
と言いつつ、レイチェルはバルの方を見やるのだが、バルは、ウーン、と眉を顰めて苦悩する。
確かに、そんな裁判の証言台といった公共の場に、『バルスタア団』団長のバルが姿を出すなど、それは……
「その案、良いだろう。私自身の命令書を持って、バル君と言ったかな? 君自身の安全を保障しよう」
「なッ!? そ、それは本当なのかなー!?」
「以前にも言ったはずだがね。私は君達の行動がもっと正当な評価を受けるべきだと考えている、と」
バルの、『バルスタア団』が世間に認められる……それはまさにバルが望んでいた話なわけで……。
「ああ、安心しろ。お前たちは既に『チーム・アッシュ』の一員であり、我ら憲兵隊の仲間だ。俺が保障しよう」
「うがーッ! コイツなんかに上から目線で言われるのはムカつくんだナー!!」
「貴様! こちらが下手に出れば生意気なことをッ!」
「後で稽古でぶっ飛ばしてやるのだナー!」
「ハッ! この前と同じと侮るなよ、貴様!」
いいから、落ち着けお前ら。
お約束の口喧嘩を始めるバルとユリウス。
……だが、その姿はどちらも何か楽しそうで……ただ、じゃれあってるような。
頼むから真面目にやれよ、お前ら。
当日の護衛や裁判所内での見張りなど、憲兵隊と『バルスタア団』達の陣形については少し落ち着いてから再度、話を煮詰めるのだった。
クリフトン教授は、ある程度、当日の護衛方法など具体的な部分に話が移った段階で、選挙の予定のため、先に退出していった。
残されたのは俺たちだけ。
あーだ、こーだ、と話し合うバルとユリウスを置いておいて、さっきから何も発言せずに我関せずされてるセレスさん。
俺の傍のレイチェルも、気まずそうに、でも声を掛けれず。
と、セレスさんは突然、首を傾げ、俺たちを見て、ニコッと笑顔に。
な、なんですかいな?
「ふふ、大丈夫よ、アッシュ君。そんなに緊張しなくても。言ったでしょ? 返事はまた後日でいいって。この一連の事件が終わるまでに教えてくれたら、で良いわよ?」
そ、そうなのか……この事件が落ち着くまで、ね。
「あ、あのセレスさん。この前は、私、ごめんなさい……」
「いえ、良いのよ、レイチェルさん」
その言葉にホッとするレイチェル。だが、続くセレスさんの言葉がレイチェルに突き刺さる。
「私、根に持つタイプだけど、態度には出さないから大丈夫よ〜!」
いやいや、めっちゃ態度に出てますやん。
隣でレイチェルが氷の様に固まっとるぞい。
「これからも仲良くしましょうね〜、レイチェルさん。表面上は」
「は、はい…………」
ニコニコ顔のセレスさんに若干、涙目のレイチェル。
な、なんだかなぁ……
「なーに、他人事みたいにしてるのよ、アッシュ君」
え? なんかこっちに飛んできた?
「全てはアッシュ君が答えを出すまでの間、なんだからね〜。それ、ちゃんと自覚しておいてもらわないと困るんだから」
は、はい……すんません。
レイチェルと二人して、小さくなるしかなく。
そんな俺たちを見て満足そうなセレスさんであった。
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