07章①『運命的にスタニングな特使嬢』
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「ああ……暇って素晴らしい……」
「アシュ氏、管理官に聞かれたらウチらの給料、下げられそーなセリフを呟かんでくんないかなー?」
折角、俺が司書のテーブルでまったり自分の仕事について分析した推定結果をこぼしたのに、バルに文句を言われてしまった。
暇なのはお前も同じだろーが。
あのオフィエル祭から2週間が過ぎた。
俺たちは元の日常に戻っていた。
日がな、ほぼ誰も来ない図書館での司書業務。それが俺とバルの日常。
……特に改変しなければならない事象も生じたりしない。
そう、当たり前の日々。
ボヤくとまたバルに文句を言われかねないので、暇つぶしに手元の新聞を開く。
その3面にあったのは、何やら笑顔で互いに肩を抱き合うバルとユリウスの白黒写真。
何ともまぁ……わざとらし過ぎる笑顔だな、こりゃ。
「……アイツとこの姿勢で3分間、ジッとしてるのは地獄だったぞな……」
俺がその記事を読んでいるのを見てとったバルがげっそりした声で語る。
例のリアン誘拐をバルと『たまたま』通りがかったユリウス少尉が、ピエロと黒マントを撃退した事件。
よりによって二人揃って、市長室で事件への表彰を受けた際に、カメラ——白黒の写真でその時の情景が写し出される——の前で写真を撮るために3分間、この姿勢での笑顔を強いられたらしい。
そら、辛かったろーな。同情はせんけど。
と、その新聞の1面を見るとそこには見知った人物の写真があった。
——レイチェル。
いつもの黒の法服と例の左眼のモノクルをして、何やらもう一人の女性と握手を交わしている写真。何だ、コレ?
「あー、それでしょ? なんか聖教ソリスト教国ってとこから大使? 特使? が来たらしーよ。それの取材みたい」
「? なんで外国の大使にレイチェルが呼ばれてるんだ? アイツは判事であって外務省の人間ではないだろう?」
「そんなん、僕に言うなよー。てか、記事を読めば良いじゃん、アシュ氏ー」
まぁ、そりゃそーだ。
にしても、知り合いがこんな一度に新聞に取り上げられるのも何だか変な気分だがな。
と、新聞記事の内容を追おうとした時だった。
「ああ、すまない。君達、少しお邪魔しても良いだろうか。この方達にこの図書館の説明をしたいのだが。他にお客さんがいれば遠慮するのだがどうだろうか?」
滅多に来訪者のいない図書館に複数の来訪者が来ていた。
その中の代表者らしき長髪の白髪の男性が断りを入れる。
ああ、この人は……
「クリフトン教授でしたか。いえ、今は誰もいませんので、声を出されても大丈夫ですよ」
「ああ! アシュレイ君、キミだったか。そう言えばレイチェル君が、この春からここの司書になったと言っていたな」
そう言って、隣にいたレイチェルに声を掛ける。
この白髪の男性はクリフトン・ノギニウス。
クロノクル大学・法学部教授であり、かつクロノクル市の判事長でもある。レイチェルの飛び級を推薦し続け、この春の判事にも強く推してくれた人だ。
俺も、レイチェルが大学時代には何回か大学へ迎えに行く時があって、その時に挨拶はしていた。
「もう、教授——じゃない、判事長。ここに来る前にも言ったじゃないですか。アッシュがいますよ、て。なのに、もう」
「すまない、どうも色んな情報を入れているとつい、ね」
苦笑いしつつクリフトン教授、いやレイチェルの直接の上司でもある判事長は、彼女の更に後ろにいる二人——若い女性と壮年の男性、に解説し始める。
「ここはクロノクル市唯一にして最大の図書館でね。3階建ての建物に蔵書された書物はなんと100万冊以上。他にもクロノクル市創立以来の雑多な資料なども収められている。そう! まさしく、このクロノクル市の歴史がこの図書館に全て詰まっていると言っても過言では無いのだよ!!」
……詰まってるかも知れんけど、何が何処にあるかはさっぱり分からんからなぁ。
人、それをゴミ箱と言う。
この人、前からこんな風に感極まってロマンチックになりやすい、とは思ってたけど、やっぱ変わらんのだな。悪い人ではないと思うし、レイチェルの恩師ではあるので、そんなに悪くは思わんが、自分的にはちょいと苦手、かな。
と、尚もこの図書館に対する愛を滔々と語り続けようとしてる教授の元に急に、学生の使者みたいな人が駆け寄ってきて……
「う、うーん……一度、大学に戻らねばならんのか……。仕方ない。すまないが、レイチェル君、後は彼女達を案内してもらって良いかな」
「え!? いや、それは……はい、大丈夫ですけども」
「そうか、そうか。では済まないが頼んだよ。ありがとう!」
そう言って、クリフトン教授——いや、判事長と呼ぶべきか——は、颯爽とレイチェル達を置いて去って行った。
「相変わらずのキラーパスっぷりだなぁ」
「そう言わないの、アッシュ。あれでいて、ちゃんと後でフォローしてくれるんだから」
と、レイチェルは俺のボヤきにフォローする。
そして、その場に呆然と取り残された俺とバル、そしてレイチェルの後ろにいた女性達にそれぞれ紹介をしてくれるのだった。
「この方は、セレスティア・トリファールさん。聖教ソリスト教国から来られた史上最年少の女性司祭さんで、今回は特使の任を帯びてクロノクル市に来られた方よ。そして隣のこの方が護衛のワルター・ストラウスさん」
レイチェルが二人をそう説明してくれる。
『史上最年少』とは、どっかでよく聞く言い回しだ。
セレスティアさん、という女性が俺とバルに自己紹介をしてくれた。
「初めまして。私はセレスティア・トリファールと言います。聖教ソリスト教国の司祭として今回、このクロノクル市国へ特使の任を帯びてやって参りました。セレス、と呼んでいただければと思います。宜しくお願いしますね」
俺とバルは彼女の自己紹介に圧倒されていた。
それは……その言葉もだが、彼女の圧倒的な容姿による。
彼女が言葉を発するだけでその場の空気が一瞬で変わった。
まるで時間が止まったかのように全員が彼女を見つめていた。その銀髪がふわりと揺れる度に、まるで神聖な存在が現れたかのような錯覚を覚える。
腰までの流れる様な銀髪、スラっとした長い足、折れそうな程に細い腰付き、まるで溢れ落ちそうなほどに豊満な胸、整った顔に流れる様な黄金眼。
俺より少し歳上なのだろうか……
『天使似』というヤツなのだろうが、この圧倒的なビジュアルは……
「……」
「……」
二人揃って無言になる。
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