08章③『それなんてハプニングなピクニック』
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「バル! リアンを守るんだ!」
気付いた時には声を挙げていた。
秋桜の花の中でミリーとリアンが笑い合って互いにお花を頭に差し合おうとしてる中、近くでくつろいでいた筈の客達が走り出す。
その内の一人がリアンに手が伸びる寸前。
「リアンには触れさせんのだ!」
バルは飛び上がり、その巨体で一気に間合いを詰める。次の瞬間、男の胸に鉄塊の様な飛び蹴りが炸裂し、彼は地面に叩き伏せられる。
周囲の男達がエモノ——いつぞやも見た曲剣を手にして襲い掛かろうとする。
その数、ざっと5人の4グループの20人弱。
バルはその目を鋭く光らせ、再び動き出す——
「リアンちゃん、ミリーちゃん、下がって。私とワルターが前に出るわ」
セレスさんが、風のように静かに立ち上がると、その瞳は冷静な光を放っていた。細剣を軽く抜き、スッと一閃、身構える。
襲い掛かろうとした男が気付いた瞬間、セレスさんは既に動いている。
キンッ——。空気を切り裂くような音が響く。
相手の曲剣を軽く受け流し、すかさず踏み込みながら、セレスさんは細剣を反転させ、相手の腕から曲剣が落ちるのを確認するや否や、体を低く構えたまま、素早く背後に回り込む。
「終わりよ……」
囁くようにそう言ったセレスさんが相手の足元を鋭く切り付ける。男が崩れ落ちると、剣先は一瞬で喉元に突きつけられた。
ワルターさんを取り囲むように複数の襲撃者が曲剣を掲げる。
が、彼はそれをまるで意に解さぬかのように一歩前に踏み出すと、じっくりとその腰の長剣を抜いた。
その動きには一切の迷いが無く、剣の重量感が腕に自然と馴染んでるようにも見える。
「これ以上、踏み込むのなら……容赦はしない」
低く、重々しい声で告げると、相手の男達が一瞬ひるむ。その隙を見逃す訳もなく、ワルターさんは大地を踏みしめ、剣を水平に振り抜いた。
——ズバッ!
空気を切り裂く音と共に、ワルターさんの剣が、真っ直ぐ敵の腹に向かって進む。相手が構えるよりも早く、剣は相手の体勢を崩し、剣先が深く食い込む。
「グッ……!」
襲撃者がよろめき、倒れる。しかし、ワルターさんはそれを確認する暇もなく、後ろから襲いかかるもう一人の男の気配を察知していた。
「遅い」
彼はその言葉と共に、軽く振り返り様に剣を高く振り上げ、相手の斬撃を一撃で弾き返す。
その衝撃で男はバランスを崩し、ワルターさんの剣が再び振り下ろされる。
今度は垂直に、上から下へ——まさに重戦車のような勢いで
「……これで終わりだ」
その一撃で相手の武器を粉砕し、完全に無効化する。
これだけの戦いの中、彼は息を乱す事なく、冷静に長剣を戻すのであった。
何と言うのか……ワルターさんの強さは想定内だったが、あのセレスさんまで、こんなに強いとは。
あの人、司祭、だったよな? 史上最年少の。どうなってるんだ?
「ウワァァァーン、アシュレイお兄ちゃんー!」
「こっちだ、ミリー!」
「ボスー!」
「リアン、任せるのだなー!」
襲撃者に取り押さえられる前にバルの一撃から、セレスさん、ワルターさんが前面に出る事でミリーとリアンは走って逃げてくる。
その手を握り締め、俺とバルは突破口を探そうとした、その時だった。
「クククッ! 流石だな、咄嗟にコチラの罠に気付くとはな。だが、その抵抗もそろそろ終わりにさせてもらおうか」
聞いたことのある冷酷な笑い声。
空気が張り詰め、周囲の空気が一瞬、止まったような錯覚も覚える。その中心にいたのは右眼に眼帯をしたモノクルの男。
——あの時の隻眼のピエロか!?
レイチェルの背後からその身体を引き寄せ、その腕に絡め取られたまま、その冷たい刃が彼女の喉元に当てられている。
「レイチェルッ!!」
くそッ! なんて迂闊だったんだ、俺は!
