13章②『素敵にイリシットラビングな三角関係』
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就任式が終わり、レイチェルが囲み取材をようやく抜けて来た頃には時刻は15:30になっていた。
朝からの裁判と言い、もはや1日仕事だな、これは。
「ごめんね、ミリー。待たせちゃって。アッシュも」
「ううん、レイチェルお姉ちゃん、すっごくかっこよかったよー! おめでとう! ミリー、感動したもの! ミリーもレイチェルお姉ちゃんみたいに頑張りたいなぁ」
「そう? ミリーにそう言ってもらえると私も嬉しいかな、えへへ」
ミリーの言葉に、嬉しそうに微笑むレイチェル。
「ああ、本当に良かったぞ、レイチェル。おめでとう!」
俺の言葉にレイチェルは少し頬を赤らめ、恥ずかしそうにしながら、
「うん……ありがと。アッシュに見てもらえてる、て思うとすごく勇気づけられたから」
そんなものなのか?
まぁ、大事な妹分の力になれてるのなら何よりだが。
「しかし、朝から裁判に、就任式と大変だったな。これでようやく今日の予定は終わったのか?」
「それが……」
俺の問いかけにレイチェルが言い淀んだ時だった。
「ここに居たんだね、レイチェル君。おや? そこにいるのはアシュレイ君かね?」
俺たちに声を掛けてきたのは長髪の白髪姿のクリフトン教授——いや、判事長か。ついレイチェルの大学時代での接点が多いもんでそっちで認識してしまうんだよなぁ。
と、その隣には何故かいつもの憲兵姿ではない、白の礼服を着たユリウスまでいる。
「自分がいるのが納得いかない、とでも言いたげだな」
フン、と鼻を鳴らして言うユリウス。
誰も、んなこと言っとらんだろーが。……心の中では思っているが。
「これでサファナ判事は正式に判事として認められ、我らが憲兵隊をも指揮される立場。我々憲兵隊がそれを讃えない訳が無いだろうが」
聞いてもいない出席理由を言い募る。誰も理由なんざ聞いてないっつーの。
「……相変わらず、アッシュもバル君も、ユークリッド少尉とは相性が悪いみたいね」
苦笑気味にレイチェルが言う。
相性じゃなく、きっと前世での奴の行いが悪いんだな、違いない。
「それはともかく、この後、夜には懇親会場でレセプションパーティーが行われるそうなの。私もそれに参加するように言われてて……良ければ、アッシュも、どうかな……?」
例の左眼のモノクルの奥で上目遣いに頼み事をするレイチェル。いつもの俺への甘えた仕草だ。
これが出ると、俺はこの妹分の頼みを受けざるを得ない。
“ああ、構わないぞ”
と、答えようとしたのだが、
「ああ、レイチェル君。彼が出席するのは無理なんだよ。残念だが」
クリフトン教授が、それを否定した。
「海外の方々も招いての国の行事としてのパーティーなのでね。出席者はそれなりの地位のある者に限られているのだよ」
地位、ねぇ。
教授の隣のユリウスが何やらニヤッと笑みを浮かべる。
騎士級ということはこいつも貴族の出、なのだろう。
クロノクル市は貴族制を廃止し、民主制を取り入れた。と言っても、結局、政府の要職や富裕層は元貴族がほぼほぼ占めていて、細かなところではこんな身分制度じみたものは生き残っている。彼らが顧みない貧民窟はそのまま捨て置かれて、だ。
バルが嫌ってる所以である。
「え!? ……そんな、アッシュが出れないなら私も……」
「主役のレイチェル君が参加しなくてどうするのかね。このパーティーは君達の御披露目でもあるのだから」
「…………」
俺やミリー達、ただの平民は、申し訳無さそうに頭を下げながら教授の後をついていくレイチェルを見守ることしかできなかった。
有休を使って、朝から町の中心街を行き来する俺のスケジュールはこれで全て終了となり、何の予定も無くなった。
“今からリアンちゃんと会う予定があるの。また今度、一緒にね”
と言ってミリーは両親と一緒に帰って行った。
しかし、リアンはそんな自由に出歩いて大丈夫なのか?
“トライド君ってお兄ちゃんが町にいる時は護衛でついててくれるんだって。何かあったら呼子笛ですぐ憲兵隊も呼べるからって。あとキケセラさん、てお姉ちゃんも一緒みたいだよー”
あー、トライド、か。確かに彼は若いが強かったな。キケセラもいるなら確かに安心か……
だが、そう言いつつもミリーの表情は微妙だった。
どうしたのだ?
