17章④『飛んで火に入るカムバックな裁判劇』
***
またしても、周りからの注目を浴びつつ、傍聴席から人波を割りつつ中央の証言台へと向かう。
同じく傍聴席にいるセレスさん、ワルターさんからの応援の視線。
無言で軽く頷く。
「こんな小者が何だと言うのだ……」
ぶつぶつ呟くアルサルト。まぁ、見とけよ。
「さて、俺が証言する内容なんですが……取り敢えず、コレ、見てもらえますかね?」
そう言って、皆が見える様に右手に取り出して掲げたのは、緑の背表紙に星々の絵が描かれた例の詩集本。
そう、ヤツのポエマー、恥ずかし本である。
で、さらにその中のページを見開く。
「これ、彼が読書のために持ってきてもらったらしいんですけど、妙なんですよね〜。色々なページが破れてるんですな」
そして、左手に出したのは破かれたページの束。
それをアルサルトの前に指し示す。
「な、なぜそんなものが!?」
「これねー、何の意味があるんだろ、と思ってたんですよねー」
裁判所内の皆に言い含める様に間を取りつつ、掲げた詩集本と破れたページを見せつける。
「それに、どういう意味がある、と証人は言いたいのかね?」
クリフトン教授の言葉に、ニヤッと笑って返してやる。
「こうしてみると、どーなんでしょーかねー」
目の前の床にわかりやすく破れたページを順番に並べてやる。
“天の川に流れる多くの星……”
“死にたくなるほどの想いを……”
“二番目だっていい。……”
“野原に秋桜が……”
“これまでの貴方……”
“貧しさや地位が……”
“眠りの中でしか……”
“靴裏には貴方からの……”
“似ているわ、彼に……”
ま、こーして並べると分かりやすいわな。
『天死二野こ貧眠靴似』、つまり『天使似の子貧民窟に』。
「つまり、こうやって彼が指示を出してたってことなのかなー?」
「バカな!? 何故、貴様の元にそれがあるのだ!? 本は回収されて……」
そこで思わずアルサルトはハッとした様子で周りを見渡す。
今の発言。それは傍聴席の記者達、そして市長自身にも届いている。
おーおー、青くなったり赤くなったり。さすがに余裕は無くなったようだなぁ。
「こ、これは出鱈目だ! 偽物だ。これこそ証拠捏造だぞ! 判事長! コヤツを証拠捏造容疑で……」
「ただ、俺は一言も『証拠』とは言ってないんだけどなー。俺は単なる『証人』なんですが」
「な、なにぃ!?」
俺の言葉に愕然とするアルサルト。冷や汗ビッシリの顔で俺を睨みつける。
そう。
俺は一言も『証拠』と言ってない。
それどころか、言中の『彼』が誰なのか、また『らしい』や『なのかなー?』と言ってるだけで、何一つ、断言はしていない。
俺は、この『元々、図書館にあった同じ詩集本』をヤツに見せた、だけ。この本は、セレスさんにお願いして、図書館に忍び込んで取ってきてもらったものだ。
で、見ての通り、勝手にヤツが自爆したのだ。
……誰だよ、やり方がズルいとか言ってるのは。うまく行きゃーいーんだよ。結果オーライだ。
「そ、そんな理屈が通るか……」
「通るかどうかは知らんけど、俺はお前にこの本を見せてみただけだぞ。それの何が問題なんだ?」
ただ、アルサルトの様子を見た記者や傍聴席の市民達は、もうヤツの容疑を信じて疑わないだろう。留置場内から貧民窟にいる『天使似』の子、リアンを捕えるように指示を出した、と。
その上で、無理にアルサルトを庇う行為を市長がするならば……来月の投票にその結果は現れるはずだ。
もう、あんな無理にレイチェルを捕える様なマネは出来まい。
証言台からジーグムントを睨みつけてやる。
ヤツは苛立ちと共に首を振ると周囲の近衛兵を促し、傍聴席から去っていく。
