12章③『〜〜〜にアベンジングな我ら』
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ミゼルの後を俺は追いかける。レイチェルにはセレスさん達に、例の四つ辻に駆け付けてもらう様、伝令を頼んだ。
一瞬で先行して姿も見えなくなるミゼル。
……もう少しだ。もう少しで、例の四つ辻に出る。
「リアン! 下がってるんだッ」
「うん、ミゼル兄ちゃん!」
「小僧! 貴様如きがこのオレの邪魔だてをするとは……命を持って贖うがいい!!」
崖っぷちから四つ辻を見下ろす。そこには地面に投げ出されたリアンの前で、両腕を広げて立ちはだかるミゼルの姿。その近くには横倒しになった馬の姿もあった。
ミゼルは間に合ったのだ。ここから馬を駆って逃げるピエロに飛びつき、押し倒すまではいったのだろう。
しかし、そのミゼルの眼前には曲剣を振り上げた隻眼のピエロ。
その刃を……振り下ろす!
「逃げろ!」
「うん!」
その刃を掻い潜るミゼル。同時に背後のリアンも駆け出す。
が、リアンが四つ辻に差し掛かった瞬間、
「え!?」
彼女の小柄な身体が空高く宙に投げ出される。
空中に投げ出されたリアンの小さな体が、風に翻弄される。
「リアンー!」
「ミゼル兄ちゃんー!!」
「フワーッハッハッハツ! 無駄な足掻きだったな、小僧!」
得意げに笑い、宙に浮くリアンを受け止めようと手を伸ばすピエロ。
その一瞬、俺は全力で駆け出し、崖から身を投じた。
空中に浮いているリアン目掛けて。
ヤツなら、あらゆる場所に罠を張るあのピエロなら四つ辻という誰もが足を踏み入れやすい、『罠に掛けやすい箇所』に、予め例の空中浮遊の罠を張ってるに違いない。
それはこれまでのヤツの行動を観察・分析して推定した結果だった。
空中で彼女の腕を掴んだ瞬間、強烈な衝撃が体に走り、俺たちはそのまま地面に転がり込む。地面の冷たさと重力の感覚が一気に襲い掛かってきたが、俺はリアンをしっかりと抱きしめていた。
「アシュ兄ちゃん?」
俺の腕の中でリアンが疑問の声を上げる。急に飛び込んできたのが誰なのか……その呼び方は、そう、昔の俺の妹分と同じ呼び方だった。
大丈夫。
安心させる様に、そのショートカットの銀髪を撫でてやる。
そして、ヤツを見た。リアンをその手から逃して、怒りに震えるヤツを。
「……貴様、よくも毎回、このオレの目的を阻止してくれたものだな……」
ヤツの物言いには違和感があった。
“毎回……?”
ミゼルが短刀を翳すが、ヤツは全く相手にもせずにこちらを睨み続け、曲剣を振り上げる。
「我らの阻害因子となるか。ならば、確実にここで排除してくれる」
リアンを背後に追いやる。あとは、何とか時間を稼げば……
「そこまでよ。それ以上はまず、この私を相手にしてからね」
そう。
そこに駆け付けたのはセレスさんだった。彼女なら、あの中で一番早くここに駆け付けれると思っていた。
その細剣を突きつける。
ピエロの背後にはミゼルが短刀を構えている。
ヤツがオレに向けて動けばこの2人がその隙を見逃さない。
「……いいだろう。我が主君の阻害因子よ。ここは退くとしよう。だが、必ずや貴様を……」
そして唯一残る左眼で俺を睨み付け、
「殺す」
捨て台詞だけ置いて、ヤツはその場を走り去るのだった。
「アシュ兄ちゃん……うう……怖かった……怖かったよう!!」
緊張の糸が途切れたのか、その場で泣き出すリアン。
それはそうだろう。
前回、その場で解決したのと違い、今回は誘拐されて丸1日、ヤツらの元にいたのだ。その不安と恐怖は如何ばかりか。
セレスさんが取り出したハンカチで涙と鼻水を拭くリアン。
落ち着く様に頭を撫でてやる。
「……でも、いつもいつもアシュ兄ちゃんが助けてくれて、ありがとうなの…… 」
まだ涙が残るその顔で、リアンは俺に礼を述べる。
いつも……? 前回はバルとユリウスが助けたことになっている筈……。
「彼女も『天使似』よ。以前の刻の揺らぎを感じていてもおかしくないわ」
セレスさんの言葉に、なるほど、となる。
そうか、リアンも以前の時間軸を覚えていたりするのか……。
…………。
微かな違和感があった。
だが、そこまで考えられるほど、もう俺の体力は残っちゃいなかった。
ここを……こうやって、と。
本と睨めっこしながら、目の前の作業に集中する。
こんな細かい作業、苦手すぎるんだが。
暖炉で充分に温めておいた焼きゴテで金属チェーンの隙間を塞ぐ様に押し付ける。
これで……完成、か!
