15章①『一同皆でライチャスネスな脱走劇』
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「なんじゃ、こりゃあぁぁぁーー!!」
ふざけるなぁッ! ユリウス、お前ーッ!
なんで、牢屋の中にいるんだ、コレはなんだ!? マジでふざけるなよ!
お前の言う通りに『刻戻り』で過去改変した結果がこれ、とは、どーなっとるのだーッ!?
……やっぱ、ユリウスの頼み事なんざ、聞くべきではなかった、てことかよ。余計に悪化してる気しかせんぞ。
絶対に許さん!!
「……その声は、アシュレイ君か?」
聞き覚えのある声がした。
これは……まさか?
「クリフトン教授、ですか!?」
姿は互いに見えないが、声が聞こえたのは隣からだった。恐らくは隣も留置場。彼もそこに捕えられているのか。
「ああ。そうだとも。まさか、君も捕えられていたとはな。いや、私が捕えられていることを鑑みればレイチェル君に親しい君が捕えられるのは必然か……」
いや、勝手に当たり前にせんで欲しいんですけど。というか、『刻戻り』のせいで俺は、自分が何でここにいるのかも理解できんからなぁ。
マジで、何がどうなって、こーなったんだよ、オイ! 本間に許さん、ユリウス!
「ここに君がいる、と言う事は、君自身もレイチェル君の居場所は『知らない』と憲兵隊、つまりジーグムント市長から彼女を庇い続けた、ということだね」
……記憶が無いんで分かんないんですけど、そーなるんじゃないですかねー。
「……てか、レイチェルは何の容疑で追われてるんです?」
そうなのだ。冤罪疑惑の大元である筈の、例の詩集本はレイチェルの手元には無い。
何を持ってレイチェルに冤罪容疑をかけれるんだ!?
「アルサルト、いやカルタ帝国が、外交ルートから『サファナ判事が賄賂を使って憲兵を買収して証拠を捏造した可能性がある』と捩じ込んできたらしい」
なんじゃ、そりゃ!?
「そんなの、あるわけ無いじゃないですか!?」
「そうだな。そんなのは、無い」
なら、何故!? そんな無理が通るわけ……。
「…………ジーグムントは無理矢理でも一度、容疑で引っ張り、この憲兵隊ではなく市長直下の近衛連隊内部で勾留する気だろう。そこでなら、どんな証拠も捏造できる」
んなッ!? 近衛連隊だと!?
憲兵隊が町の治安維持、警察的役割とするならば、近衛連隊は言わば市長直轄の軍組織だ。
そんなモノまで引っ張り出すのかよ!?
どうすれば……
「方法はある」
え!? それは一体……
「明後日、開かれるアルサルトの2回目の公判でレイチェル君の容疑が全く証拠が無い事を公表するのだ。あの場なら多くの記者がいる。容疑が無理筋であることを知れば、市長やアルサルトも今後は無理は出来まい」
……確かに。
曲がりなりにも、このクロノクル市は民主制度の国だ。記者がいて、議会があり、何より来月の選挙でヤツが落選すれば何も出来ない筈。
その為にも、記者に疑惑を書き立てられることを回避する。それは有り得る。
「ただ、その為にはレイチェル君自身が明後日の公判まで憲兵隊に捕まらず、裁判に出席せねばならないが」
……そうだった。それが前提条件なのだ。
だが、この留置場にいる俺には何も、レイチェルに手を貸せない。
俺の最も大事な妹分が危機的状況なのに、肝心の兄貴分である俺が何も出来ないなんて……くそ!!
何とか……何とかならないのかよ!
カツ、カツ、カツ……
石畳を、足音を響かせながら誰かがやってきた。見張り、か!?
「相変わらず、牢屋でも元気そうだな、アシュレイ」
そう言って、牢屋の前にやって来たのはユリウスだった。
お前……お前のせいで、こんなことになっとるんじゃー!! 何をお気楽なことを言いやがって……ウガーッ!!
怒りで燃え狂うあまり、何も言えない状態の俺の代わりにクリフトン教授が問う。
「ユリウス君、君がここに来たのは何故かね? 確か、私を逮捕したのは君自身だと記憶しているが」
「……その節は誠に申し訳ありません、クリフトン判事長」
ユリウスは隣の牢屋前で膝をつき頭を垂れ、恭順の姿勢を取る。恐らく、その前に居るのはクリフトン教授。
……どう言う事だ??
