08章②『それなんてハプニングなピクニック』
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日曜日。
時計塔の時刻は9:20を指す。
本来なら中心街に来ることのない曜日だが、俺は朝からここに居た。
朝晩はもう肌寒さも感じられる季節だが、まだまだお昼時は少し暑さも感じる微妙な季節。
「あら、アッシュ君。お待たせしたかしら。ごめんなさいね」
「すまないな、自分達までお誘いしてもらって、更に辻馬車の案内までしてもらうとは」
「いえいえ。ちょっとややこしいですからね、エルム草原行きの辻馬車は」
そう、普段は無いエルム草原行きの辻馬車は土日・祝日だけ特別に便が用意される。
ここの住人なら良く知ってるがセレスさん達には分かりにくいだろうと、俺が案内役で中心街で待つことになったのだ。
「わざわざゴメンなさいね。でも、本当に楽しみだわ。ねぇ、ワルター」
「セレスお嬢様は昔から野山がお好きでしたからなぁ。久しぶりに自然と触れる機会を頂けるのは実に有難いです」
どーも俺の予想とは正反対に野生派であらせられたらしい。この超美人さんは。
3人でエルム草原行きの始発の辻馬車に乗り込む。特別便なのであまり便の数も無いし、始発も早くないのだ。
この時期なら他にも客が居そうなのだが、エルム草原に向かうのは俺たち3人だけらしい。
ガシャガシャと音を立てて、馬車はレンガ通りの道を軽やかに進んでいく。
窓から入る心地良い風を受けながら昨日のことを俺は思い出していた。
「なんでそんなことするのかなぁ……ミリーはもう、アシュレイお兄ちゃんには本当にガッカリなのです」
バルやセレスさん、ワルターさんも参加することを伝えた時のミリーの第一声がそれだった。
なんでガッカリされるのかがマジでわからん……。
「いや、リアンちゃんも来るのだろ? ではバルも保護者として来ざるを得ないんでは無いのか?」
「それはそうなんだけど……そうなんだけど、そうでは無いって言うか……もう!」
何やら、らしくない膨れっ面。
隣でレイチェルも何やらびみょーな苦笑いをしているが。
因みに、二人はミリーのママに手伝ってもらいながらピクニックのためのお料理作りをしていた。なので、クリエッタ家の台所は野菜やジャガイモ、お肉にパンの山で騒然となっている。
で、俺はその材料の買い出しに店参りしてきた帰り。まーこれぐらいしか俺は手伝えんので。
「もう……アシュレイお兄ちゃんがここまで分からずやさんだったとは思ってなかった。こうなったら、レイチェルお姉ちゃんが、頑張らなきゃいけないんだから!」
「え? 私? それはどういうことかな、ミリー。私が頑張るとか、何を?」
「そもそも! ミリーが思うには、レイチェルお姉ちゃんがもっとアシュレイお兄ちゃんに積極的に行かないのもいけないと思うの」
「えええ!?」
「だから、明日のピクニックはレイチェルお姉ちゃんが頑張って迫んなきゃ! アシュレイお兄ちゃんはミリーが言っても全っ然、響かないみたいだから」
「ちょ、ちょっとミリー! それ以上はタンマ!」
何やら、俺はミリーに見放された様子なんだが、おい。
俺を無視してわきゃわきゃしているミリーとレイチェルをただボーっと見ているのだった。
1時間ちょい揺られるくらいでエルム草原に馬車は到着する。
懐中時計の時刻は10:40。
少し小高い丘を中心に緑の草原が広がっている。一面に咲く秋桜と桔梗などの花々。
そして、時々、例のカラスの鳴き声も聞こえてくる。あいつ、まだいるのか。
俺たち以外にも既にいくつかの団体がエルム草原に来ているようだった。
「あー! こっちだよー、アシュレイお兄ちゃん!」
「もう準備は出来てるのだなー」
こちらを見て手を振るミリー、その隣にはリアンとバルの姿も。レイチェルもシートを広げて場所を確保していたが、こちらに気づいて顔を上げる。
場所や料理の準備もあり、セレスさん達の道案内役である俺以外は直接、歩いて先にエルム草原に来ていたのだ。
