10章②『それでも君を守りたい』
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憲兵隊本部は図書館のある中心街の一角なので訪れたのはすぐだった。
因みに時刻は懐中時計で18:15。
陽もかなり沈みかけており、夕闇が徐々に辺りを支配しようとしていた。
捜査権かつ指揮権(一時的だが)を持つレイチェルが用を伝え、その相手の元へと案内してもらう。
「お前達か……」
例の執務室で俺たちを出迎えた少尉はあからさまに嫌そうだった。
……今回も最初から『お前』呼ばわりですか、そーですか。
と、思ったのだが、よく見ると少尉が仏頂面で睨んでるのは俺ではない。その背後に立っているセレスさんだった。
なんでまた?
「あら、少尉? 先週の稽古の結果がお気に召さなかったのかしら?」
例の鈴を転がすような声で、その実、からかい口調でセレスさんは問いかける。
「……別に。良い稽古をつけて頂いた。礼を言いますよ……」
全然、お礼の態度ではないぞ、それ。
どーもセレスさん、ユリウスと剣の稽古でもしたよーだが、コテンパンにのしてしまった、と。それを僻んでるのか、コイツは。
てか、少尉級相手に勝ってしまう剣力って、この人、一体何なんだよ。司祭の筈なのに布教してる姿なんざ一切見ないし。
と、そんなことはいい。
「ユークリッド少尉。先ほども確認したけど、もう一度、状況を確認させて。警備網も含めて」
「……彼らにも、ですか?」
どーせ例によって、内部情報うんたらと言い出してゴネるのか、と思ったのだが、
「はぁ……クロノクル市法・憲兵組織法第23条その2による分隊長許可にて情報共有を行う……これで良いですか、サファナ判事」
「ええ! 合格よ、少尉」
「…………」
なんか今回はあっさり認めたな。毎回、これだと楽でよいのだが……
えらく疲れた顔でユリウスは状況を説明する。
昨日、例のピエロ達の襲撃に合い、急いで町に戻った俺たちはまず憲兵隊に通報。『天使似』のリアンが誘拐されたことを重く見たユリウスは全憲兵隊を動員して街の各所に警備網を手配したらしい。
それこそ、クロノクル市の出入り口から、当然、例の港にある蒸気船への出入り口まで。
昨日からの大雨で見通しも悪い中だったが、『これだけの動員数だ。見逃しなどあり得ない』とのことだ。
全ての手荷物も含めて臨検しており、荷物に隠されたリアンが蒸気船にたどり着いた可能性はない。
無い筈だった。
「だが、蒸気船は突如、出航した。港の出航可能時間18時ギリギリのつい先程な」
なるほど。それでこの憲兵隊本部も情報収集でバタバタしているのか。
だが、これで一つ、ハッキリしたことがある。これだけの臨検数を中央突破していない、もしくは何処かの部隊内で誤魔化して突破などしていない、のならばやはり憲兵隊自体はシロ、だ。となると、憲兵隊からの情報を自由に触れる事の出来る存在……もっと上のヤツらが『敵』と言うことか。
『敵』は、憲兵隊の総動員を知った。なので、無理な突破は図らず、大人しく隠れ続けたのだ。
だが、蒸気船は出航した。出航可能時間ギリギリに。
何故?