「うーん……」
出来たはいいが、近くで見ると素人感が満載だな。ネックレスのチェーン部分が不揃いだったりするし。
「へぇー! すごいじゃない、アッシュ。あんなに図工が苦手だったのに。綺麗に出来てるわ!」
「そうかぁー? 結構、不細工なところもあるぞ。……紅玉石のネックレス、お店にあるか探しに行くのも……」
「いーや! これがいいの! ……これは私だけのネックレスなんだもの」
そんなものなのか?
俺の掌から、出来たばかりのネックレスを手に取るとレイチェルは早速、首に掛けて、その紅玉石を愛おしそうに見つめる。
あの後、崖から飛び降りて空中のリアンをキャッチするという、自分でもあり得ないほどのアクションを演じた俺はもうフラフラ状態だった。
辛うじてセレスさんに肩を貸してもらい、支えてもらうことで何とか立っている所に、ようやく戦闘を終えた皆やレイチェルが駆け付けた。
「御免なさいね、レイチェルさん。彼、スーパーヒーロー並みなことをして一人じゃ立ってられないぐらいに消耗しているのよ。支えがいるくらいにね」
「それは……仕方ないとは思ってますけど……」
そう言いながら何やら納得のいってない様子のレイチェル。
一体、何だと言うのだ?
「ただ……これが申し訳ない行為なのかどうかが、私にも分からなくってね。キミ達の関係性が傍から見ててもよく分からないものだから。良ければ教えてもらってもいいかしら?」
「え? それは……その……」
セレスさんに問われたレイチェルは急にもごもごと、どもりながら何故か俺の方に、モノクルの奥、上目遣いな視線を向ける。
いつもの、俺に用事を頼む時の甘えた仕草だ。
仕方ない。
俺は、セレスさんに俺とレイチェルの関係を説明した。
「レイチェルは家が隣同士の幼馴染みで、そして俺はレイチェルが信じてくれてる『英雄』みたいなものだな」
俺の説明に、セレスさんは首を傾げた。
まぁ、俺たち二人以外からは分かりにくい表現だったかな?
「うーん、それはレイチェルさんから見たアッシュ君への見方、ということかな? ではキミから見てレイチェルさんはどういう関係なの?」
そんなもの、決まってる。
「俺の最も大事な妹分だ」
……………………。
なんだ? 何故か急に気温が低くなったような……いや、何か殺気のような……
「……この、アシュ兄のアホーッ!!」
久しぶりに聞いた俺のあだ名と共に凄烈に頭をはたかれた俺は、その衝撃でなけなしの最後の体力を使い果たし……その場で気絶してしまったのだった。
で、何故か、レイチェルには『謝罪を要求する!』と言われて、例のネックレスを作り直させられていたのだ。
こんな細工物、中学校の図工以来だぞ、おい。
作り方など、さっぱり分からないので図書館で資料の本を何冊も探してそれを読み漁らなければならず、ここ数日、俺の業務はほぼ全てそれがメインとなっていた。
何故か、バルのヤツは『自業自得なのだなー』と冷たい目で見てくるし。
はぁー。
「ふふ……」
レイチェルは相変わらず、暖炉の火に赤く輝く紅玉石を眺めている。
ま、こうやって出来上がったネックレスを喜んでくれているレイチェルを見れば、『苦労してよかったかな』とは思えるのだった。
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