19章②『そんなこんなでペイバックする初デート』
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セレスさんが、まず向かったのは中心街の大広場。
その一番北の奥に聳え立つ時計塔の真下。
オフィエル祭の時にも見た、例の聖天使オフィエル像だった。
何せ、有名な観光地なんで、今も観光客達がひっきりなしに詰めかけている。
「クロノクル市ってすごく良い街よね」
そんなものなのかな? 地元でずっといるとよく分からないのだが。
「そうよ。こんなに裕福な街はそんなにないわ。人々も皆、豊かだから治安もすごく良いし。そりゃあ、例外はあるとはしても、ね」
それは例の貧民窟のことか。
「大きな港もあるから、世界と色んな流通もある。だから一つの街だけで、一国を成している。私もここに来るまでこんなに過ごしやすいとは思わなかったわ」
セレスさんが見つめる先には、屋台の前に並ぶ親子連れの姿。女の子がオニギリをねだり、父親は笑いながら屋台のオヤジから渡されたオニギリを娘に手渡す。
ニコニコしながらオニギリにかぶりつく女の子。
常に屋台があふれる大広場では当たり前の光景。
でも、それはこの街が裕福で平和だから成り立つ光景なのだ、とセレスさんは言っている。
ありふれた親子の姿。それを眺めるセレスさんの横顔は少し寂しそうだった。
そうだ、レイチェルが言ってた『天使似は忌み嫌われる』……そして、セレスさんは父親のことを『お養父さま』と呼んでいた。
つまり、それは。
「ええ、そうよ。アッシュ君」
セレスさんは俺の予想を肯定した。そして、フッと微笑む。
「私もね、1歳の頃に実の親から奴隷商人に売られそうになったのよ。でも、今のお養父様、トリファール司教が助けてくれてね……」
そう言いながら、まるで何でもないことのようにセレスさんは肩をすくめる。
エルム草原の時、リアンに同じ『天使似』であることを説明した時、薄く寂しい笑顔だったことを思い出す。
——『天使似』は地方では忌み嫌われる。
それがどれだけ彼女を傷つけたのだろう。
一見、わからなかったが、彼女にも、そんな過去が……
「でも、そのおかげで、今は国の序列ナンバー3のお養父様の威光を好きなだけ使いたい放題! 本当に運が良かったわ、私! とってもラッキー! ふふふふ〜」
……いや、ちょっと。
しんみりしてたってのに……そのまんまキレイな話で終わらせといて下さいよ、ホンマ。
セレスさんは相変わらずセレスさんだった。
観覧の順番はすぐに来て、聖天使オフィエル像の前に。5人のあどけない少年少女の像。
見れば見るほど、ザ・天使像だわなぁ。
“——約束の地”
ん? 何か大切なことがあったよーな……
「これが有名な聖天使オフィエル像なのねぇ。話には聞くけど、ちゃんと見るのは初めて。逸話もこの石碑に刻まれているのね」
そんな海外にも有名な代物だったのか、コレ。いつぞやのレイチェルの呆れ顔が脳裏によぎる。
「この話、実際には『天使似』のことだったんです?」
「そんなの、私に分かるわけないじゃない。ただ、そうであってもおかしくはないわね」
興味深そうに聖天使オフィエル像の説明書きを読み進めるセレスさん。
俺は意を決して、今まで聞きたかった質問をする事にした。
「セレスさん、『天使似』の力とは『刻の揺らぎ』を感じ取る力とは言いましたよね。では、俺のこの『刻戻り』は一体、何の力なんです?」
かねてよりの疑問をセレスさんに問いただす。
——俺の今までの分析・推定が果たして合っているのかどうかの答え合わせを。
「そうね」
俺の質問に振り向いたセレスさんの顔は少し悲しげだった。彼女にしては珍しい表情。
それを見て、俺は自身の推定が正しかったことを確信する。
「『刻の揺らぎ』を感知するのが『天使似』の生者の力。対して、『刻を揺るがす力』、アッシュ君の言う『刻戻り』を与えるのは『天使似』の死者……亡者の力、と言われているわ」
亡者の力……それが俺の『刻戻り』の正体。
背中を冷たいものが走る感覚。今まで『力』として受け入れてきたものが死者の力という恐ろしいものとは。やはり、とは思いつつ、いざ、言葉にして直面させられると……そこにあるのは明らかな恐怖の感覚だった。
