17章③『飛んで火に入るカムバックな裁判劇』
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アルサルトの公判は結局、少し遅れて開始することになった。
元々は、別の者が代理ですることになっていた裁判長役は結局、戻ってきたクリフトン教授(判事長か)が、そして原告側にはレイチェルが戻る形に。
それらの変更を議場に説明の上、実際に法廷が始まるのは更に少し後だった。
にしても、記者含め、ぎゅうぎゅう詰めの傍聴席はとんでもない人口密度である。
俺は今は直接、裁判に関わる立場では無いのでこの傍聴席にいるのだが……普通にキツイわい。
「さて、本来はまず被告であるアルサルト氏の公判を進めるべきではあるのだが……ここまで事態がこじれた原因、レイチェル判事の『証拠捏造疑惑』に関して、ここで扱わない訳にはいかぬと思いますな」
厳かな雰囲気で話し始めるクリフトン教授。
周囲の記者達(と勝手にこちらは思ってるが)も緊張の中、メモを取り出し一言一句、聞き漏らさない様に構える。
「レイチェル君、自身の嫌疑について君からの主張はあるかな?」
レイチェルが立ち上がると、法廷内が静まり返る。記者たちのペンが止まり、傍聴席の人々が息を呑んだ。
「私に掛けられた証拠捏造の嫌疑、それが全く根拠のないものだと、ここで証明しておきます」
その言葉は静かでありながら、法廷内に響き渡る。
「これが法の場。ここで真実を語らずして、どこで語ると言うのでしょうね」
レイチェルの紅玉色の瞳がジーグムント市長を射抜くように見つめる。
「私の『証拠捏造疑惑』は元々、カルタ帝国からの訴えと聞いています。市長がその訴えのまま逮捕指示をした、ともね。で、その疑惑の元となる証拠はそちらにあるのでしょうか?」
疑惑の元、かぁ……。
その出発点は、例のアルサルトの詩集本だったろう。それをアルサルトの船からの本と交換する際、留置場の衛兵からレイチェルに渡してもらった。
それが今回の証拠捏造の大元。
だが、実際の詩集本は俺が『刻戻り』することで、レイチェルの手元には渡らず。そんな事実は無くなった。
にも関わらず、レイチェルに証拠捏造嫌疑を掛けてきたのは、恐らくはシクルドの『天使似』の能力のためと思うが、既に『過去改変前の事象でレイチェルが詩集本の秘密を知っている』と考えたため。
だから、無理に嫌疑を掛けてレイチェルを捕らえようとした。実際の証拠があるかどうかは二の次で。
今、まさにそのツケが来ている訳だなぁ、ハッハッハッ!
「それは……お、お前が証拠捏造した現場を見た者がいるわけで……」
「では、その人物を証人として出して下さい」
うーん、我が妹分ながら容赦ないな。
突っ込まれたアルサルトはゴニョゴニョと口を濁しているが、その仕草を傍聴席の記者達は見逃さない。
手元のメモにカサカサと書き込まれているが……まぁ、これはほぼこちらの勝ちっぼいな。
アホーめ、法廷内というレイチェルの弁論が最大限に活かされる場所で、お前達が勝てる見込みはないっつーか……法廷にレイチェルが参加できる形になった時点でお前らは『詰み』なんだよ!
「そ、そうか。その者をここに……」
「ええ、是非とも呼んで下さいね。但し、その方が、いずれの立場の方なのか、どうやって私が証拠捏造したのか、など具体的なことを確認させてもらいますので」
冷や汗を垂らしつつ、目を白黒させてどうすべきか必死で頭を悩ませているよーだが。
ま、アレは無理だな。
「ところで、留置場内にいた貴方は知らなかったかもしれないんですけど、留置場につく衛兵はキチンと誰が何時から何時まで備えていたのか、面会時間及び誰が面会していたか、その内容も。更に物品の差入れや交換があった際にはその届出記録も全て残しているのよ。それを一時借りるときには貸出届けも提出義務があるわ」
つまり、本来ならガチガチに監視・記録の目がある、と。
……そう考えると、ユリウスが俺をそこから脱出させたってのは思ったより大変な事だったのか。文句ばっか言ってスマンかった気もするが、まぁ、ユリウスだから、いっか。
「…………」
「その方が出てきて頂けるなら、記録と照らし合わせて確認させてもらいますが、良いですかね?」
「……こちらのカン違い、だったかもしれぬ……訴えは本国に言い、取り下げさせてもらう」
グヌヌ、とでも言いたげな表情でアルサルトは降参を示すのだった。白旗上げるのが早いな、おい。
「で、あれば私に対する『レイチェル君への共謀容疑』も疑いは晴れたこと、になるという理屈で宜しいかな? ジーグムント市長」
正面中央の法壇、一番の高みから2人の弁論を見極めていたクリフトン教授が、傍聴席のジーグムント市長に確認する。
「……今の私は一傍聴人に過ぎない。それを決定するのがこの法廷の場だと認識しているが」
「ホッホッホッ! では、その様に裁定させてもらいますかな。レイチェル君への証拠捏造容疑は不問とする」
やった!!
周囲からも『おおー!』と歓声が上がる。
近衛連隊に包囲されたりした、あのギリギリな状態からようやく、レイチェル自身がジーグムント市長相手に勝ち取ったのだ!!
本当に……良かった! 本当に……
「さて。これで本来の作業、アルサルト君、君への嫌疑の公判が再開するわけだが」
「ハッ! 勝手に再開すればよろしかろうよ! 何か私を貶められる『証拠』とやらがあるのであれば、な」
でっぷり太った腹を突き出し、腕組みして不貞腐れたようにアルサルトは返す。
逆に、こちらには何も決め手となる証拠が無い、と分かっているんだろう。
だから、そんな余裕ぶっこいた態度でいるわけだが……
原告席側のレイチェルにチラッと視線を送る。
レイチェルも頷き返し、
「判事長、こちらからは証人の証言を求めます」
「フン、またしても証拠にもならぬ証人など……」
そうは言うがアルサルトからは拒否の発言は無い。
「構わぬよ。して、誰を?」
「はい。証人として証言してもらうのは……アッシュ——アシュレイ・ノートン。私の幼馴染みです」
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