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刻の輪廻で君を守る  作者: ぜのん
《第1部》『天使と過去の邂逅』
18/116

05章①『喧騒下のアブダクテッドな天使様』〈転〉

***



 21:15



 時計台の時刻はとっくに1日目の祭りが終わっていることを告げていた。 所々、松明の篝火とランタンが掲げられており、真っ暗では無いが人通りはもう殆どない。


 右手の痺れと痛みは僅かに残るも昼の時よりはマシになってきている。


 が、また無茶したら俺の妹分は怒り出すのだろう。


 そんな取り留めも無いことを考えていると、ようやく待っていた相手が建物=憲兵隊本部の留置場、から出てきた。


 レイチェル。


 その歩みはどこか重たげで、肩をすくめた彼女の姿が目に入る。淡い秋桜色のワンピースが夜風に揺れ、彼女の顔に影を落とした。その瞳は少し赤みを帯びていて、疲れがにじみ出ているようだった。


 そして、いつもの度の無いモノクルを左眼にかけたその姿で、俺を見つけ、力無く笑う。


「……ありがと。待っててくれて」

「ああ。……取り敢えず、帰るか」

「……うん」


 町の中心街から郊外への辻馬車はもう、無い。時間は掛かるが、歩いて帰るしか無かった。


 街灯や篝火が辛うじてレンガ畳の道を照らす中、俺たちはゆっくりと歩いていった。


 レイチェルがはぐれていかないよう、怪我の無い左手でレイチェルの右手を握り締める。


 レイチェルは少し驚いたような表情を浮かべるもすぐに頷き、握り返す。


 道すがら、ポツリポツリとレイチェルは話し始めた。


「……だめだった。何も聞き出せなかった」


 あの後、レイチェルは先の憲兵隊本部に直行し、そこの留置場で勾留されている大商人アルサルト、出港した蒸気船の持ち主に出港の理由や今回の誘拐事件など知っていることが無いかを問いただしたのだった。だが、



『自分には何のことかわからない。船は元々の航海予定を優先したのだろう。本来、自分はこんな所でこうしている予定は無かったのだから』



「……それだけだった」

「そうか……」


 アルサルトの持つ船は蒸気船と他2隻。港にはその3隻が停泊していたのだ。


 だが、その3隻の内、最も船足の速い蒸気船だけが出港した。


 つまり、それが示す意味は。


 ユリウスはそのまま行政府に駆け込んで何とか追いかける方法がないかを上訴したらしい。


「蒸気船には、あの蒸気機関車でも追い付けない……そもそもどこを目指してるのかもわからないんだもの」


 蒸気船に追い付けるものは、無い。


 無言のまま、町の外れ、郊外に近づくに連れて闇夜が濃くなるいつもの道をレイチェルの手を握りながら歩く。


 2時間近くかけてようやく俺たちの家に戻ってきた頃にはもう日にちが変わりそうな頃合いだった。


 そのままレイチェルの家の前で、彼女におやすみの挨拶をして別れようとした、その時、


「…………」


 無言のままレイチェルは俺の胸に顔を埋めた。


「私が……人だかりを避けよう、て言ったから。大通りを避けようって……だから、リアンちゃんも……アッシュだってこんな大怪我を……」


 そのまま静かに泣き続ける。


 俺は、まだ少し痛みの残る右手でゆっくりとその頭を撫でてやる。何度も、何度も。


 昔、レイチェルが泣く度に、こうしたんだったな……


 あの頃も、こうやってレイチェルの頭を撫でて慰めてる時に思うんだった。


『俺が守るんだ』って。



 だから——今回も、俺が『守る』。彼女を。



 俺はこの暗がりでも見える時計塔を睨み付ける。



 だから——今度こそ、力を貸してもらうぞ!






 ベッドで横になりながら頭の中を整理する。


 もう、これしか無い。


 俺は意図的に『刻戻り』を起こす。


 そして、全てを無かったことにする。


 これまでに『刻戻り』は2回、発現した。既にその2回の観察・分析である程度のことは推定していた。



・『刻戻り』はその事象が『いつ』生じたのか、認識しなければならない。


 例えば、ミリーのカナリアは昼の12:00。バルの朝寝坊は7:00。いずれも時計塔の鐘の音、というキーワードでその『いつ』ということを俺が認識している。



・『刻戻り』が発生するのはその事象の30時間後。


 そう。ミリーの時は翌日の18:00。バルの時も同じく翌日の13:00だった。



 そして、『実際に刻戻りで戻れるのはその15分前』でしかない。




 ——与えられた猶予は15分間のみ。







 リアンが誘拐された時刻。いや、『時間として認識した』のはあの瞬間。


 今日の13:45。


 であるのなら、『刻戻り』が発生し得るのは、


「明日、いや、もう今日か。今日の19:45……」


 それが俺のタイムリミットだった。









 翌日、俺とレイチェルは前日に決めていた通り、憲兵隊本部に来ていた。


 中は慌ただしく、様々な人が駆け足で行き来している。2日目のオフィエル祭の警備ってだけではないのだろう。恐らくは今回の誘拐事件も関係しているのか。


 そんな中、知った顔を見つけ、声をかける。


「ユリウス少尉!」

「ん、……お前か。どうしてこんな所に!?」


 ……『お前』呼ばわりされる仲ではないと思うんだがな。


 ユリウスは隣のレイチェルにも目を向け眉を顰める。


「ちょっとこっちに……」


 俺たち2人は彼に引っ張られ、とある一室に押し込まれる。


 広くは無いがそれなりの机とテーブルにソファ。だが、周囲に無造作に置かれた鞘付きの剣や盾、鎧の一部が誰の部屋かをよく表している。執務室、の筈なんだろうがどうも汗臭さが漂う。


