12章①『〜〜〜にアベンジングな我ら』
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21:40
馬車の後部窓から見える時計塔の文字盤はその時刻を指していた。
反対側、前部の小窓から見えるのは御者として手綱を握るワルターさん。
聖教ソリスト教国の紋章を刻印された大型馬車は俺たちを乗せ、一路、ヘルベの森へと夜の道を急いでいた。
「しかし、今更ですけどセレスさん達には、ここまでしてもらって良かったんですか?」
隣でじっと瞑想するかの様に目を閉じて座っているセレスさんに声を掛ける。
俺やバルや少年団、レイチェルにはリアンを助けたい明確な思いがある。
だが、セレスさんやワルターさんらは聖教ソリスト教国の特使であるのに、今回、この大型馬車まで使わせてもらうことになった。
そこまでしてもらっても良かったのか……そうでなくても今から行くヘルベの森にはヤツ——例の、隻眼のピエロ達が待ち受ける。
命の危険も正直、ある……
「……実はこの件に介入するのは私の特使としての目的にも合致するのよ。レイチェルさんなら分かると思うけど」
セレスさんは閉じていた瞼を開け、その流麗な瞳でこちらを流し見、そして俺の傍のレイチェルの方を見て薄く微笑む。
「それに、同じ『天使似』として、彼女を救いたいのよ。私にも似たような経験はあるから……」
「…………」
セレスさんの思いは良くわかった。
彼女達も俺たちと同じく、リアンを救うことを目指してくれている。
ここにいる皆と同じく。
俺はもう一度、この馬車の中にいる皆を見渡した。
「…………」
俺の隣のレイチェル、その反対側にブスッとした顔つきで腕組みしたまま座っている騎士——ユリウス。
……そんなに嫌々ならついて来るなよ、と言いたくもなるが、この場面では全く戦力外の俺よりも遥かに有能なんで、そうも言えんのだよなー。
“……お前達の情報ごときで憲兵隊が動かせるものか。警戒体制も維持せねばならんのだ”
レイチェルが交渉してみたのだが、やはり憲兵隊そのものを動かす事は困難だった。だが、
“しかし、サファナ判事がその様な危険な場所に赴くのなら自分が護衛として同行する”
あくまで『レイチェルの護衛』としてついてくるのだ、と。
更にはもう一人、後部座席で座っている少年。
“トライド・ハルマン。まだ騎士見習いだが、剣の腕はたつ”
まだ若干13歳の見習い少年騎士は「よろしくっス」と頭を下げ、その上官よりも遥かに礼儀正しく俺たちに挨拶するのだった。
「……今から行くのは夜の森の中。ンな、礼儀正しい剣術がアイツらに通じるかは不明なんだなー」
「なにィ! それは何が言いたいのだ!?」
一触即発のバルとユリウスを抑えたのはやはりレイチェルだった。
「はいはい。二人とも、今から何の為にヘルベの森に行くのか思い出しなさい! ……リアンちゃんを救い出すんでしょ?」
「…………」
「…………」
「全く。ケンカばかりしてたらヘルベの森に置いてくわよ、二人とも」
そのレイチェルの言葉に二人とも押し黙る。
二人とも分かってはいるのだ。目的は同じなのだ、と。
つい、オフィエル祭の時を思い出す。
——あの時も、そうだったな。
バルも、そしてこいつ、ユリウスも、リアン救出の為に互いに必死だった。……まぁ、もう俺しか覚えてない時間軸だが。
だが、時間軸が変わっても二人の本質は同じだ。互いにリアン救出を目指している事は。
そう、いくら時間軸が変わっても人の本質は同じなのだ。
何時でも何処でもレイチェルが俺を信じ続けてくれるように。
そして、そのバルが連れてきたのは同じく13歳だという少年少女。
ミゼル、イワンという2人の少年とキケセラという少女。
『深夜の森での戦闘なら少数精鋭の腕利きで行くのだなー』
とは奴の弁だが。
……彼らが、どう腕利きなのかはよく分からず。
その辺りは玄人のバルに任せるしかあるまい。
そして、全く戦力外の俺に、多少は護身術を習ってるというが恐らくは同じく戦力外であろうレイチェル。
これが俺たちの戦力の全てだった。
月明かりも木々で覆われ、その先も見通せないほどの深い闇。
また、ヘルベの森は直前までの大雨もあり道は泥でぬかるんでいた。
視界は時に差し込む月明かりのみ、足元の道はドロドロ。
昔、子供時代に森に入った時の比ではない。
……これで更に罠が仕掛けられてたらどうしようもないぞ!?
