16章④『正義の定義とは』
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「あ……うん、ありがと。そんなに私のことを心配してくれて、アッシュ。嬉しい……」
思わず、涙ぐんでしまった俺を見て、レイチェルは微笑む。
これは、過去を変えれたのか、俺は。
ユリウスは……俺を信じてくれたのか!?
しかし、ゴロー爺の山小屋とは一体、何がどうなってるのだ?
「どう? って、アッシュがここに避難するよう、ユークリッド少尉に伝えてくれたんじゃない」
確かに、それはそうだが。
しかし、肝心のバルやキケセラ、ミゼルやイワン達がいないぞ。
あいつら、どこに……?
「むかーし、むかし、ウサギとカメがおってな。カメは竜宮城へ海の幸を受け取りに、ウサギは山へ芝刈りに行ってな」
子供達に昔話をせがまれて、満面笑顔なゴロー爺は、昔、俺たちにしてくれたように子供達に昔話を語り出す。
冬の時期、町に戻って来てくれた時によく俺とレイチェル、そしてミリーに語ってくれたっけ。
「そうすると、どんぶらこ〜どんぶらこ〜、川の上流から巨大なスイカが流れてきおってな。ウサギさんは喜んでスイカを食べようとしたら……ドカーンと破裂して中から飛び出したのはクリの子太郎じゃ!」
あれ? ……そんな話し、あったっけ?
と、その時、
「ういー、帰ったきたぞなー」
いつもの声音で、彼らが帰って来た。
バルやキケセラ、ミゼルにイワン。だけでなく、ユリウスとトライドまで。
これは一体……。
「アシュ氏が言ったじゃんー。ここに避難しろ、て。で、コイツが『近衛連隊が来るぞ』って知らせてきてなー」
「コイツ呼ばわりするな、貴様ーッ」
何やらバルに指されたユリウスが怒り出す。
が、どうやら、状況はこのようだ。
やはり、過去改変前と同じく、今朝よりジーグムント市長は近衛連隊を引き連れて貧民窟全体を封鎖、包囲・掃討作戦を敢行したらしい。
……前回よりも時間が早くなっているのは、まさかシクルドの影響か?
だが、既に昨日の時点でヘルべの森のゴロー爺の山小屋に避難していたバルスタア団とレイチェル。更には俺も、ユリウスに留置場から助け出されて合流したらしい。記憶ないけど。
子供好きのゴロー爺は、少年ギャング団であろうと笑顔で受け入れてくれたらしい。
こうして、大多数の団員は山小屋に避難していたのだが、バルやキケセラ、ミゼルやイワン達は元のアジトに残ったのだ、と。
『アジトに誰も居ないと、最初から他に避難していたことがばれるじゃんー』と。
……覚えが無いが、それも俺の発案らしーが。
で、今朝からの近衛連隊、そして後方の憲兵隊達の包囲網を掻い潜って、ゴロー爺の山小屋まで避難して来たのだ。
「まぁ、コレぐらい、僕たちにかかれば朝飯前なのだなー」
「何が朝飯前だ! オレとトライドのバックアップが無ければ危なかっただろうがッ」
そうなのだ。その逃避行をユリウス、更には騎士見習いのトライドまで、陰で手を貸してくれたのでスムーズに包囲網を潜り抜けることができたのだ。
ユリウス……
「なんだ、その目は……そうすることが、オレの中の『正義』だと思っただけだ」
そして、
「それは、貴様が言ったことだろうが」
と、何やら怒り出す。
だが、
「少尉が、私やバル君、そしてここにいる子供達を助けてくれたのよ。本当にありがとう!」
そう、礼を言ったのはレイチェルだけではない。
「ありがとー! 騎士のお兄ちゃん」
「すっごく、カッコいいよ!」
少年少女達の賛辞に、複雑な、しかし気恥ずかしげな表情を浮かべるユリウス。
……先ほど、キケセラがコッソリと彼らに『あの騎士さんは適当に褒めとくと舞い上がるから』とか、言い含んでたのは内緒にしといたるぞ、ユリウス。
そして、俺も礼を言っておくぞ。お陰で過去を修正できた。ただし、直接言うのは悔しいので心の中で、だけだが。
そして更に、
「リアンちゃーん! オイラもリアンちゃんの為に頑張ったッスよ!」
「えー! そうなんだー! うん、ありがと」
リアンにヨシヨシされて満面の笑みのトライド君。
…………。
ま、本人が満足ならそれで良いか。
で、ここからどうするか、だが。
「明日のお昼、14:00から始まるアルサルトの第二公判。そこに私が到着しなきゃ、この冤罪の疑いは晴れないわ」
「んー、でも、さっきも見たけどアイツら憲兵隊、町の出入り口を臨検してて蟻の這い出る隙間もないぞなー?」
「それはそうだろう。何せ、我が憲兵隊だからな」
「なー! お前が威張ることではないぞなー」
頼むから、この状況でケンカすな、お前ら。
しかし、確かにこれは困った状況だ。
ちょうど、以前とは逆だな。
あの時は、俺たちが憲兵隊側で外部から町への侵入者・シクルド達を阻止する側だった。
今回は俺たちが憲兵隊の警備網を掻い潜って中心街にある裁判所まで辿り着かなければならない。
あの波止場もマークされているだろう。
どうすれば辿り着ける?
一つ、手は無いことはないんだが……あまりしたくないなぁ……
と、山小屋の扉が急に開けられる。
皆が警戒する中、入って来たのは…………セレスさんとワルターさんだった。
「フフッ、言ったでしょ? 愛し合う人の『刻の揺らぎ』は、何処にいてもわかるって!」
それ、『親しい人』、じゃありませんでしたっけ? 絶対、ワザとだ、この人。
隣でレイチェルが早速、イラッと反応してるし。
それは兎も角。
セレスさん、俺の『刻戻り』を感知して、ここ——ヘルべの森の山小屋までワルターさんと馬を飛ばしてやって来た、と。
……やはり、怖いぞ、◯トーカー。
とは、言うものの、既にセレスさん達も事態は把握していたようだった。
「で、約束を守って無事に戻って来たアッシュ君は、ここからどうするつもりなのかなー?」
微妙に引っ掛かる言い方をされるが、その部分は気にしないでおくことにする。
先ほどから分析してるんだが、方法はやはり、一つしか無いんだよなぁ。
これだけはしたくなかったんだが。
俺は、ため息をついてから諦めてお願いをすることにする。
「セレスさん、実は一つ、お願いがあります」
「アッシュ君のお願いなら良いわよ! ただし、これは一つ、『貸し』ね!」
……そうなるからイヤだったんだよなぁ。
でも、仕方ない。
傍のレイチェルを見る。
彼女は、そのモノクルの奥、紅玉色の瞳で俺を見つめ返して、静かに頷く。
さぁ、こっからが俺たちの反撃をやってやろうじゃないか!
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