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刻の輪廻で君を守る  作者: ぜのん
《第2部》『過去は復讐する』
42/68

⭐︎外伝⭐︎12.8章『漢どものオージアスティックな屋台飲み』

***


 常日頃、開店休業かつ残業ゼロの優良企業である我らが図書館司書業務にも、年に数回、時間外業務が発生し得る。




 『棚卸し』




 100万冊以上もある本を一つ一つ丁寧に確認し、傷がないかチェックし、元の決められた本棚に収納し、帳簿に記録する。



 気の遠くなる様な作業。



 なので、その日だけは俺とバルは朝から晩までその棚の本を取って引っ繰り返して帳簿にチェックしてまた元の棚に直すというエネルギーの無駄としか思えぬ仕事を延々とするのだった。




「アシュ氏、もう僕はダメぞなー。僕の屍を超えて行くんだなー」


 やかましい、働け! 俺もウンザリなんだから!




 結局、俺たちが一区画の本棚を全て確認した頃にはとっくに日は落ちていた。


 レンガ道の脇に篝火とランタンが吊り下げられ、辻馬車の最終便は既に行ってしまったあと。


 流石に陽が落ちたこの時間帯は木枯(こが)らしで寒さが染みてくる秋の夜。


「アシュ氏ぃ、補給無しだともう僕はそこで倒れるんだなー。……そこの屋台で食べてかね?」

「異論はないな」


 とゆーか、昼休憩もほぼ出られずずっと作業だったんで、俺もいい加減、頭の糖分が不足してボーッとしてくる。


 大広場の端にこんな夜でもやってる屋台があるのは有難い。


 バルと二人、小走りに駆けこむ。




「ふぃー! おっちゃん、何か食べる物は無いのかなー? 兎に角、腹が減ったぞなぁ」

「済まない、出来れば温かいモノが良いのだが……ここは何がある?」


 バルに注文を任せると何が出るか分からんので先手を打って俺が店のオヤジに確認する。


「ヘイッ! コイツは遥か東のヤポーンって国から伝わったオデンってやつでサ。こんな寒い日には身体の芯からあったまるゼ!」


 オデン?


「おおー! オデンなら味が中まで染みててとっても美味しいんだぞなー! 是非ともオヤジどの!」


 バルは、オデンなる料理を知っているのか……?


「まぁ、鍋みたいなもんなのだなー。具の旨味が染みてめちゃ美味しいんだなー、じゅる」


 もう、バルは鍋の中のオデンしか見えてない。


 しょうがなく、隣の椅子に腰を下ろす。


「オヤジどのー! おススメの具を宜しくなのだ!」

「あいヨッ!」


 と、その時だった。


「君たちは……アッシュ君とバル君か。奇遇だな、こんな所で」


 隣に座っていたのは他でも無い、ワルターさんだった。


 こんな屋台で会うとは……確かに大広場なんで中心街にある大使館はすぐそこだが。


 なんで、ワルターさんがこんな屋台で?


「ああ……まぁ、ちょっと、自分も一杯、やりたい時があって、な……」


 俺の疑問を顔から読んだのだろう。苦笑しつつ、ワルターさんは歯切れ悪そうに答えた。


「おおー! ワルターさん! その手にあるのはヤポーン酒ではないのかなー!?」


 バルが目敏くワルターさんの手にある陶器の器——オチョコ、というらしい——を見つけて騒ぎ出す。


 お前、ヤポーンに詳しいな。


「ああ、私も初めてなのだが。このヤポーン酒というのは。温めて飲む酒なのだな? 確かに身体が温まる」


「ヘイッ! そうでやッショ! ヤポーンは食べ物も酒も身体を温めてくれやんスよ。なのでこの時期にちょうど良いんでサ」


「オヤジ殿ー! 僕にもヤポーン酒を入れて欲しいんだなー」


「ヘイ! ではいっちょアガリでイ!」


 俺とバルの前に白い陶器のビン——トックリというらしい?——にオチョコなる器が2つ。


 俺にも飲め、と?