聞き出せるだけの情報を本部から得た俺たちは外に出る。
「この後はどうする予定なのかしら」
レイチェルは兎も角、何故かセレスさんまで付いてくる。
「……キミの行動を見させてもらってるのよ。『刻の改変者』として相応しいのかどうか」
さいですか。——んな周りのことなどもう気にしてられるか。
時刻は18:35。
陽はもう落ちきって夜の帳が辺りを支配している。
因みに、レイチェルはこの後、例によって勾留されてるアルサルトの所に向かおうとしたが止めておいた。どーせ、何も喋らん。
レイチェルはちょっと迷ったみたいだが、結局は俺たちに付いてくることに決めたようだ。
予想ではそろそろ来ると思うんだがな。きっとここを見張ってるに違いないのだから。
そう思っていた俺に声を掛けてきたのがやはりヤツだった。
「アシュ氏、さっき憲兵隊本部から出てきたよねー」
振り向くと、そこにいたのは昨日の事件発生から別行動をしていた(らしい。俺自身には刻戻りの影響で記憶がない)はずのバルであった。
「バル君! 今までどうしてたの? 皆も憲兵隊も必死でリアンちゃんを探していて」
「色々となー。リアンはまだ見つかってないんだろー?」
「そうなるな」
「だとすると……ちょっと話したい事がある。こっちに来てくれないかなー」
そう言ってヤツは歩き始めた。きっと例の場所に。
俺もそれに従う。
レイチェルとセレスさんも戸惑いながら付いてくる。
中心街から少しだけ行った先の裏路地に入った空き家街。
その中の例の空き家、そこにあったボロボロの本棚を横にずらし、現れた地下の階段を降りて行く。
階段の先、例の地下室は湿った匂いとともに壁のランタンが周囲の少年達の姿を浮かび上がらせる。
「こ、この子達は!?」
レイチェルが不安な表情で呟く。傍のセレスさんも緊張の表情を押し殺しながらその手は密かに細剣の柄にかかっていた。
何故なら、俺たちを取り囲む様に包囲する少年・少女達の手には各々、短刀といった刃物が握られていたから。
だから……
「僕たちが求める情報を頂ければ、別に問題は無いのだなー」
そう言って俺たちを脅して要求を得るつもりなのか。
……バルよ、お前がそういうつもりなら悪いが容赦はせんぞ。
「なるほど、となるとバルよ。情報共有さえすれば、お前達、少年ギャング団、『バルスタア団』と協力関係を築けると言うことか」
「ンなァッ!」
俺の一言で場にいた全員が驚愕する。
レイチェルとセレスさんは『少年ギャング団』という言葉に。バルや少年達は『バルスタア団』という名前に。
「あ、アシュ氏!? 何故にその名を!?」
「やかましい! こっちは時間が惜しいんだ。前みたいにチンタラ話し合いしてる余裕は無いんだからガッツリ行かせてもらうぞ!!」
全てをぶちまけてやった。
彼ら、バルも含めて貧民窟の孤児の出であること。リアンも含めて『バルスタア団』という家族である事。バルがその団長であること。皆、アジトの1階、壁も何も無い倉庫みたいにだだっ広い床で雑魚寝して過ごしており、バルは屋根裏で衣服を散らかして寝ている事。詐欺や追い剥ぎ達を吊るして有金を巻き上げている事。
もうありったけを、だ。
「……何それ。頭の中を全部、覗かれてるみたいで怖いっつーか、恐ろしいっつーか。アシュ氏、今までそんな事、お首にも出さず……なんて恐ろしいヤツなんだ……」
青ざめた顔のバルがボソリと呟く。周りの少年達もエモノ自体はまだ手にしているがもはや攻撃の意思はない。こちらを恐る恐る伺っているのがわかる。
いきなりバルや『バルスタア団』の秘密を盛大に晒してやったせいで、俺に対し戦々恐々のご様子。
まぁ、狙ってやったのは確かなんだがなー。
「先も言ったように、これを世間にバラしてどうのこうのする意思は俺には無い。俺が求めているのはリアンを助ける事だけだ」
そう。それがレイチェルの英雄としてやり遂げることだから。
「うー、しかし、もう蒸気船が……」
「それは分かっている。分かった上での話だ」
「……彼は『刻の改変者』なのよ」
これだけ言ってもまだ踏ん切りがつかないバルにセレスさんが解説する。俺の刻戻りのことを。
「過去を変える? そんな事が本当に?」
「信じられないかも知れないけど、私自身、改変前の記憶を微かに持っているわ」
「……アシュ氏じゃなく、セレスさんに言われると納得出来るんだなー」
バル、お前。よくまぁ、ンな事、言ってくれやがる。前は中々、信じなかった癖に。
と、まぁ、そんな事よりもやるべき事がある。
「なので、協力できるのか? 『バルスタア団』」
バルは俺の差し出した右手を見て、はぁ、とため息をついてから握り返すのだった。
なんでため息をつく、そこで。くそー。
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