13章①『素敵にイリシットラビングな三角関係』
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「では、被告は起立を」
長髪の白髪を揺らしつつ述べたクリフトン教授の言葉に、ヤツ——アルサルト・リーベラはその場に起立する。
時刻は10:30
初めて顔を見たが、何とも、でっぷり太って脂ぎったオヤジ、それが俺の初印象。長期間、勾留されてたはずなのに、やつれた様子が欠片も見受けられない。
アルサルトは弛んだ顎を揺らしながら答える。
「はいはい。外務大臣におかれましては、この理不尽な対応について是非とも改善を考慮して欲しいところですなぁ」
「……ここは裁判の場であり、今の私は判事長としての立場ですぞ。外務大臣としてここにいる訳では無いのです。ご理解頂けるかな?」
やれやれ、と言った風に頭を振って、クリフトン教授、じゃない判事長はこれまた真っ白に染まった口髭を揺らしつつ諭すようにアルサルトに説明する。
あの人、外務大臣も兼ねてたんだっけ。どんだけ、役職を重ねてるんだか。ウチの国が如何に人材不足であるか、も示してるけど。
でもそのせいで手が回らんくなってレイチェルとかに仕事をぶん投げられたりしてるんで。その辺り、レイチェルの兄貴分としては何とかして欲しいと本気で思ってる。
「では、原告側」
クリフトン判事長の呼び掛けに、立ち上がったのは、例の黒い法服を纏ったレイチェルだった。
「はい、判事長。彼、アルサルト・リーベラには奴隷売買の違法行為を行った嫌疑が掛けられています」
レイチェルはその内容について、傍聴席にいる俺たちにも分かりやすい様に説明し始めた。
大商人アルサルト・リーベラの初公判。
長らく勾留中だったヤツの最初の裁判。やはり大きなニュースなのだろう、傍聴席には記者らしき人物も詰め掛けており、かなりな人数になっている。
「……という事です」
レイチェルの話によると、このアルサルトは貧民窟の孤児院に赴き、そこで複数の児童を自身の商船に招き入れ、本国カルタ帝国に連れて行こうとしていたというのだ。……児童奴隷として。
「全くの誤解ですな。我が母国、カルタ帝国での生活の在り方を教えてあげたところ、移住を希望される子達がいたので、あくまで彼らの希望に沿って、連れて行ってあげようというだけですよ。よほど、貴国での生活が辛いのでしょうな……それとも、そこに何らかの金銭的やり取りでもあったと仰るので?」
あくまで親切心から、と言い切るつもりらしい。
「……判事長、こちらの証人から証言をしてもらっても良いでしょうか?」
「構いませんよ。では、原告側の証人をこちらへ」
レイチェルが証人として呼んだのは……セレスさんだった。
その腰まであるサラサラの銀髪をたなびかせながら、中央の証言台へとツカツカと歩み寄る。
……何故か、一瞬、傍聴席にいる俺の方にチラッと流し目を送り、笑みを浮かべる。
「では、聖教ソリスト教国の特使である私、セレスティア・トリファールが証言させて頂くわ」
そう言い置いて、セレスさんは証言を始める。
それは、主に聖教ソリスト教国が調査した内容でもあり、つまり大商人アルサルトの他国での奴隷売買の有り様であった。
カルタ帝国や一部、奴隷制度が残る国々を回り、孤児院や親にはお金を握らせ、子供たちに『夢や希望の生活』を語り、自らアルサルトの船に乗せてしまう。その後、彼らが行き着く先は、
「……奴隷として他国に売られるか、もしくは帝国の特殊部隊として……洗脳される」
特殊部隊……。
俺の脳裏によぎるのは——例の『黒マント』。まさか……ヤツらは、アルサルトの犠牲者だった?
