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刻の輪廻で君を守る  作者: ぜのん
《第1部》『天使と過去の邂逅』
20/116

05章③『喧騒下のアブダクテッドな天使様』〈転〉

***



 俺がその言葉を口にした瞬間、隣のレイチェルはその場に立ち尽くし、周囲の少年たちを不安げに見回した。その目には信じられない、という感情がありありと見られる。


「ほー、やはりアシュ氏が一番、そういう状況理解が早かったかー」


 バルはいつもの口調で答えるが、それに応えるかのように周りの少年少女達が立ち塞がる。


 彼らは大きさこそ大人の半分ほどだが、皆、その姿に似合わない、殺気とも呼べるオーラを(かも)し出し、各々、短刀などのエモノを手にしていた。


 マズい……


 俺はレイチェルを背後に庇うように立ち位置をずらそうとする。


「まぁ、アシュ氏は戦闘はずぶの素人なんで、そっち方面はやめといた方が良いと思われー」


 そう、確かに俺はただの素人だ。そして、リアンが攫われた時のバルの動き、あれは……明らかに玄人だった。ならば……


「……バルの目的はなんだ?」

「ふーん、やっぱ聡いのな、アシュ氏」

「悪いが、こっちも忙しい身でな。あまり軽口に付き合ってられる余裕はないんだ」


 そう。俺たちを招き入れて、コレ——自分たちの正体を見せた以上、目的がある筈なのだ。


「アシュ氏とレイチェル氏、目的があったから憲兵隊本部を訪れたんだよねー?」



 “——本部を訪れた”


 バルはそう言った。それは、俺たちが誰かに連れられたのではなく、自分たちで訪れた所をみなければわからない事実。



「……本部を見張っていたのか、バルよ?」


 ——そして、出てきた俺たちに頃合いを見て、声を掛けてきた。


「質問してるのは僕だよー。質問に質問で返して欲しくはないんだなー」

「……そうだ、と言ったら?」

「それも質問だと思うんだけどなぁー」


 バルは両肩をすくめる。


 が、その仕草は今の張り詰めた空気を和らげる作用には全くならない。


 背後のレイチェルが俺の左手をギュッと握りしめる。


「アシュ氏、憲兵隊から手に入れたんではないかなー。——証拠品を」



 ……は? 証拠品?



「証拠品とはなんだ。なんの証拠だと言うのだ?」

「だから、質問に質問で返すのは止めてってー。……あれ? 誤魔化してるのでないんー?」

「だから、なんの証拠品だと言っているんだ!?」

「そんなの、憲兵隊が真っ黒な証拠に決まってるんじゃんかよー。アシュ氏もレイチェル氏も憲兵隊が上層部に操られてるの、知ったんでしょー? ……だったら……リアンをこんな風にした奴等を許してはおかんでしょ!? アシュ氏なら」



