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刻の輪廻で君を守る  作者: ぜのん
《第3部》『恋と横恋慕の法廷闘争編』
54/116

16章②『正義の定義とは』

***


「アシュレイ!」


 懐中時計の時刻は11:50。


 昼前に突如、ソリスト教国大使館に駆け込んできたのはユリウスだった。


 通常の奴らしからぬ、悲壮な顔つきで、息を切らしている。


 どうした!?


「む……これは一体……大丈夫ですかな、少尉」

「少尉、どうしたのかしら?」


 ワルターさんとセレスさんが理由を問いただす。


 それにユリウスが答えたのは、


「……ジーグムント市長が……近衛連隊全軍を動かして、貧民窟の少年ギャング団の一掃作戦を開始した!」


 なッ!?


「更に……我々、憲兵隊にもその包囲作戦に後方参加しろ、と」


 ……こ、ここまでするのかよ!? 俺たちの『敵』は!?


 俺は、自分の考えが如何に甘かったのかを実感せざるを得なかった。


 相手は、国家の首長なのだ。その全てを使ってくる。


 なぜ……何故、それが読めなかった!? アッシュ!!


 お前は何を観察、分析、推定していたというのだ!!







「オレには……もう、何が『正義』なのか分からない……」


 ユリウスが……かつて見たことがないほど、自信を失った様子で呟く。


「オレは……騎士として……彼らを……キケセラ嬢や、子供達を……どうすれば……憲兵隊は、このままでは彼らを……」

「少尉……まずは落ち着いて」


 セレスさんが声を掛けるが、ユリウスには届いていない。


 不意に、ガシッと俺の両肩を掴んでくる。


 ユリウスの手は震え、目は何かを必死に求めるかの様に俺を見つめていた。


 な、なんだよ、おい……


「頼む! アシュレイ! 君が……サファナ判事の言う通りの男なら……オレに教えて欲しい!」


 それは悲壮な叫びだった。


「オレはどうすれば良い!? どうすれば……『正義』を行える!? あの子達を……どうすれば救えるのだ!?」


 ユリウス…………お前!?




 考えろ! 考えろ、アッシュ!




 ——観察


 近衛連隊と憲兵隊が貧民窟に包囲網を敷き、『バルスタア団』への掃討作戦を開始しようとしている。




 ——分析


 これに黒マントが加われば最早、逃れようは無い。バルやキケセラ、ミゼルなど、戦闘力に特化した者は突破出来るかもしれないが、少なくともレイチェルやリアン、他の子達は捕えられるだろう。


 ……これは、それも見越した包囲作戦だ。




 ——推定


 現時点での状況からは、もはや対応困難。つまり……







 この包囲網をクリアするには……『刻戻り』で過去を改変するしか無い。


 では、どうやって?




 ……『刻戻り』にはリスクがある。却って、過去を改悪してしまう可能性だ。


 背中に冷たい汗が流れ落ちる。例の、リアンの誘拐劇。より一層の災厄を招いてしまう可能性さえも。


 だが、それを踏まえた上で、俺が『過去を改変』せねば、最早、この状況はどうにもならない。


 分かっている……覚悟を決めろ、アッシュ!




「ユリウス、お前は俺の言うことを信じられるか?」

「……急に何だ? それは……君が、サファナ判事の言う通りの男なら。『どんな状況でも、約束した事をやり遂げる』男であるのならオレは信じるぞ」


 良いことを言ってくれるが、それは『条件付き』だ。


 ……『刻戻り』中の僅かな猶予で、それを元に『過去改変』に賭けるには、可能性が程遠い。


 こいつの中の、『揺るぎない何か』を知っておかねば、俺の言葉は過去のこいつには届かない。


「ユリウス、お前はなぜ、『正義』を行いたいと思う?」


 敢えて、問う。


「何をバカなことを言う! 騎士たる者、正義を行うのは当たり前だ!」


 まぁ、そう来るわな。予想通りだわ。


 隣で、セレスさんが、“今、それって必要なの?”という疑問を浮かべた顔をしているが、これはむしろ大事なことなのだ。


 『刻戻り』、過去に飛んでも何も出来ない俺が、唯一出来ること。それは相手の信頼を得ることのみ。


 ならば!