“うーん……トライド君ねぇ……リアンちゃんに一目惚れしたんだって。『必ずキミを守るっス』て言ってたんだー”
一目惚れ、ねぇ…………
…………あれ?
トライドは確か13歳と言ってたな。リアンは確か……8歳……。
いや、歳の差は決して悪いわけでは無い。悪いわけでは無いのだが……。そ、その歳の5歳差、なぁ……。
ミリーの微妙な表情が俺にも移ってしまうのだった。
ミリー達とも別れ、手持ち無沙汰で帰るか、としていた時だった。
「あら、アッシュ君じゃない。こんな所で何してるのかしら?」
俺を呼び止めたのはセレスさん、それに後ろに控えるワルターさんだった。
「アッシュ君達もレイチェルさんの就任式に参加してたのよね? 私たちもその帰りよ」
そういうセレスさん、裁判の時の服装と違って司祭服、白のアルバを纏っている。
……この人、本当に司祭だったんだなぁ。
感慨深くて、つい思った感想をこぼしてしまった。
「……キ、キミは私のことをそんな風に見てたの……!?」
おー、この人がダメージ受けた表情、初めて見たわ。何故か、後ろでワルターさんが何やら複雑な表情をしている。
「それより。こんな所で何してるの? 確か、次はレセプションパーティーなんだから、ちゃんと準備しておかないといけないんじゃない?」
「ああ、それ、俺たちは参加出来ないんですよ」
何せ、平民なもんで。
「……なるほど、そうなんだ……フフーン!」
説明すると、何やらセレスさん、ニヤァッと例の小悪魔的笑みを浮かべる。
……いや、なんか嫌な予感がするぞ。
「それなら、この私に任せなさいな! いいやり方があるのよ」
「いや、俺は別に……」
「はいはい! キミはレイチェルさんの晴れ舞台を見に行かなきゃダメでしょ!」
俺が断ってるのに、セレスさんは無理矢理、俺を引っ張る……いや、これは拉致だろ、おい!
セレスさんの強引な力に抵抗できず、ワルターさんに助けを求めるも、何でなのか目も合わさずに首を振って拒否され俺は彼女に連れて行かれてしまうのだった。
なんだこれは、なんだこれは、何なんだこれは……
目の前の鏡に写る自分の姿が信じられん。
どうしてこうなった……。
「いやー、馬子にも衣装ね。素敵にカッコいいわよ、アッシュ君」
セレスさん、それ、褒め言葉に全然なってない。
強引にソリスト教国大使館に連れ込まれた俺は、そこのメイドさん達に無理矢理、髪を整えられ整髪料を付けられ、更には黒い礼服を着させられ……。
その間、俺の意見はいくら言っても全くの無視だった。なんとゆー人権無視よ。
かく言うセレスさんもそのスタイルの良さがバッチリ浮き出る黒紫のドレスに身を包み、その唇には真紅の口紅。光の下、腰まである銀髪が輝き黄金色の瞳が蠱惑的に映る。
全然、司祭っぽくない。まぁ、こっちの方がセレスさんっぽいけど。
「さ、これで準備は出来たわね〜」
すっかりご機嫌なセレスさん。
いや、だから俺はそもそも参加権が無いんですけど……
「キミは私たちが連れてきた来賓扱いにしておいたから、そのつもりでね」
そんな無茶苦茶な……強引過ぎるぞ、セレスさん。
でも、受付もそれで顔パスでスルーして、俺たちは会場に入るのだった。
結構、いい加減だったんだな、これ。
「はいはい、アッシュ君。こういったパーティーでは男性はレディをエスコートしなくちゃいけないのよ? ちゃーんと私をエスコートしてもらわないと、ね」
そう言って手を差し伸べるセレスさん。
いや、そういうのはワルターさんの役割なのでは?
と、思ったのだがセレスさんは強引に俺の手を取ると俺にリードさせるように歩き出す。
こ、この人、俺の話を聞く気、無いんでは……!?
パーティーに参加できたのは良かったのだが、これは何やらよろしくない方向に行きそうな……今すぐここから逃げ出した方が良くね?
そんな俺を無視してぐいぐい引っ張るセレスさん。
いやいや、それ、エスコートじゃないだろ、逆だろ。
——後から思えば、この時、この直感に応じてれば良かったんだよ、俺は。
うん、後悔してる、マジで。
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