 ……待て? これは何か誤解がある。



「いや、待て、バル。俺はリアンを救うのを諦めてない。俺の最優先事項はリアン救出だ」

「アシュ氏こそ、何を言っとるんー? ……コイツらはカルタ帝国の手先のモンだよー。もう蒸気船は港を出てるしー。……アレに追いつけるものは、無い」


 沈痛な面持ち。


 やはりバルは知っていたのだ。あの蒸気船にリアンが運び込まれたであろうことを。


 だとすると——



「……もう、リアンを救い出す手が無いと考えたバル、お前は憲兵隊、そしてこの町の上層部、その暗部にいる奴等に復讐する気なんだな」

「そら、そーだろー。……リアンは僕の本当の妹じゃない。だが、ここに居る皆と同じ境遇の大事な仲間、いや、家族なんだ! それを……奴等は……!」


 バルは、いや他の少年少女達も、激しく怒っていた。言葉には出さずとも。


 が——


「アシュ氏なら、僕と同じくその結論で奴等を叩く為のモノを是が非でも手に入れよーとすると思ったんだがなー。では何しに本部に行ったんー?」

「——リアンを救い出す為だ」

「は?」


 今度こそ、バルは目が点になった。


 そして、数瞬後、爆発する。




「何を言ってるんだよー! 言ったろ! もう無理なんだよ! 蒸気船に乗られたら、港を出られたら追いつけやしない! 何を訳の分からないことを……」

「それでも、俺はリアンを救う。守るんだ!」


 俺とバルの視線がかち合う。



「……本気なん?」



 バルは一瞬、言葉を詰まらせ、じっと俺を見る。静かな沈黙が流れて二人の視線が交差する。



「ああ」



 俺の覚悟を見てとったバルは一度だけ、大きく呼吸をためて深呼吸をし、そしてゆっくりと左手をあげた——


 そして、それを見た周りの子供達は各々、その武器を降ろすのだった。


 だが、


「ちゃんと聞かせてもらえるんだよなー」


 そう。バルは理由を求めたのだった。






 地下室の隅、その古ぼけた木のテーブルと椅子代わりの木箱に腰掛け俺たちはバルと相対した。


 懐中時計の時刻は14:25


 時間がどんどん迫ってくる。


 時計の針が一秒ずつ進む音が、俺の鼓動と重なり、焦りを煽る。


 刻戻りが発動できる猶予は、もうすぐだ。


 15分——この短い時間の中で、リアンを救わなければならない。


 ——落ち着け、俺。


 バルに気づかれないように静かに深呼吸をする。


 まだだ。まだ、観察し、分析する。作戦を推定するのはまだだ。




 視界の端、ロープでぐるぐる巻きにされた黒マント達はほとんど反応なく倒れたまま放置されている。


 周囲の少年達も思い思いにこの意外に広い地下室内をぶらぶらしているが、皆がこちらの話に耳を傾けていることだけは分かる。


「あいつら、例の場所以外でもウロウロしてたんでなー。なので、ちょっと罠にかけて捕まえてきたんだが……やっぱ、口は割らんかったんよなー」


 なるほど。昨日、俺たちと別れてからバルはこの少年ギャング団達と共に奴らの他の仲間を捕まえてリアンの居場所を探ろうとしていた訳か。


「で、彼らは?」


 時に子供同士、キャッキャッと年相応に戯れている彼らについて問う。


「アシュ氏、自分で答えたじゃん。少年ギャング団って」

「……本当に、ギャング団、なの……!?」


 レイチェルは信じられない、という風にこぼす。


「あー、と言っても僕ら、そんな憲兵が思ってるよーな悪いことはしとらんぜよー? 詐欺の連中やスラムの追い剥ぎを吊るして有金を獲るくらい」


 いや充分だろ、おい。


「悪いヤツには悪いことしても良いんだなぁ……僕らは充分にされてきたんだから。貧民窟でねー」


 貧民窟……この比較的裕福なクロノクル市にあっても、それはある。行政からも捨て置かれ、町の誰もが見て見ぬフリをするエリア。


 なるほど……バルは、そうなのか。


「そう、僕はその貧民窟の出なんでなー。色々あったさー。……だから、僕は僕の大事な仲間には、家族にはそんな思いはさせたくない。……皆、親のいない孤児なんよ。あそこではそれが当たり前」


 バルが遠い目で語る。それは、本来、想像以上の苦難だったのだろう。俺たちではその苦しみは図りようもない。


「だからこそ、僕たちは『バルスタア団』という家族なんよー。……その家族に手を出したヤツを僕は許さない。絶対に、だ」


 それは、バルの覚悟、だった。


「……これだけこっちが手の内を明かしたんぞなー。お次はアシュ氏が明かす番だろー」

「ああ、そうだな……」


 と、言ってもどこまで信じてもらえるか。


 隣でレイチェルも、息を詰めてこちらの様子をうかがってるのが分かる。


 そりゃ、今まで何も言ってなかったからな。気にはなるわな。


 ——俺も、自分の全てを明かすしかない。






 俺は全てを話した。今までの全て、ミリーの家への『刻戻り』から、バルの家での『刻戻り』、そして今からしようとしてることも。



「……つまり、アシュ氏はこれから過去に行ってリアンを助けてくるってこと?」

「まぁ…………ざっくり言うとそうなるな」


 ざっくり過ぎるけどな。


 何やら、先ほどとは別の意味での沈痛な面持ちで頭を抱えるバル。


「レイチェル氏はこの話、信じるん?」

「えーと、まぁ、あはは……」


 流石のレイチェルも苦笑いをする。


「でも、私は信じるわ。アッシュを。こういう時のアッシュは絶対にやってくれるから」


 と、俺の目を見つめて断言する。


 何とゆーか、そこまで無条件に俺のことを信じてくれるのもそれはそれで面映い気分にもなるのだが。


 ——だが、この状況で、例え他の誰が信じてくれなくてもレイチェルだけは俺を信じてくれる。


 胸が熱くなる——ありがとう、レイチェル。直接、それを伝えるのは気恥ずかしいが。


「……レイチェル氏はそれで良いかもしれんけどなぁー、うーん……」


 確かに。俄かには信じ難いだろうな。


「アシュ氏がそんなことを適当に言うヤツじゃないってことはわかっとるし、こんな場面でそんなオカルトに望みをかける男でも無いってことはわかっとるんだけどもなー、これはやっぱなー……」


 まぁ、そりゃ悩むわな。悩むだけマシで即、否定されないだけ、バルは俺のことをかってくれてるのだろう。


 だからこそ、だ。


「傍証にしかならんが、俺は『刻戻り』でお前の家に行っている。バルよ、お前、いつも屋根裏部屋みたいな所で寝てるだろう。色んな服を床に脱ぎっぱで」

「んなッ! うー、そゆの、当てずっぽでもいけるやもしれんのだなー」


 ギョッとした表情でバルは言い返す。


「他にもあるぞ。1階はこの地下室みたいに倉庫っぽくて、だだっ広くて壁も扉も何もなく、そして、ここにいる皆がそこで雑魚寝して過ごしてるんだろう。リアンもだ」



 その瞬間。



 周りがザワめいた。


『なんで?』

『うそ!? アジトを知られてる?』

『そんな、もしかしてスパイ?』


 疑惑と不信の目が一気に俺に集中する。




「……今までアジトが誰かに知られたことはないのだなー」




 ゆっくりと、そして長く吐息をついてからバルは言った。


「わかった。その話、俄かには受け入れられんのだけども、その前提で協力するのだなー」

「……助かる」


 伸ばされるバルの右手。


 少し傷が痛むが俺はその差し出された手を右手で握り返す。




 ——懐中時計の時刻は15:30を示していた。



⭐︎⭐︎⭐︎

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