04章②『喧騒下のアブダクテッドな天使様』〈承〉
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ボボォーー!
遠くで汽笛がこだまする。
「それで……手伝うけど、私は何を手伝えばいいのかしら?」
そう、これから俺がすること——俺が出来ることは。
リアンの捜索自体は全憲兵隊が動いている。……恐らくだが、先に姿を消したバルも心当たりを探しているのだろう。
俺もそれに加わる、という手もあるのだが、俺には何も手がかりがない。
会ったばかりのリアンに関しても、肝心のヤツ——道化に関しても。
例の黒マント達は憲兵達が確保しているが、そこからの情報もこちらにはないとなると、闇雲に探し回ってもただの時間の無駄になる。
それならば、
「そうだな。まずは現場の再確認だ。——うッ」
「……ちょっと、無理しないでよ! アッシュ、今は全然、体力無いんだから。ほんと、無茶ばっかり……」
歩き出そうとした瞬間、ふらついた俺をレイチェルが支えてくれた。
女性に、それも妹分に支えられる情けない状況だが、そんなことは今は言ってられない。
「……もう。いいから私の肩を借りなさい。ね?」
「……すまん」
恥も外聞もなく、レイチェルに肩を貸してもらいつつ目的の場所に向かう。
そしていつもの癖で時間を確認してみた。
時刻は懐中時計で16:10。
そこは、最初に例の道化と再会した、少し開かれた四つ辻の路地。
そこは既に数人の憲兵達が立っており、現場は封鎖されていた。
「どうするの? アッシュ?」
レイチェルが問う。
彼らから状況を聞くことは不可だ。だが、
「彼らに、『判事として捜査に来た。協力者と共に。君達の邪魔はしないので現地の確認をさせて欲しい』と伝えてくれないか」
「……!?」
傍でレイチェルが息を呑む。
そうだ。これは、レイチェルの判事としての捜査権を使わせてもらう方法。それが如何に彼女の迷惑になってしまうかもしれなくても。
今の俺にはもはや躊躇してる余裕は無かった。
そう。これなら憲兵たちの捜査状況はわからずともこちらで独自に捜査が可能な筈。
「……流石ね、アッシュ」
「ああ?」
「ううん、そんな発想、私には無かった。ありがと」
そう言って俺に微笑みかけ、彼女は俺が言った通りの言葉を憲兵たちに伝える。判事の証である、レイチェルの『黒鷲の紋章』を確認した彼らは敬礼して俺たちを通さざるを得なかった。
四つ辻の十字路。
辺りで警戒体制を取っている憲兵達が『何をしてるんだ?』と好奇の目を向けているのを自覚しながら付近を確認する。
そう。
この場で、逃げようとしたリアンは不意に空中へと高く飛ばされヤツ=ピエロに捕まることとなったのだ。
あの空中浮遊はどうなってる……。
原理は一体……まさか魔法なんて御伽話じゃあるまい。何か仕掛けがあるはずなんだ。
だめだ。頭の中でいくつか想定しようとするも何も浮かばない。あの現象がどうなってるのかさっぱりわからない。
でも、あれがわからないとヤツ自身の正体にも辿りつかない……気がする。
あれはショーの時も同じだった。一体……
ふと、脳裏にあの時の様子が浮かぶ……そう言えば……
「レイチェル、そう言えばあのピエロの手品の種、全部わかってそうだったな?」
「え? まぁ〜手品に関しては色々と本で読んでたからねぇ……フフッ」
微妙に勝ち誇った感じなのは取り敢えず隣に置いておく。
「例の空中浮遊。原理はわかるか?」
「うーん、推測で良いのなら、になるけど……」
レイチェルが言うには細い、そう目にほとんど見えにくいほどの極細のワイヤーによるものではないか、と。ワイヤーアクションと言うらしい。
ただ、一本ではリアンの自重を支えられず切れてしまうので、何本も用意して、と。
「でも、何本も束ねてしまうと今度は逆にそれが濃くなって見えてしまうと思うわ。なので色んな方向から互いに重ならないようにしてると思うの」
「なるほど」
パッと見は分からないほど細いワイヤーを四方八方に張り巡らせて、か。
そうなると、
「では、走りながらや何かの時に咄嗟に空中浮遊を仕掛けたりは」
「出来ないはず。あらかじめ、キチンと下準備しておいた所でないと使えないと思うわ」
なるほど。それならば恐らく……
周囲を、目を皿のようにして探る。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ、アッシュ!? 何してるのよ?」
地面に四つん這いになって、舐めるように僅かでも異変がないかを見ていく。
痛ぅッ……
右腕に激痛が走る。見ると白い包帯にジワジワと赤い血が滲み出ていた。
「馬鹿! ……また無茶して。私が力を貸すって言ってるでしょ?」
「悪い……」
再び、レイチェルに支えてもらいながら地面を探す。
そう、何か手がかりがあれば……
「ん?」
石畳の路地。その石と石の間でキラっと光るものがあった。
もしかして……
つまみ上げるとそれは細く長い……
「これだな」
「ええ、そうね」
それはワイヤーの切れ端だった。
俺たちがワイヤーの切れ端をつまみ上げたことを知った周囲の憲兵たちは騒めきたち、レイチェルへ『判事殿、すみませんが、それは証拠品としてこちらで預らせてもらえませんか』と申し出てくる。
レイチェルが、俺に『どうするの?』と視線で問うてきたが元より証拠物なんてものは俺にとって不要。
俺の確認を見たレイチェルはワイヤーの切れ端を憲兵たちに渡し、俺たちは次の現場へと移っていた。
「ここは……?」
そうか、よく考えればレイチェルはここには来ていなかった。
例の丁字路の左に曲がった先。
下り坂の先の袋小路。
そう。ここで俺とバルは、ピエロとリアンを見失った。
「ここで? 行き止まりじゃない。こんな所でどうやって……」
レイチェルは戸惑っているが、俺は既に今までの分析からのある推定があった。
あとはその事実を『観察』して確認すれば。
またしても周囲を封鎖する憲兵たちの好奇の視線を浴びつつ、確認する。
「俺たちがヤツの跡を追ってきたとき、この袋小路に既にヤツの姿は無かった」
「それは聞いたわ。……バル君からも」
「だが、ここには隠れる場所も潜り抜けれる扉もない」
「そうね……それに隠し扉があれば憲兵達が見つけている筈だわ」
そうだ。で、あるならば、
「それ以外の方法でヤツは姿を消した筈なんだ」
「だからその、それ以外の方法って……何なのよ?」
ゆっくり、再び地面を舐めるように確認していく。手がかりを見落とさないように。
先と同じく、地を這うように僅かな異常も見落とさぬよう、石畳の道を隅々まで確認する。
と、地面にキラリと光るものがあった。
レイチェルに肩を借りながら何とか、左手を伸ばす。その指先にあるのは……
「え!? ワイヤー!?」
「ああ、これなら……例の空中浮遊なら高い塀も乗り越えられる」
「……!? そういうこと!?」
そう。あれをリアンに、ではない、自分にも応用すれば。
あらかじめ、仕込んでおいて、角を曲がったその瞬間、その位置で発動させれば……
角度によって辛うじて光を反射して存在を示すワイヤーの切れ端が俺の手の中にあった。
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