「ここで会ったのも縁だぞなー! さぁ、飲む飲む!」


 やたらとテンションの高いバルにワルターさんと3人で乾杯をさせられるのだった。




「……自分もな、このクロノクル市国はとても良い国だとは感じている。だがな、時には恋しくなるのだ、我が祖国が……」


「そだナー、そだナー! そらそだナー!」


「分かってくれるか、バル君! いや、バル殿!」


「うんうん、わからいでかナー!」


 これはマズイ状況になりつつあるんでは無かろうなぁ。




 顔を真っ赤にしたバルはもう何を聞いてもホイホイ適当な返事しかせず。傍のワルターさんは顔色こそ普通だが、さっきから涙ぐみながら喋り続けている。


 この人、泣き上戸だったのか……。




「祖国に残した我が愛妻、我が娘……」


 ワルターさんが取り出したロケットペンダント。そこには奥さんと可愛らしい娘さんの写真があった。




「うう……アンナ、それにソフィー、父さんは頑張っておるぞ」

「そだナー、そだナー、そーなんだナー」


 この出来上がったバルとワルターさんをどうしてくれよーかと大根のオデンを突きながら、途方に暮れていると、突如、ワルターさんが、ガシィッと俺の右手を両手で掴む。



 お、おいおい!?



「すまん、アッシュ君。自分の不甲斐なさをなじってくれ! お嬢様を止められぬ己の力の無さを罵ってくれ!」


 な、何を言い出すんだ、この人は……


「だナー! そうなんだナー!」


 隣のバルはもう何も聞いちゃいない。




 このカオスな場をどうして切り抜ければ良いのか、と俺がいつもの観察と分析、推定を始めようとしていた時だった。




「済まない。オレも相席をお願いする、オヤジ……んんッ!?」

「ゲッ!」




 思わず、声が出た。


「ユリウス、なんでまたお前が……」

「貴様に言われたく無いぞッ! ……遅番の代わりが急遽、必要になったのだ」


 今日は『貴様』呼ばわりから開始かよ。早速、機嫌が悪いな、コイツ。




 ユリウスは俺たちを見て一瞬、屋台から出ようと周りを見るも、他にやっている屋台が無いのを見て渋々、俺たちの隣の椅子に腰掛ける。


「フーン! 今日の僕はこのヤポーン酒でとってもご機嫌なのだから、お前にも奢ってやるのだナー」


 すっかりご機嫌のバルはユリウスにも例のオチョコを渡して、トックリからヤポーン酒を注ぐ。


「…………」


 微妙にこちらを睨んでから、仕方なくユリウスは手にしたオチョコを飲み干した。






「で、貴様! ……サファナ判事とはどういう付き合いなのだ!?」


 待て待て待て! これは取り調べか!? なんで俺がユリウスに質問攻めにされなきゃならんのだ!?


「レイチェルとの仲はこの前のヘルベの森で言ったろうが」

「そんなことを聞いてるわけでは無いゾッ」


 んじゃ、何を聞いてるんだよ、お前は……


「お、お前は……お前……サファナ判事の……クゥー!」


 コイツもこんな酒癖悪かったのかよ……めっちゃ絡んできやがる。



 バルの奢りで早速出来上がってしまったユリウスはコイツもコイツでもうグデグデだった。


「そだナー! ユリウス、おまいも気にしてるんだナー! だナー! ならば聞いちゃいナー!」


 何やら上機嫌でユリウスのオチョコに更なる酒を注ぐバル。


 ……まさかと思うが、ワザとやっとるんではなかろーなぁ。



「……そうだ! 貴様ッ! サファナ判事に毎日毎日、貴様の噂話とやらを付き合わされるオレの気持ちを考えたことがあるかッ!」


 あるわけないだろ。そもそも、その『噂話』の内容が知らんがな。


 ……マジでレイチェルは何を話しとるんだ!?




「そうなのだ……スマヌ、アッシュ君! 君の操が危機に……くぅっ! お嬢様がッ!」

「貴様がーッ! サファナ判事の! 貴様如きがー! この長年のオレの想いはコヤツなんぞに……」

「だナー! そーなんだナー!」




 カオスだ、本当にカオスだ……




「ヘイッ! オデンお代わりもう一丁ッ!」

「だナー! そだナー!!」

「ああなったお嬢様を、止められぬ我を、どうか……アッシュ君……すまぬッ!」

「サファナ判事……貴女は、オレの……なのに、この想いを……秘めておかねばならぬこの身の辛さよッ!」


 ………………。


 ………………。










 気が付いた時には朝だった。


 俺とバルは図書館の玄関内で共にぶっ倒れていた。


 当然ながらユリウスもワルターさんもいない。


 何処でどうやって終わったのやら。俺自身もいつしか記憶を飛ばすほど飲まされていたらしい。


「…………」


 隣でフガフガ幸せそうな寝息を立てて寝ているバルの頭をはたく。


「うがっ! 何するんー、アシュ氏」



 結論。



 酒は飲んでも飲まれるな。


⭐︎⭐︎⭐︎

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