19章③『そんなこんなでペイバックする初デート』
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あり?
何やら教授たち選挙演説スタッフの護衛の中に見知った顔を見つける。
背の高い、がっしりした体格に際立つ金色のショートヘア。
ユリウスだ。
憲兵隊がクリフトン教授の護衛に駆り出されているのだろう。先日、ジーグムントの命令から離反した憲兵隊はやはりクリフトン派になった、と言うことか。
もう少し近くで聞いてみようかな、と聴衆を割って入ろうとするとその人波の中、見覚えのある赤い髪が揺れているのが目に入った。
あれは……もしかして。
そう思った瞬間、向こうもこちらに気付いたらしい。こちらの方に向き直る。
「変わった組み合わせだね、アシュ兄ちゃん」
そこにいたのは、外ハネしている緋色のショートボブと、ツリ目に薄いソバカスが特徴の少女——キケセラ。
「キケセラか? どうしたのだ、こんな所で?」
「どうしたのか、は、こっちのセリフよ? アシュ兄ちゃんこそ、何でセレス姉さんと一緒なのよ?」
何故と言われましても……
「フフフッ、私たち、デート中なのよ」
そのセレスさんの言葉に、キケセラは俺とセレスさんを見て一言。
「うん、アシュ兄ちゃんって、浮気野郎の下衆野郎だったんだね」
待て待て! 何故にそうなる!? なんで俺が浮気してることになるんだよ、オイ。
が、俺の言い訳にキケセラは耳を貸さず、ジーッと、セレスさんの両手に抱えられてる俺の左腕を見て、セレスさんのニコニコ顔を見て、最後に俺の顔を見て、納得したかのように頷く。
「やっぱ、どー見ても、浮気じゃん。サイテー」
その細めた目には軽蔑の色がアリアリと出ている。気持ち、キケセラは後ずさってこの人混みの中でも俺と距離を取る様な……ひ、ひどくね?
「キケセラちゃんは、ここにはどうして?」
ナイスです、セレスさん! 話題をずらしてくれて。
「それは……ボスがこの人混みだと、どんな刺客が来るかアイツには分かんないだろーから、護衛しろって」
と、チラッと壇上の横で護衛しているユリウスの方を斜め見る。
「フーン……そんなこと言って、キケセラちゃんの方から騎士さんの護衛に立候補してたりして」
「……ッ!?」
ニヤニヤしてセレスさんが指摘した瞬間、キケセラの顔が真っ赤に。
お、おい、どうしたと言うのだ??
「大丈夫、10歳差なんて、大人になればそんなに大した事じゃないから。むしろ、有利に働くかもよ〜」
「そ、そんなんじゃないんだったらー!」
俺にはよく分からないのだが、セレスさんの言葉はキケセラには理解出来てるよーなのだが。はて?
「困ったら、いつでも相談に乗るからねー」
「もう! いいからあっち行った行った!」
何やらキケセラに邪険に扱われてその場を押し出されるのだった。
いや、俺、何か悪い事、したか? マジで?
「フフッ、アッシュ君は何も気にしないで、だいじょーぶッ!」
相変わらず俺の左腕をその両手で捕まえたまま、引きずられる様にその場を離れるのだった。
これ、多分、大丈夫じゃない案件なんだろーなぁ、セレスさんがそう言うってことは……
が、残念ながらやはり俺には全く原因が分からないのだった。
軽く喫茶で食事したあと、次にセレスさんが所望したのは文化遺産だと言う庭園の観覧だった。
懐中時計の文字盤は、
14:45
庭園の中央にはちょっとした池があり、澄んだ水面が陽の光を反射させ、その中央では噴水が流れ続ける。
池の周囲を石畳の小道が配置され、池から流れる小川を跨ぐ様に、アーチ型の小型の橋の様な小道が続く。
「これ、水車の力を利用して噴水を流し続けてるんだってね」
観光客達に混じって池の側にある石碑の説明文を読んだセレスさんが解説してくれる。
池のすぐ裏側、そこに高く壁面の様に聳え建つ古風な建物。
それはついこの前も来ていた裁判所の裏側だった。
「あの裁判所、元々は古クロノクル城の外郭の一部だったみたいよ。というか、この庭園も城内の皇族や貴族のために作られた物らしいし。元古城の建物を利用した裁判所も含めて、この庭園は文化遺産に指定されてるんだけど。……なんで地元民のアッシュ君が知らないのよ」
流石に、俺の知らなさっぷりにセレスさんもジト目で見てくる。
うーん……地元のことを何も知らないのでは、レイチェルにも呆れられてるからなぁ。
にしても、確かにこの庭園は綺麗に整えられている。
噴水のある池もそうだが、白く美しい石畳の道を周りの木々が陽の光を適度に遮っている。
季節的にも紅葉なので、真っ赤に染まった木々達が時にハラハラと落ち葉を散らす。
その様を見る観光客達はのどかに過ごしていた。
俺たちも、頭上の紅葉を楽しみながら歩いている時だった。
「ウワッ!」
池の側の小道を歩いていたら、何かに足が引っ掛かり、バランスを崩す。
マズいッ!
「アッシュ君!」
次の瞬間、俺の顔は再び柔らかい何かにずっしり埋まっていた。……え、柔らかい? 大きい? こ、これヤバいやつじゃん!
慌てて顔を上げようとする俺を、セレスさんはそのままぎゅっと胸元に抱き寄せる。
「は、離れなさいーッ!!」
「だ、ダメだよ、大声、出しちゃー」
何やら叫び声が聞こえる。こ、これはまずい体勢なんだな……
だが、セレスさんは俺の頭をその豊満な胸の谷間に抱えて離さない。
「だーめ、危なく転けるところだったんだから、ほら、焦らない」
いや、この体勢が焦るんですってば!?
「フフフッ、オジャマ虫は気にせずに、ね」
虫のことなんて関係ないですって!
「す、すいません!」
ようやく、身を捩って立ち上がった時には多分、俺の顔は耳まで真っ赤だったろう。
あー恥ずかし。
足元を見れば地面から盛り上がった木の根っこが顔を出している。
躓いた原因は、コイツだった。これに足が引っ掛かってしまったのだ。
「大丈夫だったかな、アッシュ君? 怪我は?」
「お陰で大丈夫でした。……その、本当にすいません」
最初からこのやり取りでしてくれたら良かったんですけども。
でも、ニヤニヤしてるセレスさんはとても満足そうだった。
もう、そろそろいいよな?
「セレスさん」
「どうしたの? アッシュ君?」
俺の呼びかけに彼女は振り向く。
「そろそろ、いいですよね。セレスさんの本当の理由を教えてもらっても良いですか?」
「…………」
セレスさんは俺の言葉に、すぐには答えなかった。
急に、つまらなさそうに俺から目線を外して指先で自身の銀髪をクルクルとイジり始める。
「今日一日中って言ったわよねー、私」
と言いつつ、チラッと見たのは俺の背後。
なんだ、何かいるのか?
振り向きかけた俺の左手をギュッと握り締め、セレスさんは駆け出す。
お、オイオイ!
「フフフッ! さぁ、まだまだ行くわよー!」
ちょ、ちょっと待って下さいよ、セレスさん!
こうして俺は完全にセレスさんのペースに巻き込まれてしまうのだった。
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