13章③『素敵にイリシットラビングな三角関係』
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既にパーティー自体は始まっていた。
クリスタルのシャンデリアが煌めき、豪奢な装飾の中で、豪華なドレスを纏った元・貴族たちが談笑している。
背景には静かに流れるオーケストラの調べが、パーティーの雰囲気を一層高めていた。
そして、その中心、クリフトン教授やユリウス達に囲まれて彼女がいた。
——レイチェル。
パーティー用の赤いドレスに、自作の紅玉石のネックレスを身につけ、普段は背中に流してる髪をアップにしている。例の度の無いモノクルをここでも掛け続けているのは流石というか。
他の3人の新人判事達と同じく、数多くの人々に囲まれ、祝福の言葉を受けているが、やはり一番の中心は彼女だった。
“史上最年少の天才少女判事”
位の高そうな元貴族や富裕層らしき者たちが次から次へとこぞって彼女に一言、挨拶をしに来る。
愛想笑いを浮かべながら、立ち振る舞っているが、その仕草は堂々としたもので、とてもいつも俺たちと一緒にいる妹分の様には見えなかった。
やはり、あいつは俺たちといるよりも、こちらの世界の方が本当の力を発揮できるんだろうか……。
「ハイハイ、何してるのアッシュ君? 私たちも彼女にお祝いを告げに来たのでしょ? ちゃんとあの場まで私をエスコートしてよね」
隣のセレスさんが、ふと動きの止まった俺を急かす。
「あ……はい」
「……フフ、大丈夫よ、アッシュ君」
?? 何が大丈夫なんだよ?
「キミも……負けず劣らず、いやもっと凄いと私は思うわよ」
なにを言って……
「だから、自分に自信を持ちなさいな、アッシュ君」
セレスさんの言っている意味は分からなかった。
が、あのお偉方の輪の中に入って今日の“主役”に挨拶しに行くきっかけをくれたのは確かだった。
……後で猛烈に後悔するんだけどな。
元貴族・富裕層達の多数が囲む中を近づき、ようやく彼女の前に出る。
「え!? アッシュ!?」
俺の姿を見て、レイチェルはその目を丸くして、驚きの声を上げる。
……それはいつもの大事な妹分の姿だった。
「あ、ああ。セレスさんが中に入るのに手伝ってくれて、な」
「そ、そうなの……」
なんかぎこちない表情でレイチェルはセレスさんの方を見る。
「アッシュ君、今日は私のエスコート役で来てくれているのよ。ね?」
なんで、そーなる?
何やら隣のセレスさんはニヤァッと例の笑顔。
……これが出ると嫌な予感しか無いんだよなぁ。
「ほほぉ、特使がアシュレイ君のことをそこまで気にいっているとは、なぁ……」
しかし、クリフトン教授はそれ以上の言及はせず。その傍のユリウスも敢えて言葉にしなかった。来賓者扱いでのパーティー参加をスルーして許してくれるってことなんだろうな。
「ふーん……そうなんだー。アッシュがエスコート役って、どーしてそーなるのかしらねー?」
が、スルーしてないのは肝心のレイチェルの様だった。なんでだよ。
そのジト目は、セレスさんに強引に繋がされた俺の左手を見つめている。
な、なにやらいきなりご機嫌ナナメだが。
取り敢えず、ここまで来た目的を果たしておくか。
「あ、ああ。さっき就任式後にも言ったが、正式な判事就任、本当におめでとうレイチェル。……すごいな、町全体を挙げてのパーティーの主役だもんな」
と、レイチェルの就任をお祝いしたつもりだった。
「ええ、そうよねー。そうなるみたいねー、世間的には」
……祝いの言葉がまるっきり滑ってるんですけど、オイ。
おかしいな……俺はレイチェルに喜んで欲しくてわざわざこのパーティーに参加した……いや、セレスさんに無理やりさせられたんだけど、何でこんなに機嫌が悪いんだ??
「フフフ。まぁ、主役がそんなにツンケンしてると、皆さんが引いちゃうかもしれないわよ、レイチェルさん」
俺のすぐ隣から、火に油を注ぐ様なことを仰るセレスさん。いや、マジでヤメテ下さいな。
何かを察したのか、クリフトン教授、ユリウスや他の人たちもそそくさと、その場から距離を取り始める。ワルターさんなんか、最初から離れててこちらが見てもただ黙って頭を振るだけ。……あの人、意外と卑怯じゃね?
「今日はせっかくのお祝いのパーティーなのだから、ホラ、もっと楽しんでくれなくっちゃ、ね?」
と、言いつつ、給仕が運んできた何らかの飲み物が入っているグラスを3つ取り寄せ、それぞれ俺とレイチェル、そして自分自身に手渡す。
「はい、レイチェルさん、正式な判事就任、見習い卒業、おめでとう! カンパーイ」
「…………」
「…………」
も、猛烈にここから出ていきたいんだが、絶対に無理な感じ。
さっきまでレイチェルを中心に取り囲んでた人の輪が急速に離れて、俺たち3人だけに。
何故だ、何故にこうなる??
「私、そんなにツンケンしてますか?」
「うーん、そういう所がちょっとそう見えちゃうかもね? レイチェルさん、可愛いんだから、もう少し愛想良くしてもいいのかもよ?」
「愛想も何も私、普通なんですけど」
「そうなのねぇー。それがレイチェルさんの普通なのね。うーん、それは女の子としては少し残念かも」
「それ、どういう意味です?」
「男の子って、愛想の良い女の子に弱いものなのよ、結局ね」
何だろう。この2人を中心に急激に温度が下がってるような……
「別に、そんなことは無いと思います。愛想なんかよりも、本当に相手が好きかどうかが……」
「フフッ、レイチェルさんは今まで恋愛とかしたことはあるのかしら?」
「ちょッ!? それ、関係あります!?」
「あるわよ、だって経験則だもの」
「…………」
「レイチェルさんも……恋愛を経験したらわかるかも、ね?」
何だろう、これはとても危険な場所にいる気がする。俺のカンがそう告げている。
ああー、帰りたい帰りたい帰りたい。
「恋愛の経験者として、教えてあげる。愛想って大事よー?」
「…………アッシュはどうなの?」
「アッシュ君も年頃の男の子だもの。やっぱり愛想の良い子がいいに決まってるわよね?」
何故、俺に振る?
右に紅玉色の瞳で俺に迫るレイチェル。
左に黄金の瞳で流し目を送ってくるセレスさん。
ああ……俺は平和なのが一番なのに。
「「さぁ、どうなの!?」」
二人の視線が痛い、痛過ぎる! 俺、ここから無事に帰れるのか?
結局、これが俺の初パーティーだったのだが、何を食べたのか、何を飲んだのかも分からず、苦痛の数時間を過ごしたのだった。
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