18章②『交錯するプログレッシブな話し合い』
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「はーい、皆、ちゃんとこっちに注目、注目〜」
セレスさんは壁脇にあった埃のかぶった黒板を出してきて、これまた立てかけてあった指示棒でペシペシ黒板を叩いて俺たちにそっちを見るように促す。
いつの間にやら、白衣だけでなく伊達メガネまで掛けて教師風アレンジなセレスさん。
やたらノリノリである。
「じゃあー、ここまでのおさらいね〜」
…………なぁ、これ、真面目な会合なんだろうなぁ、本当に?
そんな心配する俺をヨソにセレスさんは今までの出来事を白のチョークで書き出し整理していく。
俺の『刻戻り』があり、ミリーの家、バルのアジト、そして最初のピエロ=シクルドのリアン誘拐劇や更に次の事態へと順番に時系列を繋げたその中心にあるのは……
『天使似』
シクルド達、黒マントが固執する対象。
聖天使オフィエル。
『刻戻り』の際に現れる少年少女達。
「はい、じゃあここで質問です。アッシュ君、スタンダップ!」
え、ヤだよ。立つの面倒じゃん。
「スタンダップ、ぷりーずぅ! ……聞こえてるわよね? 私の言うことが聞けない、と?」
目が笑ってないです、セレスさん……
しょうがなく、ノロノロと椅子から立ちますが……何なんでしょ、コレ? 晒し者?
「質問です。アッシュ君は『天使似』が遺伝するものでは無い、と知ってましたか?」
え? 違うのか? てっきりそういう人種かと。
「はい、間違い! では、次、レイチェルさんが答えてくれるかしら?」
ハァーッとため息をつきつつレイチェルも椅子から立ち上がってセレスさんの問いに答える。
「『天使似』は遺伝ではなく、数千人に一人の率の突然変異よ。地方では『取り替え子』なんて呼ばれて忌み嫌われるけども、貴族や王族からは未来予知できるとも言われ、闇で高価な奴隷売買の対象にもなってしまったりしてる」
「はい、正解〜!」
パチパチとレイチェルに拍手するセレスさん。やはりノリノリである。
しかし未来予知だと? 『天使似』にそんな力が!?
「あ、それ、本当は無いから」
思わず前のめりになった俺は、続くセレスさんの言葉でガクッとのけぞる。
いや何なんだよ、それ。
「厳密には『刻の改変』を察知して、未来予知っぽいことができる『天使似』がたまにいるだけ。色んな時間軸を覗き見ることが結果的に出来るからね……それは今回のアイツの動きでも分かるでしょ?」
セレスさんが黒板に『証拠の詩集本』と書き、大きく×をする。そして、『でも知ってる』、と。
言われてみれば、ヤツ——シクルドの『刻の揺らぎ』を感知する方法で、俺たちは先手を打たれることが確かにあった。
ある意味では未来予知、と言えなくも無い、か……。
「セレスさん、質問です。でも、近衛連隊を動かしてまで『天使似』を捕らえよう、というのは大袈裟過ぎると思います。セレスさんはその点はどういう見解なんです?」
そうだ。だからこそ、俺もそこまでは、と思っていたのだった——が、そこを突かれて『刻戻り』を使わざるを得なかったのだ。
「そうね。私も正直、あそこまで固執するのは分からない……『天使似』自体なら私もそうだし、他にいないことはない。……リアンちゃんにだけ、あれだけ固執する理由……それはわからないわ」
そう言いながらセレスさんは白衣を脱ぎ捨て伊達メガネと共に机に置く。
……さては飽きたな、セレスさん。教師ごっこに。
それは兎も角。
リアンにだけ、固執する——それはアルサルトの留置場からの指示でも明らかだ。
「リアンは自分を『天使似』だとは知ってなかったぞなー。セレスさんと会った時に初めて知っただけー」
本人には何も自覚はない、か。
「……捜査の状況だが、例の黒マント達。こちら側で尋問しているが全くと言っていい程、何も喋らん。ただの一人も、だ。ここまで全員が恐ろしく統率されているのは初めてだ」
おい……そんな機密情報をここで、流して良いのか、ユリウスよ。
「………………俺も『チーム・アッシュ』の一員なのだろうが」
な、なに腕組みして吐き捨てるように言ってんだよ、コイツは。気恥ずかしそうに顔を赤くするなよ、おい。
「はいはい、リーダーは余計なとこに茶々入れないの、アッシュ」
いや、だから、なんで俺がこのよくわからんチームのリーダーになっとるのだ!?
「何を今更、言ってるのよ、アッシュ……」
「アシュ氏のその面倒な自己否定的性格もそろそろ飽きたのだなー」
「貴様がそうやって自己卑下するのは却って周りに迷惑となっていることにそろそろ気づけ、アシュレイ」
レイチェルはハァーッとため息を、バルはだるそうに、ユリウスはイライラした口調で三者三様に俺を責めるんだが……何故だ……
「はい、アッシュ君。無自覚に自己否定してるのは分かるんだけど。キミが、ここにいる私たち皆を助けてくれてるのよ。キミの分析力で。それはリーダーの資質となり得ないかしら?」
何やらこの時の為だけか、再度、掛け直した伊達メガネの奥から切れ長の瞳でセレスさんは俺を見下ろしながら諭すように話しかける。
うーん……しかしなぁ……
「ま、ぶっちゃけ、アッシュ君ぐらいしかリーダーの成り手はなさそうだしね。皆、嫌がるし」
やっぱ、そっちが本音ですかいな……くそー
カツ、カツ、カツ——
それぞれの持ち寄った情報をセレスさんが黒板に書いてまとめ、話し合いも佳境になりつつあるその時、滅多に来ない来客が靴音を響かせて図書館に訪れる。
長く伸びた白髪にこれまた白い口髭を蓄え、レイチェルと同じく黒の法服を身に纏った壮年男性が図書館の入り口に立っていた。
「クリフトン先生! どうしてここに!?」
「ホッホッ、レイチェル君が何やら朝のうちに仕事を片して行ったんでね。何かまた良からぬ事件にでも巻き込まれたのか、と心配になったのだが……その心配は別に不要だったようだねぇ」
口髭を指で撫で付けながら、黒板に書かれた文字を見て、ウンウンと頷くクリフトン教授。
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