セレスさん達も互いに自己紹介を始めるのだったが……
「あら? あなたは『天使似』なのね? 私と同じね」
セレスさんは、リアンを見てそう言ったのだった。
「『天使似』って何かなー? 初めて聞いたよ」
同じ『銀髪・黄金眼』の二人。
まるで、どこかの絵画から抜き出てきた様なビジュアルだ。
その隣でレイチェルが息を呑む。
「セレスさん、その単語は……」
「『天使似』という単語がダメなのかしら? クロノクル市国では。他の国では普通に使われるのだけど? まぁ、色んな意味や思いはあるから、それには私も戸惑った時期はあるわね、確かに」
セレスさんは薄く、寂しそうに微笑んだ。
そんなセレスさんを不思議そうに見るリアン。
「でも、こんな素敵なお兄さんがいて、良かったわね、リアンちゃん」
「うん! ボス……じゃない、お兄ちゃんはすっごくカッコいいんだよー!」
リアンの言葉に照れてぼりぼりと頭を掻くバル。そんな二人をセレスさんは嬉しそうに見つめている。
「さぁ、皆、ミリーやレイチェルお姉ちゃんの作った料理を堪能していってね! では」
『かんぱーい』
と、各々手にした木のジョッキで乾杯するのだった。
ミリーとレイチェルが前日から用意した料理はサンドウィッチや唐揚げ、ポテトフライ、更にはセレスさん達が手土産で用意した梨や葡萄といった果物まであり、本当に豪華だった。
バルがボリボリとむしゃぶり食ってるがそれでもまだ全然余裕がある。
皆、思い思いに場所を移しつつあり、セレスさんやワルターさんは丘の方へ。緑の草原の上をはしゃぐミリーとリアン。やはりあの二人はとても仲良しでまるで本当の姉妹の様だ。その二人に、時にバルが鬼役で追いかけっ子に加わる。
そんな、のどかな一幕。
「あ、アッシュ。ちょっといいかな」
気付くと隣にレイチェルがいた。
祭りの時と同じ薄い秋桜色のワンピースに、これまたいつもの度の無いモノクル、それに胸元に輝く紅玉石のネックレス。
「……例のカラス、まだいるっぽいからネックレスは気をつけておいた方がいいぞ」
「あー、昔はよくビー玉を取られたわ。ホント、やだ」
そう言って、赤く光る紅玉石のネックレスをそっと胸元にしまい込む。
そして、俺にその手の中のグラスをそっと差し出す。
「これ……ウチで毎年、作ってる梅シロップジュースなの。今年は私が漬けてみたんだけど……良かったら、味が変じゃ無いか見てくれないかな?」
「そりゃ、構わないが」
グラスを手に取り、頂く。
甘さと酸っぱさが絶妙に舌の上を行き来する。
「どう……かな?」
「うん、爽やかで美味しいぞ」
「そっか……へへ、ありがと」
別に感想を言っただけでお礼を言われる事は無いんだがなぁ。
何とは無しに草原の方を眺める。
キャッキャと戯れるリアンとミリー。一応、バルもついて見てるが……ちょっと離れ過ぎてないか? リアンはやんちゃなんでしょうがないのかもしれんが。
セレスさんとワルターさんは相変わらず、丘の上で風を浴びて気持ちよさそうにしている。
周りには俺たち以外に4組のグループがいた。いずれも大人ばかりで共に静かにこの秋の空気を楽しんでいる……
…………。
「……久しぶりに二人でゆっくりしてる気がするね、アッシュ」
隣でレイチェルがはにかみながら微笑む。
「ミリーに、ああまで言われないと私も気付けなかったのかなぁ、ダメね、私も」
…………。
なんだ? さっきから違和感が拭えない。
冷や汗が首筋を伝っていく。
「あの時、アッシュは私に『お礼』を言ってくれたでしょ? ……でも、私も、アッシュにお礼を言いたくて……」
……………………。
なんだ……この……違和感……一体……そうだ、これは!?
そうだ……俺とセレスさん達は『始発の便』でここに来た!
なのに、何故、俺たち以外に、『既に4組ものグループがこのエルム草原にいる』!!
子供はおらず、男性ばかりの観光客達が!?
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