ヤツは俺を嘲笑うかの様に白刃をレイチェルの喉に突きつける。わずかでも動けば、その喉を掻き切る、と言う様に。
「一歩でも近づけば、この美しい判事様の命はここで終わりだが。……さて、そこの娘と交換してもらおうか」
冷ややかに脅し——リアンとの人質交換を脅してくる。
「……こんなことして、ただで済むと思ってるの!? あなた達なんて、直ぐに憲兵達に捕えられて法廷に掛けられるだけよ。……今、この手を引くならその罪を軽くする様、私が掛け合えるわ。考え直しなさい!」
「フッ、この状況下で判事殿はよくもまぁ、このオレと交渉が出来るとおもっているなァ……それは他のヤツらも同じ考えか?」
いくらなんでも、人質に捕えられてる癖にそれはムチャ過ぎるだろ、レイチェル!?
曲剣を突きつけられたままにも関わらず、いつもの強気な態度を崩さないレイチェルにピエロは呆れた風な口調で俺たちに問いただす。
——レイチェル!
「いけないわ、焦っては」
一歩、踏み出しかけた俺を、横にいたセレスさんが細剣で前を遮って止める。
「レイチェルさんを、救いたいんでしょう? アッシュ君」
……わかってる。わかってはいるんだ……
くそっ! 考えろ、考えるんだ!
俺だけじゃない。ワルターさんもバルも苦々しげに睨みながら足を踏み出せずにいた。
「ふん、他の方々には理解はしてもらえてるみたいだな。……まずは武器を下ろしてもらおうか」
ヤツの言葉に俺たちは従うしか無かった。
セレスさんが細剣を、ワルターさんは長剣を……そして、バルはレイチェルとリアンの顔を見比べ、逡巡しつつも両手のメリケンサックを地面に投げ捨てる。
「ダメよ! アッシュ! このままじゃ!?」
叫ぶレイチェルの喉元に白い刃が突きつけられる。ミリーも、リアンですら何も言葉を発せず立ち尽くすしかない。
付近に倒れていた男達が起き上がり、俺たちを捕らえようと近づく。
このまま、セレスさん達まで捕らえられてしまえば、全てが終わる。だが、レイチェルに突きつけらたあの刃を、アレをどうにかしなければ——
何か、何かないのか!?
カァー、カァー……
聴き覚えのある鳴き声が宙から聞こえた。
アレは……。
『またビー玉、取られたのよね……』
——カラス! そう、奴だ!
「レイチェル! ネックレスを出すんだ!」
「!? わかった!」
俺の言葉に身を捻って、自身の紅玉石のネックレスを胸元から出した瞬間。
「何をする!?」
黒い影がレイチェルとヤツを襲う。
「コイツ!?」
「今だ! バル! セレスさん!」
俺の言葉に2人が地面の獲物を拾って走り出す。
飛び込んだ黒い影——カラスに襲われた隙にヤツの腕から逃げ出そうとするレイチェル。
ヤツはその刃を振り翳し……
カラスがその嘴で摘み挙げたネックレスのチェーンを刃が断ち切る。
バラバラになるネックレス。
紅玉石が飛び散る。
「チッ! ここまでか……撤退しろ!」
形勢不利と悟ったヤツは、部下達に素早く指示を飛ばし、周囲の襲撃者たちは一斉に草原近くの森——ヘルベの森へと走り去って行った。
「ウワァァァーン、怖かったよぉー」
「ううー、ボスーー!」
ミリーとリアンの泣き声がこだまする中、俺はレイチェルに近づく。
彼女は逃げ出そうとした体制のまま、そのまま、地面にへたり込んでいた。
「……大丈夫だったか、レイチェル。怪我は無いか?」
「……大丈夫。大丈夫よ……」
そこには先程までの、あの強気な態度は全くなかった。
「大丈夫……問題ないから……問題……ない……」
だが、その言葉とは裏腹に彼女の瞳は虚ろだった。
その座り込んだ地面の前にあるのは。
バラバラに千切れた紅玉石のネックレス。
レイチェルはそのネックレスの残骸を、ただジッと眺め続けていた。
手元の懐中時計は11:40。まだお昼前の出来事だった。
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