04章①『喧騒下のアブダクテッドな天使様』〈承〉
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——そうだ、いつもの様にするんだ。
「アッシュ! ダメよ! まだ動いちゃ……!」
——いつもと同じ。それにはまず、『観察』から入る。
「いい!? 血止めをしたばかりだから無理なことはしたらダメ。そうでなくても無茶して出血量が多いのだから……」
——観察。
俺たちはピエロ達に襲われた……襲われたのだ。……くそっ、頭が働かない……だが、考えなきゃならない…………
「……アッシュ……ねぇ、アッシュ! 嘘よね……あなたが……戻ってきてくれないと」
——分析。
ピエロ、それに黒マントの動きは計画されたものだ。当初は。降りてきた立ち位置、それに誘い込まれたあの場所は……。
どうして? どこから? どうやって?
「……お願い……アッシュ…………私……あなたがいないと……」
——推定。
奴等は罠を張っていた。恐らく。全ては、あの最初の邂逅の時に。
ふと、世界に光がさした。
「……ここは……?」
目に入ったのは白い天井。薬品の匂いと包帯のギシギシ音が耳に残る。
「アッシュ!? 目が覚めたの!? 馬鹿……なんて無茶するのよ……!」
レイチェルが泣いていた。……コイツの涙を見るのはいつぶりなんだろうなぁ。
「アシュレイお兄ちゃん、良かったよぉ。アシュレイお兄ちゃんまでいなくなったら、ミリーは、ミリーは……ウワァァーーン」
「……アシュ氏、大丈夫か? 大分、血を流してたのでな。……僕もあんなに流してると気づかず、すまんかった……」
俺の周りにはレイチェルだけでなく、ミリー、そしてバルもいた。
ゆっくりと辺りを見回す。ここは、
「救護室だよ。君はそこのバル君に運び込まれたんだ。血だらけでね」
部屋の入り口に立っていたのはユリウスだった。険しい表情で言葉を続ける。
「最初に、サファナ判事から憲兵隊に連絡があった。『誘拐事件が発生した』と。その直後に君が運ばれてきたんだ。……今、彼女は憲兵達の総員で捜索している最中だ」
彼女……それは、リアンか。
「……まだ、見つからないの。でも、クロノクル市の全憲兵隊がリアンちゃんの捜索にあたっているわ。あのピエロもきっと捕まる」
レイチェルが震える目で俺を見つめながら話す。それはどちらかと言うと俺に、というよりも自分自身に向けたような言葉だった。
「……悪いけど、僕はあまり期待できないと思ってるんだな」
その言葉に現実を突きつけたのはバルだった。
「……それはどういう意味かな? 我らが憲兵隊が総力をあげて捜索しているのだ。……その力を信じられない、と?」
「……そだなー、信じられないなー。事件が起こらないように見張っていたはずなのに、その警戒網の穴を破られた憲兵隊にはねー」
「な!?」
瞬間、バルとユリウスの間で見えない火花が散る。
「だから、僕は憲兵隊を信じられない」
その中で、バルは断言した。
ユリウスは、いやレイチェルも無言になる。
重苦しい空気だけが場を支配した。
「じゃぁ、アシュ氏の無事も確認したし、僕は行くぞな」
踵を返し、部屋から出ようとするバルに、
「だが、君も、『彼女から目を離してしまった』んだよ」
ユリウスの余計な一言が刺激する。
「!?」
「ダメよ! ……ユークリッド少尉、謝罪しなさい。その言葉は余計よ」
一瞬、バルの殺気が爆発しかけた瞬間、レイチェルの言葉が抑えた。
「……そうだな、今のは自分の不徳だ。済まない。心から謝罪しよう」
「……いいさ。事実はその通りなんだからさー」
バルは自嘲的に笑って、そして部屋=救護室から出て行った。
取り敢えず、俺は身を起こす。
肩から右腕まで手首付近まで包帯でぎちぎちに巻かれていた。身体全体がフワフワしてなんだか力が入らない。
「君は自覚してないかもしれないが、大量の出血をしてるのだよ。……傷を受けてからも大分、無理したみたいだな……」
少尉が呆れたように解説してくれた。
ようは、そこそこ大きな傷で、ジッとしてればまだ何とかなったものを、無茶して傷口をぶん回したからそこから血が流れ過ぎた、と言いたいらしい。
「全く、無茶だ」
心底、呆れられた。
が、そんな事はどうでもいい。
「申し訳ないが、俺に言えるものなら教えて欲しい。捜査状況はどうなっているのかを」
「確かに、誘拐犯の内、君たちが気絶させた2人はこちらで確保している……しかし、君は憲兵隊内部の情報を欲しているのか?」
殺気を帯びた視線が俺を貫く。だが、悪いがこの程度で押し止まる余裕は俺には無い。
「……ユークリッド少尉、彼は有能よ。私が保証するわ」
「申し訳ありませんが、サファナ判事が常に噂する彼だとしても、何も実証されるものが無い以上、自分としては機密情報の共有化など許可出来ません」
いや、別に機密情報を共有しろとは言っとらんだろ、コイツ……
ユリウスと視線がぶつかり合う。
「クロノクル市法・憲兵組織法第23条その2、民間人への内部情報の寄与は個別案件における申請書による許可、もしくは憲兵分隊長以上の許可及び判事長以上の許可をもって……」
「わかったわよ、少尉。……私が、悪かったわ」
「いえ、サファナ判事の提案には申し訳無いのですが……」
あのレイチェルが折れた。折れざるを得なかった。
…………。
皆が押し黙る中、ミリーの啜り泣く声だけが響くのだった。
ミリーを乗せた辻馬車が走っていくのを見守って、俺はレイチェルに言う。
「レイチェル、すまないが手伝って欲しい」
「……はぁ、もう。こんな時くらいそんな改まらずに私を頼ってよ、本当」
……なんで、ちゃんと丁寧に頼んだはずなのに呆れられるんだ。わからん。
ミリーには念の為、憲兵が一名一緒について家まで連れ帰ってくれる事となった。
ミリー自身は俺たちが一緒に帰らないことに不安げな表情も浮かべたが、直後、
『うん、リアンちゃんをお願いするね』
と、俺たちに全てを託すのだった。
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