「サファナ判事、気持ちはわかるが今はこちらも時間に余裕が無いんです。また報告は後に」

「いや、話があるのは俺だ。レイチェルにはついてきてもらってるだけだ」

「何?」


 ユリウスは胡乱げに俺を見つめる。


「お前がオレに?」


 ……また『お前』って言うんかい。


 まぁ、そんなことを気にしている場合では無い。


「率直に聞こう。あの後、自分の担当——大通りを見張っていた部下達に確認した筈だな。『路地から大通りを、港へ向かう馬車がいなかったか』と」


 俺は単刀直入に切り込んだ。


「…………」

「更に聞いたはずだな? 『その馬車には酒樽が積まれて無かったか』とも」


 沈黙は答えを雄弁に語っていた。


 大通りは祭りで大勢の人だかりだった。だが、馬車や伝令馬など荷物の往来用にごく一部だけは人が入らない様に交通整理されていたのだ。


 そう、憲兵隊によって。


 ユリウスは、大きくため息をついて頭を振りかぶる。


「……今、自分の第12番憲兵隊を海外派遣させてくれないか交渉中だ。うまく行けば蒸気機関車を使って……」

「許可は降りない」

「貴様ッ! 何故わかるッ!」


 ……次は『貴様』呼ばわりかよ。


 だが——これだけ、切羽詰まってる——俺への呼び方が昨日の『君』から余裕がなくなって『お前』、そして『貴様』になるってことはコイツも本当に必死なのだ。リアンを、あの娘を救いたい、と。



 その思い、そこが俺とコイツが折り合えるポイントになる筈。



「何故なら……今回の案件には恐らく、上層部も絡んでいるからだ」

「なん、だと……」


 ユリウスは衝撃を受けた顔でよろめく。


「そんな訳が……」

「まず、あの空き家に馬車を搬送用に仕込んでいた。あの高価な専用馬車を、だ」


 馬車というのは相当に高価なものだ。特に馬が。それほど高価なものを逃走用に予め用意できた——この時点で既に大掛かりな組織的関与が無ければ難しいだろう。


「…………」

「更に、馬車には港までの専用ルートが作られていた。憲兵隊のお守りつきでな。普段、こんなことはしてない。あくまで人が多いお祭りの期間だけだ——だが、それを使えることを把握し利用した」


 ユリウスは苦々しげに俺を睨みつける。……だが、決して俺の言葉を遮ろうとはしなかった。恐らくは、コイツも……


「変装した憲兵達は各所に配置されて見張っていた。だが、あれだけド派手だったピエロや黒マントは大広場での最初のショー以外、その居場所を確認されていない。違うか?」


 無言でユリウスは頷く。


 そもそもが疑問だったのだ。あの空中浮遊のための仕掛け。あれを施す為には多少は時間が掛かるはず。それが最低2ヶ所、恐らくは今回使用したポイント以外、他にも幾つかのポイントで罠のように仕掛けていた筈だ。


 俺たちが引っかかったのは事前に仕掛けられたポイントの内の1つに過ぎない筈。


 それだけ無数の仕掛けを憲兵隊の見張りに知られずに施すのは例え協力者がもっといたとしてもそれだけで見つからずに仕掛けるのは無理だ。だが、その見張りの配置が事前に分かっていたのなら、


「……内通者、か」


 ユリウスも感じてはいたのだろう。自身でその単語を吐き出す。


「ユークリッド少尉。……以前に私たちも、もしかしたら、と話したことがあったと思うわ——もしも、だけど。恐ろしいことだけど、この町の上層部が実はこのことを知っていたのだとしたら……」


 そう。憲兵隊の動きは筒抜けだ。


 ダンッ


 突然、ユリウスは固く握りしめた拳をそのテーブルに叩きつけた。


「……お前は、それを知って、オレにどうしろと……」

「俺のすることは一つだ。リアンを取り戻す。何があっても守る」


 その俺の言葉に、ユリウスは一瞬、惚けたような顔を見せた後、


「くっ、くくく……」


 と、何故か笑い出した。


「この絶望的な状況を、それが分かっていながらも、それでもあの娘を守る、というのか……くくくッ……サファナ判事」


 急にレイチェルに呼び掛ける。


「……どうしたの、少尉?」

「いや……確かに、判事が噂する理由が分かったよ。こいつは」

「フフッ! だから言ったでしょ。アッシュってそういうヤツなんだって」

「ハハハッ、ああ、よく分かったよ」


 いやいや、あんた達だけで勝手に完結されててもこっちは困るんだが。


 というか、レイチェルはマジでどんな噂を流してるんだ? 後で確認しとかないとイカンな……


 それは兎も角。


「で、オレに何を求めに来たんだ?」


 そう、ようやくこれで話が早くなる。


⭐︎⭐︎⭐︎

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