「……今回のジーグムント市長の強引な命令には憲兵隊内部でも異論が出ているのだ」
だから、この留置場内にも容易に入れたのだ、と。
「オレ自身も……正直、迷っている。何が……正義なのか……オレはどうするべきなのか……」
……レイチェルへの嫌疑だもんな。だが、迷いながらもコイツはレイチェルを庇ってくれた筈。そこだけは信用できる。
それ以外は信用ならんがなー。
「ここは私が何とかする! アシュレイ君、君はレイチェル君を頼む!」
そして、クリフトン教授はユリウスにも。
「ユリウス君。君の正義を確かめる為にも、アシュレイ君と共に行くべきである! 彼女と合流するのだ」
「……クリフトン判事長! そのお言葉で自分も覚悟を決めました。ありがとうございます!」
何やら感極まっておるが、早くここを開けろや、コラ。俺はマジでお前のことは許さんからな。
「折角、オレが助けてやったのにお礼の一つも言えないのか、貴様は」
こんな状況にしやがった元凶に言われて、お礼が言えるかーッ!
とゆーか、お前、この前は俺に『最大の感謝を』とか言ってただろーがッ!!
「ハァ? 何を訳のわからぬことを……」
訳がわからんって……あーッ!
……そうだった。過去改変で時間軸が変わったから……ユリウスにとっては無かったことになってるのか……
あの『必ず、礼はする』の言葉は、この時間軸では消えてしまっているのだ。
な、なんだそれは……詐欺にあった気分だぞ、おい。
「馬鹿な事を言ってる前にここから出るぞ、オイ!」
くそー。納得いかんぞ。
留置場なる牢屋を抜け出した俺とユリウスは互いにぶつくさ言いながら、何とか外に。
懐中時計の時刻は、18:30
そこにいたのは、
門番の隙をついて、憲兵隊本部を抜け出した俺とユリウスの前に待っていたのは、外ハネしている緋色のショートボブに気の強そうなツリ目、そして薄いそばかすが特徴の女の子。
キケセラだった。
何故に!?
「あー、やっとだね、遅いよ少尉。じゃ、行こうか、アシュ兄ちゃん」
待て待て! 色々と情報が足りんわ!
「えー? ……説明してないの? 少尉?」
と、僅か13歳ながら倍近い歳のユリウスをジト目で睨む。
「……すまん。本部内で話すには何かと」
「もう。しょうがないなぁ」
と、説明してくれたのは……
やはり、以前の時間軸と同じく、今朝、ジーグムント市長から直々に憲兵隊大隊長へ『レイチェルの違法捜査容疑での逮捕』の指示が降りたらしい。
で、クリフトン教授と俺は速攻、逮捕・勾留されたのだが、レイチェル自身はユリウスが一旦、匿い……
「今は、ボスのアジトにいるわ」
「……彼のアジトが一番、安全と思ってな。我ら憲兵隊が数年に渡って調査しても判明しない隠れ家」
「あったり前でしょー。ボスがめっちゃ工夫してるんだもん」
そうか。レイチェルの安全の為、ユリウスはバルに頼んだのだ。レイチェルを守ってくれ、と。
しかし、バルもよく受けたな。
あれだけアジトの場所がバレるのを忌避していたアイツが。
「……ボスは困ってる人を見捨てたりしない。仲間を、家族を決して見捨てないわよ」
……そうだな。
それが、バル・ライトイヤーという漢だ。俺の信頼する同僚。
「それで? 今から行こうと言うのは?」
「だからぁー! アタシ達のアジトだよ! ……本当、この人が話を通してないからむっちゃ時間の無駄なんですけど」
「…………」
ユリウスよ、お前、13歳の娘にもボコボコだな。ふん、いい気味だ!
その時だった。
「その同行、私達も護衛として協力させてもらっても良いかしら?」
秋から冬に差し掛かるこの黄昏時、大広場の隅で目立たぬように居た俺たちに声をかけてきたのは、
「……セレスさん? どうして、ここに!?」
何故、このタイミングでここに!?
「フフーン! キミの居る所は、いつでも私には分かるのよ! 愛の力でね!」
えーッ!? マジで!?
……いや、めっちゃ怖いんですけど、ソレ。◯トーカーですかいな!?
「……アッシュ君、親しき者の『刻の揺らぎ』、お嬢様ぐらい鍛錬された方ならその『揺らぎの場所』も特定できるのだよ」
ワルターさんが解説してくれる。
なんか、後ろでセレスさんが『ネタバラシが早すぎるー!』とか、ご立腹の様子だが。
……なるほどなぁ。これが『天使似』の力か。『刻戻り』で戻ってきた場所まで特定できる、と。それはそれでヤだな。
そして憲兵隊本部から出てきた俺たちを追ってきた、と。
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