02章②『続きましてのスリッピィな水汲役』
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どうも、昨日の朝、バルの妹——リアン、と言うらしい——が転けて足の骨折をしてしまったらしい。
ここで、“バルに妹がいるのか!?”と俺とレイチェルが驚く様をバルが半眼で睨んでいたのは横に置いておく。
どうもバルの家では毎日、朝、井戸から新鮮な水を、家の中の水ガメに汲み置きしておくことが日課になっていたとのこと。
“いつもは僕の仕事なんだけどなー”と。
が、その前日の疲れで昨日の朝は寝過ごしてしまっていたらしい。
時計塔の朝の鐘の音を聞いた時、寝過ごしていたバルの代わりに健気にも幼い妹・リアンちゃん自身が井戸から水を汲んでこようとしていたのだ。
そして、途中でバランスを崩して転けてしまった。
運が悪いことに水のたっぷり入った水桶が上から乗ってしまい足の骨折に繋がってしまった、ということらしい。
因みに、時計塔は朝の7:00、昼の12:00、そして夜の20:00にそれぞれ鐘が鳴る仕掛けだ。
なのでバルは結構、早起きしてることになる。
それから、丸一日かけて遠くまでリアンちゃんの足を医者に診てもらいに行っていたらしい。
「診てくれるお医者さん、近くにはいなかったの?」
とはレイチェルの疑問だが、俺も同じことは思った。
が、
“ウチの周りはヤブ医者ばかりなんで良いとこにかかるには少し遠くまで行かなきゃいけなかったんだなー”というバルの言葉に頷くしかなかった。
「明日からしばらくオフィエル祭が始まるのに、かわいそう……。リアンちゃんだっけ? 行きたかったんじゃないかしら……何か、好きなものとかお見舞いに買ってきてあげましょうか?」
「お気持ちだけで良いのだなー」
2人のやり取りを何とは無しに聞きながら懐中時計を見る。
13:00
もうそろそろ昼休憩も終わりかな。
と、ふと時計塔を見上げた時、俺は自分の目を疑った。
7:00
見た瞬間、凍り付いた。
——まさか……また!?
時計塔の文字盤は再び現在と異なる時間を指し示し、その文字盤と針先には青い燐光が灯されている。
ハッと周りを見渡すもこの大広場の誰1人として時計塔の文字盤に注目してる者はいない。
……皆には見えていない、のか…………やはり?
分析——この事象は『俺だけ』に生じている!?
「……アッシュ?」
俺の異変にレイチェルが声をあげた時だった。
再び世界が、淡いモノクロームに染まっていく。
全ての物が灰色に。
ありとあらゆるものの動きが静止して、レイチェルやバル、広場の喧騒の全てが停止する。
一瞬で広がる無音の世界。
これは……!?
《アハハハ……………》
《フフフフ……………》
その静寂した世界の中、再び天空から青い燐光をまとう少年少女が、嘲笑と共に舞い降りてきた。
そして、銀髪の彼らは俺を取り囲み、その焦点の合わない黄金の瞳で見つめてくる。
無言の相貌に浮かぶのは、俺への期待なのか、それとも何かへの怨みなのか……
《……さぁ、君はどうする……》
《……やり直す?……》
《……何のために?……》
——何のため?
何のために、と言われても……ふと、脳裏をよぎるのは、会ったこともないバルの妹。
もし、もしもだ。
この力が、『過去を変える』、その力が俺にあるのなら……
彼女の不幸を、『俺は変えてあげたい』。
《……その意思があるのなら……》
《……僕達が君に与えてあげる……》
《……そして……その果てに……》
——辿り着きなさい、私達に。
瞬間、世界が反転した
そこはまるで屋根裏部屋のようだった。
薄暗く物や衣服が乱雑に床に散らばっている。
……ここは?
落ち着け、この現象も2回目なんだ。
いい加減、観察して分析し、推定を繰り返せ。
大きく吸って、そして吐いて。
頭を切り替える。
小さめの小窓から見える時計塔の時刻は、
6:45
やはり、な。
半ば予想していた通りだった。
“想定時間の15分前に遡る”
「となると……」
俺の相手は……
部屋の奥、暗がりの中にある寝床らしきものに横たわる巨大な人物を確かめる。
バル。
なにやらウガウガといびきをかいて熟眠していやがる。
……し、しかし、これはこれで困ったことになったんじゃないか?
一応、試しでバルを起こそうと頬を摘もうとする。が、『当然の如く』俺の拳はバルの顔の向こう側に突き抜けるのだった。
そう、『今の俺』は物理的な干渉は全く出来ない。ミリーの家でドアを開けることすら出来なかったように。
出来るのは会話することぐらいだが、今回の場合、肝心のその相手が寝ているのだ。
……どうしろ、と??
このままでは、バルの話では妹さんが起き出してバルの代わりに水汲みをしようとして転けて足を骨折することになる。
……会ったことはない。
だが、バルの妹・リアンに対して、俺は出来るのであれば、その『不幸な事実』を変えてやりたい。
その為にはバル自身が起きてくれなければ無理なのだが……
しかし、わずか15分のリミットは刻々と迫っている。
……考えたことはなかったが、この過去への移動で、もし何も変えられなかったなら、どうなるのだろうか。
もう一度、過去に戻ってやり直すことは出来るのか? ……それとも、このやり直しは1回だけ?
窓の外の時計塔は6:50に差し掛かろうとしていた。
嫌な汗が噴き出る。
「もしかしたら……」
ドアの方を見る。手で開けることは出来ないが……
意を決してドアの前に立つと右手を前に差し出す。
やはり、右手はドアを突き抜けてしまった。
「……」
緊張で喉が鳴るのを自覚して俺は一歩、踏み出す。
そして、もう一歩、、
………………。
⭐︎⭐︎⭐︎