「では、お前の言う『正義』とは?」


 そう問うと、ユリウスは一瞬、言葉を詰まらせた。


「…………決まっている。騎士の『正義』とは、女性や子供、弱き者を守ること。オレは、騎士たる父や祖父からそう習った」


 騎士であれば、弱き者達の前に立ち、皆を守るのが使命。


 その為にこそ、主人の命に従う。


「オレの祖父や父も、戦の度に戦地の女性や子供を守る為に全力を尽くしてきた。それが騎士たる者だと幼い頃から習った。もう戦が無くなったとしても」


 そうした祖父や父が、誇らしく憧れであった、と。


「例え、貴族制度が無くなったとしても騎士としての矜持(プライド)は消えん!」


 それが、こいつの原点なのだろうなぁ。


 だからこそ、今、少年ギャング団『バルスタア団』への掃討作戦に矛盾を感じている。


 ……何とか、なるかな。








 あとは、こいつと過去にどう接点を持つか、だが……やはり、そもそも過去の俺とユリウスが実際に会っていた事実が無ければ、『刻戻り』で急に実体のない俺が出現しても、コイツは警戒するだけだろう。


 と、考えると、今から過去を変えるには大体、昨日あたりでユリウスと俺が何かしらの接点があったかどうか、なのだが。


 出来れば、レイチェルをバルのアジトに向かわせる前で、だ。


 どうだ?


「あるぞ。君を、『サファナ判事を(かくま)った共謀容疑』で、昨日の朝に逮捕しに行った時だが……覚えてないのか?」


 ………………オイ。


 ユリウスー! お前が、俺を牢屋にぶち込んだんかーいッ!!


 痛たた、お前が興奮させたから、また左肩の傷が痛みだしたじゃねーか!


「いや、だからこそ、昨日、牢屋から救い出しに行っただろうが」


 やっかましい! やはり、コイツが最初の元凶じゃねえか。くそー。


 そもそも、逮捕容疑が出てもレイチェルは庇って、俺やクリフトン教授はそのまま逮捕とか明らか待遇が違いすぎるぞ、この野郎。


 くそ、まぁ、そんなことを今更、言ってても仕方あるまい。


「で、俺を逮捕したのは何時だ?」

「昨日の朝だが……ちょうど時計塔の鐘が鳴っていたので恐らくは7:00頃だろう」


 ……朝一で逮捕に来たのかよ、コイツ。


 じゃ、なくて、昨日の7:00なら『刻戻り』するなら今日の13:00がリミットじゃねーか。


 懐中時計を見る。


 時刻は12:50




「もう直前ね」


 隣でずっと話を聞いていたセレスさんが呟く。


 多分、もう俺がどうするつもりかは把握しているのだろう。


「また、『過去を改変』するつもりなのね」

「そうなりますね。……それ以外、この状況を打破(だは)する方法は無い、と思います」


 セレスさんは、はぁーっ、と一言、ため息をついて、


「仕方ないわね。……ただ、気をつけて」


 とだけ。


 うーん、てっきり、止めると思ったのだが……


「私が、止めると思ったでしょう?」


 思ってたことそのものを指摘されてしまった。


「アッシュ君、キミは私の想像以上に凄いわ。キミなら……『過去を修正』することも、また」


 う、うーん……これは俺を買って、くれてる、ということなのか?


「ただ、そうであっても、『刻』は無慈悲よ。……だから、本当に気をつけて」


 そう言って、セレスさんは、俺に顔を寄せ……




 頬に、ふとした感触。


 これは……セレスさんの唇の……!? な、なんじゃ、こりゃ……




「フフッ……レイチェルさんに悪いから、今回はここまで、ね。……続きがして欲しかったら、必ず無事で帰って来なさい。アッシュ君」


 セレスさんはジッと俺の目を見つめていた。


 ……その時の俺は、ただドギマギするしかなかったのだが。


「アッシュ君。これは君にしか出来ないことだと思う。自分も、ただ祈るしか出来ないが……君の無事と成功を祈る」


 ワルターさんまでが応援してくれる。


 そしてユリウスは期待に満ちた目線で俺を見る。


 ……お前まで期待し過ぎやろ、おい。








 大使館の窓から見える時計塔の文字盤は12:59


 そして、針が進み、13:00になった瞬間、例によって文字盤が蒼く光り出す。


 その指し示す時刻は




 7:00




 セレスさん、ワルターさんやユリウスが息を飲む中、世界は既に、その全ての動きを止め、永遠とも思える静寂が広がっていく。




 その見える全てが灰色のモノクロームに染まり、そして彼らがやってくる。




《ウフフ……》

《アハハ……》




 脳に直接響き渡る笑い声。


 青い燐光を纏った少年少女達がその空からゆっくり舞い降りる。




《これは、君と僕たちの契約……》


《この町の嘘をあばくために……》


《その為に、君らは町に追われることに……》


《それが、望まぬことだとしても……》


《抗いなさい、この町に、世界に……》


《そして、私たちの元へ……》


《辿り着くのよ、全てを壊す為に……》


 ——君の想いを、届けなさい! 私たちに。




 瞬間、世界が反転する。


⭐︎⭐︎⭐︎

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