『刻戻り』の時に現れる『天使似』達。彼らの中にあるのは、強い恨み、怨讐。
「『天使似』の亡者の強い怨讐の念。それが積み重なることで、『刻を揺るがす』力となる……『刻が揺らいでいる』、あの瞬間は無数の可能性の世界が交錯している、とも言えるわ」
可能性の世界……
だから、『刻戻り』の間のことは現実にはなく、記憶もない。ただ生じた結果のみが残る時もあれば、そうでなく『刻戻り』中の行動ごと結果がそのまま残る時も。それは——
「そう。無数の可能性の世界線から、『刻戻り』で生じた結果の辻褄が合う世界線を選んでいる、とも言えるわね」
可能性の世界線。それを過去に遡ってやり直しができる能力。
それは詰まるところ、『天使似』の亡者の怨讐からもたらされる。
そうだろうな。
『刻戻り』の際に現れる『天使似』の少年少女達。
こう何回も相対すれば、その中にある感情ぐらい感じてしまう。彼らの強い恨みと憎しみの情など。
“契約を果たしなさい……”
彼らとの契約。それが『刻戻り』を与えられた条件。
それが、果たされた時。一体、どうなるのだろうか……。俺はこのまま、亡者からもたらされた呪いの様な力を使い続けて良いのだろうか。
無言で葛藤する俺に、セレスさんはただ穏やかな笑みを浮かべるのみだった。
聖天使オフィエル像の観覧を終えて大広場に戻ると、先ほどとは比べ物にならないぐらいの人だかり。
背後の時計塔の文字盤は、
12:20
まるで、お祭りの時ぐらいの人口密度だ。
これは一体……?
「ほらほら、人が多いんだからはぐれないようにしないと、ね」
そう言って何やら楽しそうに、セレスさんは俺の腕に軽く手を回してきた。肘の少し上あたりを両手で抱える様に繋いでくる。
何故に、こんな急に人が集まってきたんだか。
が、その理由はすぐに分かる事になる。
『今度の市長選にて、今こそガイウス家の独裁を止めるのです!』
『新たなる指導者としてクリフトン判事長にあなたの一票を!』
壇上でクリフトン教授派が、選挙演説をしていたのだ。
と、演説スタッフ達の応援の声を、壇上の教授は片手を挙げて制止した。
周りの聴衆も、たまたま訪れた観光客達も、そして俺たちも教授の言葉を待つ。
「これだけ大勢の皆さんが、こうして私の話を聞きに来てくれたことに感謝しますぞ」
大勢の聴衆にそう言って一礼する。
「今の市長、ジーグムント・ガイウスは故意的に近衛連隊を動かし、民主制度の根幹を揺るがす独裁を始めようとしている。この街を一部の者だけにしてはならない! 貧民窟に住む者も、港で働く者も、商人も職人も、この街を支えるすべての人々が平等に教育を受け、未来を切り開ける社会を作らねばならない!」
朗々と訴えるクリフトン教授の言葉は声は静かな威厳を持って響き渡り、人々の熱い視線を惹きつけていた。
そしてその発言が小休止すると、聴衆からもオオーッ、という呼応した熱い声援が鳴り響く。
それは側から見ててもすごい熱量を伴っていた。
今、正に歴史が転換するタイミングにいる。
たまたまその場に出くわした俺にも、そんな込み上げてくる興奮が感じとれる。
「その為にも! この豊かなクロノクル市を発展させるためにも子供達へ教育を受けられる権利を保障すべきだと私は考える。よって、3歳から10歳までの街の子供はどんな身分だろうと必ず学校に行ける様にしよう! 彼等こそがクロノクル市の未来を担うのだから」
どんな身分だろうと……それは例え、貧民窟の出であろうと、孤児であろうと、と言う事か。
それは、確かにすごいことだと思う。
リアンや『バルスタア団』の皆が、学校に通えるなら。そんな未来をバルはどう思うのだろうか。
「貧民窟の子供たちも、職人の子供たちも、平等に教育を受けられる社会を作る!」
繰り返されるその声に応えるように、観衆は沸き立った。誰もが拳を振り上げ、熱気が場を包む。俺もその中にいるだけで、何か心が高揚してくるのを感じる。
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