05章②『喧騒下のアブダクテッドな天使様』〈転〉
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『祭り最中の全憲兵達の配置図。変装した見張りも含めて』
これが俺の求めたモノだった。
「そんなものが必要なのか?」
ユリウスは不思議そうに聞き返す。
それはそうだろう。
なんたって、さっきの話の通りならコレは『敵』が既に手にしているものなのだから。もう既に知られているものに何の価値があるのか、ということなのだろう。
だが、これで——
あの時、リアンが連れ去られた時間軸において、あの瞬間、どの憲兵達がどこにいるのかを把握することが出来る。
あの限られた15分。失敗は出来ない。何が何処にあって、何を利用出来るのか。
それを今日のタイムリミット、19:45までに押さえておかねばならないのだ。
「次は何処に行くの? アッシュ?」
レイチェルは俺がどうしたいのかを聞かないまま俺についてきてくれている。
朝、レイチェルに会った即に、
『リアンを救う為に、レイチェルの力を貸して欲しい』
と頼んだのだ。
『ん、わかった。私はアッシュの力になるわ。あなたの側に居たいのよ』
そして、
『ありがとう。こんな状況で……それでも私を頼ってくれて』
前日とは違う涙がその頬を伝うのだった。
にしても、流石にユリウスとの話し合いに時間が掛かってしまった。
懐中時計の時刻は既に12:55。まだいくらか時間はあるが、余裕はない。当時の現況の確認をしているだけで、実際にどうすれば過去を阻止出来るのか……まだ作戦がない。
右腕の痛みがジンワリと響く。昨日よりはマシにはなっており、包帯も上腕までで巻き直してはいるのだが。
今回は失敗は許されないのだ。そう思うと、手が汗ばみ、懐中時計の冷たい金属が嫌に重く感じられる。
くそっ、らしく無いな……
“君の覚悟は見せてもらった。だが、口で言うのと、それを実際に行えるのとはワケが違う”
最後、ユリウスは俺に配置図を渡す際にそう言った。
“誰もが、君の話す言葉はただの妄言だ、と言うだろう。自分だってそうだ。決して君の話を信じてこれを渡すわけじゃない”
そう。分かってる。
“だが……そうだな、自分が出来る範囲で少しでも可能性があるのなら、ということだな。所謂、保険と言うヤツだ”
と、嫌らしく笑い、
“因みに、この内部情報を民間人の君に渡すのは、クロノクル市法・憲兵組織法第23条その2による憲兵分隊長ユリウス・ユークリッドの許可にて行われる。これは正式な法的手続きだ……共有したぞ”
……お、お前、それが出来るんなら最初っからしてろよ……いや、マジで。
“ま、頼んだよ”
怒りに震える俺をその場に置いて、ユリウスはそう言って立ち去って行った。
「はい、アッシュ。もうお昼なんだから。食べられるものは食べられるウチに食べておかないと」
気がつくとレイチェルが近くの屋台でオニギリを買ってきて片方を差し出してくれていた。
オニギリ……
そう、昨日、このオニギリをミリーとリアンの2人が美味しそうに食べていた。
もう、随分とあれから時間が経ってしまったような気がする。
ミリーは、今日は家でお留守番をしてもらうことにした。ミリーのパパとママにも軽く事情は話して1日、彼女についていてもらうようにした。
2人は俺の右腕の怪我を見て絶句していたっけな。
……俺は、本当に取り戻せるのか?
リミットが刻一刻と迫るに連れて焦燥感が募るのが自分でもわかる。
本当に、らしく無い……
「大丈夫。アッシュならやり遂げるわ」
不意に、隣にいたレイチェルが呟いた。
俺の胸元のシャツをそっと掴んで俺を上目遣いに見上げて微笑む。その紅玉色の瞳は俺が失敗するなんて全く疑っていない。
「……なんで、そんな事、言えるんだ……」
俺自身が、プレッシャーに押し潰されそうだってのに。
「だって、あの時、私がヘルベの森で迷ってた時も。アッシュ、あなたが来てくれたのよ。私を守りに」
ヘルベの森……そう言えば、そんな事も昔、あったな。
「あの時から、アッシュは私の英雄なんだから。だから、大丈夫。アッシュは」
『必ず守ってくれる』
絶対の信頼の眼だった。
「…………」
らしく、無かったな。
そう。俺がやるしか無いのだから。
「そうだったな、うん……レイチェル、ありがとな」
「ふふっ、どういたしまして、なんだから」
俺の幼馴染みはそう、軽く笑って励ましてくれる。その胸元には紅玉石のネックレスが輝いていた。
オニギリを頬張り、具体的に『刻戻り』の際のイメージを、と現地に行こうとした時だった。
「アシュ氏、さっき憲兵隊本部から出てきたよねー」
俺たちに声を掛けて来たのは昨日、救護室で別れて以来のバルだった。
「バル……どうしてたんだ、今まで」
「色々となー。リアンはまだ見つかってないんだろー?」
「あ、ああ……」
蒸気船のことを言うべきか言うまいか……
「……バル君、実は」
「レイチェル氏、いいよー。無理しなくて。……憲兵隊自身が怪しいんだろー? いや、その上の奴ら、というべきなのかなー」
「……!? なんで、そのことを……」
バルの言葉に愕然とするレイチェル。それは俺も同じだった。
「ここはちょっとよくないなー。場所を移そー」
そう言ってバルが連れてきたのはこの前の路地にほど近い、やはり通りから少し外れた、空き家が立ち並ぶ一角だった。
その中の一軒の空き家に入り、
「ほら、ここだよー」
ボロボロの大きな本棚、それを横にずらすと現れたのは地下に続く階段だった。
「お前、これは!?」
「僕が先に行くから着いてきて欲しいぞなー」
ランタン片手にその巨体を揺らしつつ降りていった。
レイチェルと一瞬、どうするか見合ったが、ついていくしか無かった。
階段の先、地下室に足を踏み入れた瞬間、重苦しい空気と共に、湿った石の匂いが鼻をついた。壁に掲げられたランタンの光が、暗い影を浮かび上がらせる。
そこに佇む少年——中には少女も——たちの目が鋭くこちらを見つめていた。
「これって、一体……何なの?」
傍のレイチェルが当然の疑問を口にする。
だが、バルはそれに答えず、
「ほら、コイツらだよー」
彼らが取り巻いている、その中心にいる3人の男たち。
「黒マントだと!?」
「皆、同じ格好してるみたいだねー」
いや、そういう話ではないだろ!?
「ボス、コイツらがリアンを攫ったヤツの仲間なんだよね?」
「コイツら、もう殺しちゃわない? 全然、リアンの居場所、吐かないし」
「ああ、そんな直ぐに殺すとかは言わないのー。全くー」
と言いながら、バルはロープでグルグル巻きにされてる黒マントの一人を、
「ふん!」
蹴飛ばした。
顔面から血飛沫とそれとアレは歯、だろうか。白いそれを飛ばして再び地面に倒れ込む黒マント。
「ダメだなー。情報は全く出さない。良く訓練されてるんだなー」
バルは軽くそう言って肩をすくめた。
これは……一体……いや、今までの話の中で出てきた言葉がある。
「……少年ギャング団」
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