「キケセラ、罠があるかどうか確認してもらえるかぞなー?」
「……わかった」
少女は言葉少なに答えて闇夜の中を一人、先行しようとする。
おい! こんな娘に先導させて良いのか!?
「大丈夫だよー、アシュ氏。キケセラは気配探りの達人なのだなー。自身の気配も消せて、相手や罠の気配も探れるのだよー」
……そうなのか?
「大丈夫よ、アッシュ君。彼ら、若いけど修羅場は潜ってそうよ」
セレスさんはそう言って、バルの肩を持つ。
隣のワルターさんも無言で頷き、ユリウスは何やら不機嫌ながらも否定はしない。
そういうものなのか……。
俺にはやはりこういった戦いのことはよく分からない。なら、戦闘に関しては玄人の彼らに任せるしかない。
そして、俺は俺でできる事をやるのだ。
「ヘルベの森で、20人近くもの大人数が過ごせる場所、となるとゴロー爺の山小屋しかないわ」
馬車での道中、レイチェルは今後の方針を俺たちに伝える。
「山小屋への道は私が案内するわ。……ヘルベの森の中の道は全て暗記してるもの」
昔、ヘルベの森で迷子になってしまったんで、二度と迷わない様に全部の道を記憶してしまったんだよなぁ。流石は天才少女。
「……アッシュ、余計な事は言わなくていいからね」
何やら釘を刺されてしまった。
確かに、キケセラという少女は凄かった。
レイチェルの指示する道を先導してはそこにあった罠の数々を指摘、解除する。
俺たちは暗がりの中をおっかなびっくり、ついて行くのみであった。
と、
「……ッ!?」
足元が滑る。いや、地面の感覚が消える!?
「危ないッ、アッシュ君!」
咄嗟にセレスさんが俺を引き上げてくれる。
なんてこった……
さっきまでの地面が消え失せて、深い穴がそこにあった。底には何本かの竹槍がみえる。
落とし穴。
「大丈夫かしら」
「あ、いえ。すいません、セレスさん」
「いえいえ。『天使似』は夜目が利くからね」
そうなんだ……
にしても、やはり、そこかしこにトラップが仕掛けられている。キケセラでも全てを感知し得ない程に。
セレスさんが居なければ、今頃、俺の身体はこの穴の底で串刺しになっていたかもしれない。
こんな……素人の俺ができる事。
それは本当に限られて、寧ろ皆の足を引っ張りかねない。
それでも、俺はここに、皆について来た。
俺自身が、リアン救出にできる事の為に。
「あー、ところで。……いつまでそうやってるのよ、アッシュ」
横で何やらレイチェルがジト目で睨んでいる。
??
「フフッ、これは不可抗力ってことにしてあげてくれないかしら、レイチェルさん」
よく見ると目の前にはたわわに実った双丘……もといセレスさんの胸があり……
勢いでセレスさんにしがみついてしまった俺を、楽しそうに上から覗き込む姿勢のセレスさん。
いや、めっちゃ顔が近いんですけど……その流麗な黄金の瞳も、桜色の唇も。
「アッシュ! 気をつけないと! ……本当に危ないんだから」
「あ、ああ。すみません、セレスさん」
さっとセレスさんから離れる。
誤解が無いように、と思って謝罪したのだが、セレスさんはニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべるだけ。
……この人、やっぱ何を考えてるのか分からんなぁ。
「……アシュ氏、今はそんなことやっとる場合やないんで、ジチョーしとくんないかなー?」
気付くとバルが、いや皆が呆れた風で俺たちを見ていた。
……すまぬ。
で、やっぱりレイチェルはジト目で睨んだままだった。
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