15章③『一同皆でライチャスネスな脱走劇』
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「私に任せて! 『天使似』は夜目が効くのよ!」
セレスさんが細剣で斬りかかる。
「セレスお嬢様!」
「大丈夫! ワルターはアッシュ君をカバーで」
いや、違う! ヤツらの狙いはバルのアジトなんだ。
であれば……狙われるのは……キケセラ!
闇に気配を消そうとするキケセラの前に、空から降ってきた影。
そいつは……赤髪のウィッグに例のモノクルを掛けた隻眼のピエロ。
「うッ!? コイツ……なんなのよ!?」
「フッ、遅い」
黒マント達に囲まれたセレスさんも、俺を守る為に隣にいるワルターさんも、間に合わない。
マズイ!
曲剣が闇夜に輝き……振り下ろされる。
ガキィーンッ
その刃を阻んだのは横から突き出された直剣だった。
「チッ! 邪魔してくれるな、憲兵隊殿」
「……アンタ……アタシを庇って」
ユリウスは、突き出した姿勢のまま、直剣を横に薙ぐ。
咄嗟に、バックステップして避けるピエロ。
「騎士は……女、子供を守らねばならない。それが騎士の『正義』だ!」
ユリウスは叫んでピエロに斬りかかる。
が、ニヤァッとピエロを笑みを見せて更なる暗がりへと、その身体を踊らせ……闇夜に消える。
「なにッ!?」
ユリウスが、相手の姿を見失った瞬間、その背後の暗がりから、曲剣の刃が降りかかる。
危ないッ!
その刃がユリウスを切り裂く寸前。
ガバッ
キケセラが、ユリウスを突き飛ばしてその凶刃は空を切る。
「アンタに、借りを作ったままじゃ、こっちの気が落ち着かないんだからね! ……助かったわよ、騎士さん」
「……ああ、こちらこそ、助かった。キケセラ嬢」
その二人に再び襲いかかるピエロ。更に背後からは黒マントが取り囲もうとする。
「待ちなさい! 私が貴方の相手をしてあげるわ……少尉はキケセラちゃんとタッグで」
「ああ、了解した」
「オーキードーキー!」
ユリウスが迫り来る黒マント共をその直剣で迎え撃ち、闇夜からその隙を狙う黒マントの刃をキケセラが気配で察知して注意を促す。
ワルターさんは俺を守りながら、周囲を取り囲もうとする黒マントをその長剣で一掃する。
そして、夜目に優れるセレスさんが、暗がりに身を隠そうとするピエロを捉える。
……しかし、そのピエロがニヤっとする。
まさか……!?
「ダメだ、セレスさん! 深追いしては!」
「フフッ、大丈夫よ、アッシュ君。私に任せなさいな」
セレスさんは笑みを浮かべて、その細剣をピエロに突き刺す!
その瞬間。
ブワァッ!!
闇夜に、真っ赤に輝く炎が巻き起こる! 炎の熱気が離れたこちらにも肌を焼く様に伝わってくる。
「クッ!?」
くそッ! やはり、例の手品の種を隠してやがった!
至近距離で、ピエロが放つ炎の光を当てられたセレスさんは、数歩、後ろにたたらを踏み、目を覆う。……恐らくは急な光を浴びせられて一時的に視力を失っているはず。
『天使似』の夜目の効きを、逆に利用されたのだ。
「ハハハッ! 特使嬢は深入りし過ぎたみたいだな……死ね」
ピエロの持つ曲剣がセレスさんを襲う。
「アッシュ君! ダメだ」
ワルターさんが止めるが、もうこれしか無い。
その直前から走り出していた勢いのまま、セレスさんに体当たりして押し出す。
と、同時にピエロの刃が俺の左肩を切り裂く。前の様に、焼けた鉄を押し当てられたような熱さが迸る。
「ハッ! 殺す予定のヤツから飛び込んできてくれるとはな」
ほんの僅か、手を伸ばせば触れれるほどの距離でピエロがニヤリとする。
焼ける様な痛みが肩をジンジンとさせる。
そうか……よ!
ヤツが再び、曲剣の刃を振りかざす。その間に、俺はヤツの……赤髪のウィッグを右手で掴み、投げ捨てる!
そこに現れたのは……
「銀髪……!?」
すんでのところで、曲剣の刃が振り下ろされる前に、細剣で防いだセレスさんが呟く。
そう。
ウィッグを取り去ったヤツの髪は、銀色の髪をしていた。
そして、モノクルで隠されていたが、その隙間から覗くピエロの左眼。それは……黄金の色をしていたのだ。
「ククク……そうだ。俺も特使嬢、貴様と同じ『天使似』よ」
愕然とするセレスさんにピエロはそう宣言する。
そして、
「我が主君の阻害因子。我が名はシクルド! 貴様に死を与える存在よ!」
ピエロ——いや、シクルドはおれにトドメを刺すべく曲剣を振りかざす。
コイツは馬鹿だ。
俺という足枷が無くなったワルターさんなら、あっという間に周囲の黒マントを薙ぎ倒す。
そして、自由に動けるようになったあいつらは……
「行くわよ、少尉」
「承知!」
俺とシクルドの間に、疾風の如く割って入ったユリウスが右手の直剣で、遅い来る刃を受け止める。
そして、背後の闇に同化していたキケセラがシクルドの首にロープを巻こうとして、
「チッ! こやつらがッ」
瞬間、シクルドはまるで地を這うように姿勢を低くし、四つん這いになってまるで虫のように地面をかける。その姿は……言っちゃ悪いけどゴキブリを思わせる。
き、器用すぎるだろ、お前。
「アッシュ君! 出血が……!?」
分かってますよ、セレスさん。自分の身体くらい。
左肩からはジンジンと熱い痛みと共に血が流れ落ち続ける。
しかし、今はそれよりも……
「……やはり、殺しきれない、か。阻害因子」
そのセリフはこちらも同じなんだがな。何度も敵対するも、徹底的に抑えれるまではいかず。……そのせいでまた次の被害が生み出されている。
今回だってそうだ。
ヤツが、ピエロ=シクルドが『天使似』であったから。
だから、過去改変してアルサルトの詩集本を元の蒸気船の仲間達に無事に渡ったにも関わらず、お前の『刻の揺らぎ』、前の時間軸を知る能力で、『レイチェルや俺たちが詩集本が証拠になり得る事実を知った』ことを認識し続けた。
そうして、過去を改変しても、変わらずレイチェルを追い続けた。
そうだ。お前のせいで、レイチェルは!
「クハハ……で、あれば貴様が最も大切にしているモノ、それをまずは……」
シクルドはそう言って唯一残る左の黄金眼で俺を睨んできた。それはこの闇夜でもハッキリと俺には見えた。
「壊してやる」
そう言って、シクルド達、黒マントは闇に溶ける様にその姿を消し、冷たい笑い声だけを残していくのだった。
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