17章①『飛んで火に入るカムバックな裁判劇』
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馬車はガシャガシャと車輪の音を立てながら一路、クロノクル市へと向かっていく。
小窓から覗く時計塔は、
12:45
アルサルトの第ニ公判まではあと75分。
この馬車の速度で順調にいけば、30分前には中心街にある裁判所に着くはず。
順調にいけば……
「すみません。またしても今更なんですが、セレスさん、ワルターさん達、ソリスト教国の人達まで巻き込んでしまって申し訳ないです」
馬車の前方、御者席へと開いている小窓から見える、御者のワルターさんに言葉をかける。
ここまで来て、本当に今更なんだが、今回ばかりは以前よりも更に大事になってるかつ、俺から今回は言い出したので……
「アッシュ君、自分はお嬢様の判断に従うだけなので、君が気負う必要はない。お嬢様自身が、こうする事を『祖国の為になる』と判断した結果なのだからな」
「そうよ、私がキミの案を採用したのよ。それが我が祖国、聖教ソリスト教国の益にもなる、とね。だから、この私に任せときなさい!!」
おかしいな。ワルターさんが言うと、もっともらしく聞こえるのに、セレスさんが言うと胡散臭く聞こえてしまうのは、何故なんだろう?
馬車の中、対面に座るセレスさんは俺の反応に、ハァーッとため息をつく。
「そんなに私への信用がないなんて……『刻の改変』という死地に赴くアッシュ君に接吻という私ができうる最高の贈り物をしたのに……この扱いは酷すぎると思うの」
「……すみません、セレスさん。それ、どういう事か私に詳しく教えてくれませんか? 事と次第によってはアルサルトの公判前に、まずちょっとアッシュを裁かないといけませんので」
隣に座るレイチェルが早速、ド怒りモードでセレスさんに問い詰め始めるんで、その話題を出すのはやめてくれませんかね、セレスさん?
てか、確か、その事象は『刻戻り』で過去改変したので、すでに存在しなくなった時間軸での話な筈では……?
「私、『天使似』なので」
はいはい、だから覚えてる、と。
わかってます、わかってます。なんですかいな、その『私、失敗しないので』的な。
だから、そのドヤ顔はやめて下さいって。
「そろそろ、町の入り口です」
緊張感のないやり取りをしていた俺たちに忠告を発したのは、御者たるワルターさんだった。
俺たちの住む郊外へと繋がるクロノクル市の入り口。
そこには、憲兵隊達が臨検のために陣を張っていた。
御者のワルターさんが、それまで順調に進んでいた馬車の速度を落とす。
いよいよだ。
馬車の中にいる俺たちにも緊張が走る。
「フフッ、ここからは私の出番ね」
最大の危機にも関わらず、セレスさんはむしろ楽しそうに笑みを浮かべる。
こういう時のセレスさんは本当に頼もしい……絶対に敵にはしたくないよなぁ、マジで。
「そこの馬車、止まりなさい! 緊急の臨検をさせてもらう!」
憲兵達が声を張り上げ、馬車を制止する。何名かの憲兵隊達が馬車を包囲しようと走り出す。
が、それに対抗するかのように、俺たちの馬車に追走していた騎馬隊達が前進して馬車をカバー、憲兵達を寄せ付けない。
その騎馬隊の鎧、そして騎馬達が備えているのは『聖教ソリスト教国の紋章』。
それは、今、俺たちが乗っている大型馬車にも刻印されたものだった。
「私たちは、聖教ソリスト教国の外交大使よ。私たちへの臨検は外交特権上、拒否させていただくわ」
「…………!?」
馬車の外に身を乗り出したセレスさんの宣言、その言葉に憲兵達の中で動揺が走った。
そう、これが俺の示した『一手』だった。
“………………”
昨日、ゴロー爺の山小屋で、俺が皆に作戦の概要を説明した際、返ってきたのは賞賛の声ではなく、呆れた風の皆の沈黙であった。
なんでだよ、オイ。
“アッシュって、私の判事特権の捜査権といい、ホント、他人の特権の使い方がうまいわねぇ……”
レイチェルさんや、何やら語弊の生まれそうな、ものの言い方はやめてくれませんかねぇ。
“確かに、そのやり方なら今の憲兵隊の臨検を突破できるわね。流石、と言っておきたいところだけども、アッシュ君”
と、一旦、話を切って俺の方を見るセレスさん。
“この外交特権を使うってことは、国家間同士のレベルにまで話は大きくなる。そこはわかっての話、なのよね?”
そうなのだ。セレスさん達の聖教ソリスト教国の外交特権である『不逮捕権』、並びに捜査を拒否できる『不可侵権』、これらを使うという事は国家的なレベルの問題となる。
だから、これは『お願い』なのだ。
それでも……俺の提示するこの作戦に乗ってくれるかどうか。
“そうね。本来なら本国の意見を聞くべきでしょうけど、その時間はない……なら、特使たるセレスティア・トリファールの名において判断を下すわ”
セレスさん……
“良いわよ。その作戦、聖教ソリスト教国特使として乗るわ”
……本当にありがとう。
ワルターさんも無言で深く頷き、俺に笑みを返してくれる。
二人とも、本当にありがとう。それしか今の俺には言えないのだけれど。
“繰り返しだけど、これは『貸し』だからね”
セレスさんの一言だけが、不安を誘うが……これは仕方ない。
“にしても、騎士の正義がどこにも見当たらん作戦だぞ、これは”
それまで、俺とセレスさんのやり取りを見守ってたユリウスが呆れたように呟く。
失敬な。
戦闘による人の血も流れず、皆が平和的に解決する策なのに、『正義がない』などと言いおって、ユリウスめ。
“アシュ氏らしい、自分はほとんど動かず他人任せで、やる気なさが溢れる作戦なのだなー”
そ、それはほぼ酷評だろーが、バルよ!
“皆からズタボロに言われてるねー、アシュ兄ちゃん”
……遂にはキケセラにまで、そう言われますか、そーですか。
んじゃ、他にいい手があるのかよー!? くそー。
“私が、安全に裁判所に辿り着く方法は他にはなさそうだものね。アッシュの作戦が唯一の方法、かな”
最終、レイチェルの言葉に、皆は渋々、頷くのだった。
なんか、納得いかんぞ、おい。
で、今に至る。
外から見られないよう、窓の影に身を潜めつつ、外のやりとりをうかがう。
馬車の周囲には聖教ソリスト教国の騎馬達——ワルターさんたちの部下で『聖十字騎士』というらしい——が、俺たちを憲兵たちから守るかのように、その間に入る。
流石の憲兵達も、こちらが聖教ソリスト教国の特使、つまり外交特権を持つ事は理解しているらしい。
無理矢理、臨検に踏み込むべきなのかどうか、戸惑っている、というところか。
半身、半開きの扉から身を乗り出したセレスさんはその気品あふれる仕草で、彼らを見渡していた。
「……分隊長だ。分隊長の判断を仰ぐのだ!」
中のリーダー役らしい憲兵が声を荒げる。
なんか、見たことある髭面だな、アイツ。如何にも、筋肉バカみたいなオッサンだが……どこで見たんだっけ?
馬車や騎馬たちと憲兵たちが睨み合いしていると、呼ばれた分隊長が騎馬に乗ってようやくお出ましになる。
ユリウス・ユークリッド——第12番憲兵隊・分隊長。
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