04章③『喧騒下のアブダクテッドな天使様』〈承〉
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その後の周囲の憲兵たちのざわめきも先程以上だった。
なにせ、この袋小路からの犯人の脱出方が判明したのだ。
そして、やはり、拾い上げたコレ——細いワイヤーの切れ端を『証拠品として憲兵隊の方で預かりたい』、と。
「アッシュ?」
再度、俺に確認するレイチェル。
俺は頷くが、今度はある条件を彼らに突き付けることをお願いする。
「ええ。これはあなた方の証拠として抑えてもらっていいわ。但し、」
——この周囲の建物への捜査を認めること。
この路地裏周囲では定住してる住民はほとんどいなかった。浮浪者や何かしら訳アリの人々。
そんな者達の取り敢えずの住処だったようだが、憲兵達の捜査が入ると彼等は一瞬で何処かに消えてしまっている。
その空き家への捜査がこちらの要求事項だった。
俺の出した条件をレイチェルが伝える。
「うーむ……」
現場のリーダーなのであろう、髭面の如何にも武人というオッサンは、腕を組んで唸り声を漏らしていた。
「判事殿にも捜査権があるのは承知していますがねぇ……」
時折、組んだ腕の上で人差し指をイライラと揺り動かす。
そして、チラッと、レイチェルの手の中の、例のワイヤーに目を向ける。
「我々では分からなかった犯人の脱出方を見つけたのは流石、判事殿のお力、とは思うのですが……なにぶん、物事には筋、というのがありますのでねぇ」
どーも、まずい流れだ。
俺たちが横入りして、あっさり証拠品を見つけてしまったのが、彼のプライドをいたく傷つけてしまったらしい。
すんなり通ると思っていた条件をえらく渋る。
最悪、レイチェルの判事としての捜査権で強行することも出来るのだろうが、その場合、ここでの遺恨がどう影響するか。
俺よりも、これからも憲兵隊と仕事で協力する必要があるレイチェルの立場が冷遇されてしまうようなことは、絶対にあってはならない。
しかし、同時に時間も限りがある。
とっくに陽は傾き、夕暮れの赤に染まりつつあった。
祭りの喧騒は風に乗って時折り聞こえるも、この路地には遠く届かない。
何より、このまま陽が落ちてしまえば灯りのないここは真っ暗になってしまう。
ランタン片手に探すことも可能は可能だが、どう考えても効率が悪い。
「何故です!? これは事件を解決する為にも大事なことなんですよ。どうして私たちが捜査してはいけないんです!?」
「いやいや、判事殿が捜査することを止めている訳ではないのですよ。ただ、然るべき筋、を通して頂かないと、我々も、ね……」
「……では、あなたの言う『筋』とは一体、どうすれば良いのですか?」
「そうですなぁ……我々も組織であるのですから。分隊長からの許可を頂かないと、こちらも現場だけで判断とはならんのですよ。判事殿には申し訳ないのですが」
「くっ……」
分隊長クラスの許可。
今からそれを取りに街中へ戻ってここに帰ってきた時には既にここらはもう真っ暗だろう。明らかな嫌がらせだ。
レイチェルもそれに気づいて彼女には珍しく苦々しい表情を見せている。
どうする。どうすれば良い……
「では、自分が仮に許可を出せばサファナ判事達が屋内を捜査しても良い、と認める訳なのだな」
その声は俺たちの背後からした。
誰だ!?
振り向いた俺の視界に入ったのは、
「ユークリッド少尉!?」
「申し訳ありません、サファナ判事。このようなつまらない嫌がらせをするとは。後で注意しておきますゆえ」
怒りの火を目に灯したユリウスだった。
途端、髭面は気不味そうに、頭をかきながら、
「これはこれは分隊長殿。いやぁ、ちょっと現場のものだけでは判断がつかなくってですな。わざわざこんな所まで御足労です」
「……新たな証拠が出た、と報告を受けてな。現場確認で来てみたら」
視線を向けられ、ビクッとする髭面。
「……まぁ、少尉が来てくれて私たちも助かったんだし。この人も、そんな悪気はなかったのかもしれないわ。そうよね?」
「あ? あぁ、そうなんですよ、分隊長。我々もどうしたら、と悩んでいた所に分隊長に来て頂いて本当に助かったというか、なんというか……」
あまりの視線の冷たさにレイチェルが庇う始末とは……なんとも。
「……もう良い」
あっちに行け、とばかりにユリウスが手を振ると、これ幸いとばかりに髭面はスタコラサッサとその場を離れるのだった。
俺たちだけになった瞬間、ユリウスはやり取りに何も関与せず無言を決め込んでいた俺をジィーっと見てきた。
……なんだってんだよ、本当に。
「……我々が見つけられなかった証拠品を発見し、あまつさえ犯人の脱出方法まで見つけた、ということか」
何故か俺に肩を貸してるレイチェルが、隣でフフーンと得意げに鼻を鳴らす。
「ほら! 私が言った通りなんだから」
何が言った通りなんだよ、本当に。
ただ、そんなことより、
「じゃあ、ここらの空き家の捜索をしても良いんだな?」
「……ああ。男に二言は無い」
そう少尉は俺たちに確約するのだった。
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