傍聴席も、その証言内容にざわつく声が漏れ出す。
「ですので、我が祖国、聖教ソリスト教国はかの犯罪者、アルサルト・リーベラの引渡しをクロノクル市国に求めています」
「……セレスティア特使。今の貴女は原告側の証人として立っておられる。私も外務大臣では無く、判事長としてこの場にいることをお忘れ無く」
セレスさんは、クリフトン教授——判事長か、の言葉に両肩をすくめてみせる。断られるのをわかってて言ってやった、というやつだろう。
「困りましたなぁ。その様な妄言。そこまで仰るからには証拠はあるのですかな?」
そう反論してきたのはアルサルト自身だった。
「そもそも、貴国は当初より私を『犯罪者』と勝手に断罪、指名手配までしている。その様な国の使者の言葉など、どこまで信憑性が置けましょうかな」
「……とのことであるが、その証言を支持する具体的な証拠とやらは?」
クリフトン判事長に問われて、セレスさんもレイチェルもグッと唇を噛み締める。
……証拠。やはりそこが一番の問題点だったのだ。
その様子を見てアルサルトは勝ち誇ったかの様に、せせら笑う。
「……これにて第1回の公判は終了する」
クリフトン判事長の終了宣言だけがその場に響き渡るのだった。
時計塔の文字盤はお昼過ぎの12:50を示していた。
別に俺はわざわざ、裁判の傍聴に朝から来た訳ではない。
とゆーか、こっからの就任式が俺の主目的であり、それまでの時間潰しに傍聴してたよーなもんである。
……まぁ、『敵』の中心人物かもしれないヤツの顔を確認しておきたかった、てのはあるのだが。あと、レイチェルの仕事ぶりってやつも。
「あー、アシュレイお兄ちゃん、お待たせー!」
ミリーが両親と共にやってきたのはヤツの初公判が終わってすぐだった。例の大広場で待ち合わせ。
ミリーはいつもの元気いっぱいの笑顔。
「えへへー、レイチェルお姉ちゃんの就任式。ミリー達もお祝いできるんだよねー」
そうなのだ。俺がわざわざ有休を取ってまで(バルには図書館でお留守番をしてもらって)、ここにいるのはレイチェルの就任式、それに参列する為である。
“……アッシュ。今度ね、私、『見習い』が終わるんだ”
そう言われた時、最初、意味が分からなかった。
見習い、とは?
“判事になって最初の6ヶ月は『見習い』扱いなのよ。それがようやく今度の就任式で正式な判事として認められるの……良ければ、アッシュにはその就任式に来てくれたらな、て……”
そりゃ、大切な妹分であるレイチェルの大事な就任式なら参加するに決まってる。
とゆーか、レイチェルよ。
『見習い』扱いで色んな捜査権やら指揮権をあんだけバシバシ行使していたのか……そっちの方が驚きだわ。
思ってたより無茶してたんだな……。
合流したミリー一家と共に行政府の庁舎に赴く。
事前にレイチェルからもらっていた許可証を提示して中に入る。
『100人評議会室』
そう評される、普段は評議会が開かれる、その場所が今回の就任式の舞台だった。
俺たちが居てるのは評議会議員達の議席の遥かに後ろ、聴講者用の座席。それでも200人は入るだろう大広間。1、2階の上下に分かれて評議会全体を眺めれる様になっている。俺とミリー一家はその2階から式に臨むことにする。
その中央、一番の注目が集まるそこは数段上がった舞台になっており、背後には初代ガイウス市長の銅像が立っている。
その前に佇むのは、精悍な顔つきをした中年男性——ジーグムント・ガイウス市長。
流石に、自分の国の首長の顔ぐらい覚えているわい。
そして、彼の前に跪くのは黒の法服を纏った4人。
その内の1人、唯一の女性がレイチェルだ。
ジーグムント市長が一人ずつ名前を呼び上げ、起立する彼らに、本人の名入りの“黒鷲の紋章”を手渡す。
そして、レイチェルの名を呼び上げられた瞬間、記者達が回りを囲み、多くのカメラを向け、ジッと撮影の時間が過ぎる。
……きっと明日の新聞記事のトップニュースなのだろう。
『史上最年少の天才美少女、正式に判事就任となる』
「わー、レイチェルお姉ちゃん、凄いねぇ。記者さんにいっぱい囲まれてるよー」
ミリーが楽しそうに話す。
そうなのだ。
レイチェルは天才なのだ。俺なんかとは釣り合いが取れないほどの。
壇上の彼女と、遥か後方の観客席の俺。
この距離が、本来の俺たちの距離。
周囲が大勢の拍手で湧く中、俺は何とも言えない孤独感を感じるのだった。
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