被告席のアルサルトをそのままにして。
「では、第2回の公判はこれにて閉廷する」
クリフトン教授の声が俺たちの戦いの終わりを告げるのだった。
「レイチェルお姉ちゃん! アシュレイお兄ちゃん、本当に良かったよー!! ……すっごく心配してたんだから!」
裁判所を出た俺たちを出迎えてくれたのは、ミリー一家、そしてサファナおばさんがレイチェルを抱きしめる。
「ああ……レイチェル、大丈夫? 痛いところはない? ……貴女が無事で、本当に……本当に良かった」
「うん……うん、ありがと、ママ。心配かけてゴメンね」
ギュッとレイチェルを抱きながら涙し続けるサファナおばさん。あの『刻戻り』中にも泣き崩れていた姿が脳裏に浮かぶ。
ようやく、終わったんだ……
「で、ウチのオヤジは来てないんですよね?」
「うーん、ノートンさんは『アシュレイなら何とかするだろ』としか言わなくてな」
困り顔で返すサファナおじさん。
まぁ、ウチのオヤジなら、そーだろうなぁ。放任主義だし。
と、そこに
「ほほー、これは皆さんお揃いでしたかな。いや、感動の場面をお邪魔してすまない。レイチェル君、アシュレイ君」
「教授……いえ、この度は助けて頂いてありがとうございます!」
そう、レイチェルがお礼を言ったのはクリフトン教授だった。
真っ白の口髭を指で撫で付けつつ、
「いやいや、むしろ礼を言うのはこちらの方。囚われの私を解放してくれたのだからのぉ。あれはアシュレイ君の指示かね?」
「あー、まぁ、そんなとこです」
その俺の返答に教授はニヤッと笑って一言。
「ふむ。では、図書館の備品破損代は君の給料から天引きしてもらうことにしておくぞ」
ゲッ!
……ウチの図書館の本を使ってページを破いたこと、バレてるじゃん。
と、そこへ、
『クリフトン判事長! 今回の市長の強引な捜査による被害者としてどう思われますか?』
『レイチェル判事、この裁判は今後、どうなっていくかと思いますか!?』
アッという間に記者達の囲い込み取材が始まり出す。
やれやれ、まぁ、あのレイチェルの言葉を聞けば、そうなるわな。
まさしく、『逆転劇を演じたヒロイン』なのだから。
と、そこに、
「ここで、この場を借りて伝えたいことがあるので記者諸君には宜しいかな?」
前置きをしてクリフトン教授が記者達を見渡す。
な、なんだ?
「これまで市長の座は長らくガイウス家のものだった。現市長のジーグムント氏も初当選以来、約15年もの長きに渡って続けておる」
これは……まさか……!?
「我が国、クロノクル市国は世界でも名だたる民主制度の国であるにも関わらず、国家元首がガイウス家に独占され続けていることそのものに私は大きな疑問を持っていた。それこそが、今回の様な市長の横暴・独断専行を許してしまったのだ、と」
ゴクリ……。
皆が固唾を飲んで、クリストン教授の言葉を待つ。もう、誰もがその先にある言葉を予想しながらも。
「ゆえに、私は来月末のクロノクル市長選に立候補をすることに決めた!」
…………。
『これはスクープだ!』
『現市長と外務大臣との一騎打ちだぞ!』
『ガイウス家、独占の慣行が破られるかもしれない! これはスゴいぞ!!』
誰もが熱狂し、クリフトン教授の市長選出馬に期待を寄せていた。
隣のレイチェルさえも、熱い視線を教授に送っていた。まるで信奉者のように。
こうして、町全体が『クリフトン派』と『ガイウス派』に分かれて相争うこととなる。
ただ、その中で俺だけは何故か、その熱狂の渦に入れずにいた。
それが何故なのか……その答えが分かるのはもっと後であり、その時には既にどうしようも無かったのだ。
俺は、この時のことをずっと悔やみ続けることとなる。
⭐︎⭐︎⭐︎